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第2話真緒フルオテイルに立つ(後)

 作業台でのひとときを終えた真緒は、少し疲れた様子で肩をすくめながら、完成したアイテムをリュックにしまった。


 リュックにある樹材を作れるだけの中間素材に変換していく。できるだけ平等に数の偏りがないように気をつけながら、それからツールも作る。すでにこの作業でのこぎりを壊した。その分空いた枠をまたツールで埋める。


 材料があるうちに彩薬研も作っておく。これもまたつくれるだけ。


 ──これらをすべて手に取った後、まずは木工師匠のところへ戻る。


 「おやおや、随分とやりこんだようだな?」


 木工師匠は、仕事を終えた真緒を見て、軽く感心したように頷いた。


 まただ。こんな個人の成長度に合わせたセリフの仕様なんてテストではなかった。細々したところが随分変わってるような気がする。


「これでレシピの進行度もだいぶ進んだだろう。見てみな、この図面と合わせて、次の段階に進む準備はできている。」


 真緒は、先ほど師匠から渡された中間素材のレシピを生かした新しいレシピを受け取った。それは、木工職人が次に作るべき道具や家具に必要な素材が、またひとつ新たに追加されているもので、一枚のレシピに三つの家具が乗っている。だがその冒頭に木漏れ日の家具セット①だった。


 「お、レベルが10を達成したな。次は、これを使ってさらに精度の高い作品を作ることになるな。道具が良ければ、仕事も効率よく進むからな。」


 さらに追加で渡されたのは中間素材レシピ②とあり縄と網がある。それとは別にもう一枚、田舎暮らしセット①とある。


 てっきりレベル解放でシリーズが追加されると思っていたのに。新しいシリーズ。ということはシリーズの追加が欲しいなら熟練度だろうか?こればかりは作ってみないとわからないな。


 「ありがとうございます。次はもっと練習します!」


 木工師匠の顔に、嬉しそうな表情が浮かぶ。


 凄い。プレイヤーの行動に影響されてる。これは何もなくても会いに来たくなっちゃうなぁ。


 「そうだな。それじゃあ、次は一緒に作業をしようじゃないか。新しい道具を手に入れたら、いよいよ本格的にクラフトを極める時だ。」


その言葉に真緒は気を引き締めた。


「分かりました、頑張ります。」


一礼して、木工師匠を後にし、今度は染色師匠のところへ向かう。


 木工師匠とは対照的に、染色師匠の店内は色彩豊かで、さまざまな色合いの布が壁一面に広がっていた。


「お、どうだい?」


 染色師匠は、真緒が持ってきた彩薬研を見て、にっこりと笑う。


「──上出来だね。これで次は、色を作る事にも挑戦してみるといい。」


 真緒は師匠から、新たな染色レシピとそれを作るための新たなツールの色留め瓶というレシピを受け取る。今度は、染料をフィールドの素材から作るらしい。レシピに乗ってるのは三色だけ。冒頭には始まりの色セット①と書かれたものと、定着安定剤・新星の文字。必要なアイテムの制作方法が載っている。


 「ありがとうございます。こちらも、もっと手を動かしていきます。」


 「その意気よ。そのうち、もっと特殊な色を出せるようになるわ。覚えておきなさい、色には心を込めるのよ。」


 師匠の言葉に、真緒はうなずき、改めて染色の可能性を感じた。


 「さて、それじゃあ、次に進もう。」


 完成したアイテムを持って、真緒は再び商店街に向かう。今度は、溜め込んだアイテムを売りに行く時だ。


 商店街の端にある、小さなショップに立ち寄った。店主は無愛想な男だが、取引はスムーズだ。


 「──こいつら、買い取るか?」


 真緒は手持ちのアイテムにカーソルを合わせる。すると持ち物の説明欄に『手作り板材、低品質。失敗率が上がる。』との記載がある。その隣の同じアイコンには『手作り板材、中品質。失敗率がちょっと下がる。』とある。


 これはMaoがフィールドの素材を集めていた時にレベルが上がって盗賊のスキル『鑑定眼』が付いたからだろうと予測する。フィールドにある素材も同じ場所にリスポーンしても質は毎回変わるからランダムだと推測できる。


 まぁ、Maoにとってはそんなものは関係なく全て採取したわけだが。


 そんなわけでMaoは高品質以外をすべて取り出す。


 出したアイテムを一通り並べると、店主は少しだけ目を細めてそれらをチェックした。


 「うん、悪くない。いい色だし、よくできてる。価格はまぁ……こんなもんだな。」


 提示された金額を確認し、真緒は思わず手が止まった。初めて得たゲーム内通貨だ。


 「──こんなに?」


 「少ないか?納得いかないなら売ってもらわんでも構わんが?」


 「ううん、売ります。」


 真緒はコインを手にしながら、改めて感慨にふけった。このお金で、さらにいい材料を集めて、もっと自分の手で作り上げる──それが、楽しみで仕方ない。


 物語を進めるごとに、次第に感じるようになった『クラフター』としての誇りと、技術が向上していく実感。それが、彼女にとっての最も大きな喜びだった。


 すると販売が完了した合図代わりの「チン」とどこか昔懐かしいレジの音と同時に、どこからともなく紙吹雪が舞った。


「おめでとうございます、チュートリアル完了です!」


 画面に浮かび上がるシステムメッセージと同時に、周囲が明るく照らされる。NPCたちが拍手する中、木工師の師匠がくいっと親指を立ててきた。


 「お前さん、なかなかやるじゃないか。気合いもあるし、筋も悪くない。――ということでな、用意しといたぞ。」


 「えっ?」


 「あたしの方も、こっそり話を通しておいたのさ。」


 染色師の師匠がウィンクする。


 「さあ、帰ってごらん。おうちに“それ”、置いておいたから」


 “それ”?と小首を傾げながら、真緒はエルレスト村の自宅へと戻る。


 ログイン初日にランダムで与えられた小さな家――それでも、現実のアパートよりずっと温かく感じる、あの木造の小屋の扉を開ける。


 すると、窓の向こう側にある裏庭に――見慣れない小さな建物が二つ増えていた。


 「……え? なにこれ、工房小屋?」


 一見すると倉庫のような、小さな木造の離れ。

入り口には、「Craft Room」と彫られた木製プレートがぶら下がっている。


 おそるおそる片方の扉を開けると、そこにはシンプルな作業台が一台とその上にはのこぎりに、壁に並んだ道具棚があるだけだった。


 まだ何も装飾はされておらず、広さも最低限。けれど、壁には釘穴がいくつも開いていて、「ここに何かを掛けられるよ」と無言で語りかけてくるようだ。


 「これって木工師の工房ってこと?」


天井には吊るし照明用のフック、隅の床には家具を置く余地が明らかに設けられている。


「……うわ、専用工房って……これ、私だけの場所じゃん。」


 もう片方の小屋も同じプレート。中もほぼ同じだが、一つだけ違うのは木工工房の作業台があった場所には大きな甕とその横に狭い台があってその上には彩薬研が乗ってて道具棚の位置は同じだった。


 思わず口元がゆるむ。


 現実世界では、誰にも邪魔されない作業スペースを持つなんて夢のまた夢。


 それが今、ここにある。


 小さな部屋。でも、可能性は無限大。


 ここからレシピを増やし、素材を整え、家具も置いて、きっと――もっと居心地の良い、私だけの空間にできる。


 真緒は木製の作業台にそっと手を置き、目を閉じた。


 「──ここから、全部、始めるんだ。」


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