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第11回

 マシュウは退室する前に魔断たちを一瞥いちべつしていった。


 分不相応にも自分なんかにこれだけの大物たちが立候補してきたことに気分を害したのかも知れないと思っていたが、それにしては、蒼駕を見る目だけは、どこか違っているようだった気がする。


 あれが、何かしら意味のあるものだとしたら?


 もし、マシュウは蒼駕と組みたがっていて、宮母からの頼みを断れず受けたものの蒼駕の方もそう思っていて、裏でこっそり彼女に今回のことを流していたとしたら?


 自分と、個対個の感応を避けたのも、そのため……?


 身も心もすくむ考えにとらわれて、場も構わず蒼駕に近寄りかけたセオドアの肩を、そのとき、突然白俐が後ろから抱き込んだ。


「じゃあセオドアの感応のお手伝いは俺だけでいいな。ちょうどいいじゃないか。おまえたちはあの娘と感応してやれよ」

「なっ! それとこれとは違いますっ」


 どう見てもからかいと分かるその言葉を真剣に受け止めたのか、真面目な紫蘭が大急ぎ詰め寄った。


「だいたいあなた、いつまでそうしてるんですか! 失礼でしょう! 離れなさい!」

「やーだね」


 白俐はセオドアの肩を抱きこんで放さず、その密着度でも言い争っている。本気のなじり合いであればセオドアも止める気になるが、どう見ても白俐は紫蘭の反応こそ楽しんでいて、セオドアはそのネタにされているだけだ。

 ひとで遊ばないでほしいが、しかしはずそうとしても、肩を抱き込んだ白俐の細腕は、それほど力を入れているようでもないのにしっかりと肩を押さえこんでいて、セオドアの力ではびくともしない。


 アルフレートは、その様子を3人のスキンシップと決めこんでただ見ているだけだし、こういったじゃれ合いは好まないらしい碧凌は、いつの間にか部屋からいなくなっている。

 目で求めた助けに反応してくれたのは、やはり蒼駕だった。


◆◆◆


「あれが、あさってきみと感応する予定の魔導杖だよ」


 そう言って、蒼駕は触れるのを禁じて張られたロープで囲まれた高台の上、透明な容器に収められた魔導杖を指差した。


 魔導杖とは、魔を正しい道へ導くための杖という意味だと習ったが、こうして見る限りではただの古い、使いこまれたただの剣の柄にしか見えなかった。

 新しい持ち主の到来を待ってそこに沈座しているそれは、形や表面に刻まれている模様に多少違いこそあれ、やはり《|月魄《げっぱく》の塔》に収められている他の魔導杖と同じで、金属ではない、かといって木とか石とかの自然物でもない、不思議な物質でできている。


 あさっての感応式であれと感応し、そして共鳴した魔断の額にある誓血石をあの柄頭の窪みへはめこみさえすれば、自分は退魔剣師として認められ、フライアル国に配属されることになる。

 フライアル国王の前で生涯を国の民に捧げると誓い、聖約を交わし、そして魅魎より国を守るための闘いに身を投じることになる……。


「あなたは、どう思いますか?」


 魔導杖を見つめているように装って、蒼駕へ背を向けることで、セオドアはありったけの勇気を出して、ようやく切りだせた。

 のどがカラカラに乾いて、何度もつばを飲み込む。

 心臓が痛い。


「何がだい?」

「こんな私に、あれが答えてくれると、思いますか?」


 そう言って、瞬間馬鹿なことをと思った。

 きっと、蒼駕は頷いてくれるだろう。こんな気持ちでいる自分を励まし、そして優しくさとしてくれるに違いない。

 そんなことが聞きたいわけじゃない。そんな、分かりきったことじゃなく、ただ、自分が聞きたいのは――……。


「きみは、退魔師だからね」


 ほら。

 いつだって蒼駕は、優しいんだから……。


 黙って唇を噛みしめているセオドアの気持ちを知ってか知らずか、蒼駕の言葉は続く。


「フライアルは歴史ある大国で、特にここ近年は良い王に統治されているから情勢も安定している。国自身、恵まれた気候で豊かだし、民も裕福だ。雇用条件も良く、所属している退魔師から届く報告書内での評判もいい。

 きみが所属するには、フライアルは申し分のない国だと思っている」


 ほほ笑んだ蒼駕の顔からは、本心から喜んでいるという感情以外は何ひとつ読み取れなかった。


 四百年をはるかに越えた歳月を過ごしてきた蒼駕の気持ちを、たかだかその数十分の一しか過ごしていない自分なんかが探ろうなどと、そんな考えを持つこと自体がおこがましいのかもしれなかったが、それでも、こんなときくらい見せてほしい感情がある。


 それとも、もともとそんな想いなど、持ってくれてはいないのだろうか……。


「でも、今までもフライアルの魔導杖と会ってきましたが、やはり感応はできませんでした……」


 ふさがった思いがそのまま声になって出てしまったように重くなる。そんなセオドアに、蒼駕はおやおやと目を丸くした。


「これはいつも以上に気弱だね。そんなに滅入らずとも、大丈夫だよ。あの魔導杖は王都に配属されていたほどの退魔師の物だ。それなりの力を要求してくるから、並の者では満足させられないだろうと踏んで、宮母さまもきみに任せてみようと考えられたのだからね」


 この発言には不意をつかれた。

 セオドアはうつむき、卑屈になっているに違いない顔を隠そうとしていたことも忘れて蒼駕を見上げる。


「な、何を……」


 訊き返す声も、驚きのせいですっかりうわずってしまっている。


 愛しい養い子の見せる素直な反応に、一体この子のどこが『何を考えているか分からない』のだろうかと蒼駕は思った。こんなにも、この子は感情豊かなのに。

 蒼駕はほほ笑み、窓からの光を受けて白金色に輝く頭を優しくなでながら告げた。



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