「10回、作れば……何かが起きる」
木漏れ日セット①の家具を作っている途中、ふと気づいたシステムの仕様。それは、真緒の中に新たなモチベーションを生んでいた。単なる繰り返し作業じゃない。作るたび、何かが少しずつ近づいてくる感じ。
初めてのクラフトを終え、真緒は一度工房を出て隣の小屋に場所を移した。
木工での満足感と何かの予感が胸に残る中で、今度は染色の工程に挑戦することになった。目の前に広がるのは、「初めての色セット①」。
「作れる色は樹、黄緑、緑……。中学の美術で覚えさせられたなぁ。色相環。懐かし~い。樹、黄緑、緑、青緑、緑みの青……。」
そんなことをぶつぶつ呟きながら手は彩色壷の上で動かし続ける。色素を抽出し、ツールを作り、着色安定剤も作る。
一回作って終わりじゃない。同じレシピを何度も何度も……。
そうしてるうちに染色台にも変化が訪れる。「初めての色セット①」を10回制作し終えたその瞬間——。
《新レシピを取得しました!》
「はじまりの色セット②水色、青、紫」
「職業別キット:木工師用」
「職業別キット:武器鍛冶師用」
「職業別キット:防具職人用」
ぱっと画面が光り、普段とは違うUIが現れる。真緒は思わず手を止め、目を見開いた。
「……えっ? テストになかったよね、これ……。」
一瞬、戸惑い。そしてすぐにこみ上げてくるのは驚きと喜び。
「やるじゃん、運営……!」
画面の表示を見つめながら、にやっと笑う。クラフトの世界が、自分の中だけじゃなく、他の職業にも繋がっていく。この色が、誰かの剣に宿るかもしれない。誰かの防具に彩を加えるかもしれない。
「……これ絶対、作る意味あるやつだ。木工と武器と防具……カラバリを出す為のキットってことなのかな。」
染色師の専用作業台である彩液壷にむかってカーソルを走らせる。ひとまずはキットに必要だという着色安定剤を作ることにしよう。
「必要なものは川のみずぅ!?」
指定されたのはまさかの村の前を流れる川の水である。盲点だった。
「採取方法は……。バケツで汲む……。なんとまぁシンプル。」
さすがの真緒も水まではノーマークだった。基本収集ツールにバケツがあったのは気づいていたがまさかのバケツで水。このバケツでいったい何個作れるんだ。
「不安が過ぎる。」
だが必要とあらば取りに行こうではないか。ってことでおうちを出て向かったのは村に一軒しかない唯一の商店である雑貨屋。
「作りまくったブツを売ってバケツを大量買いしてやる。余る分には収納すればいいけど作りたいときにないのは困る。」
自宅フィールドから飛び出せば空は夜になっていた。ゲーム内では15分に一度夜が訪れる。こんな時間設定合って雑貨屋あいてるのかな?と不安になりつつも行ってみればちゃんと雑貨屋開いてた。どうやら24時間雑貨屋だったらしい。
ゲームの中も世知辛いんだなって思っちゃうのは現代人の闇だろうか?
思わず「遅くまでお疲れ様でぇ~す。」といった私はおかしくないと思う。
「やぁ、君もこんな時間までお疲れ様。」
「え?は?」
思わずぽかんとしてしまう。マジか。この人しゃべってる。いや、会話になってるNPCなのに。なんというシステムだ。
川に到着すると試しにバケツで水を汲んでアイコンにカーソルを合わせると『レナブルー川の水。月夜の夜に組んだので極めて魔力が多く含まれている。』
「時間すらも生産に関わるだと!?はっはぁ~ん。設定こまけぇ~!じゃぶじゃぶ汲んでいこう!」
そんなわけでリュックからバケツを出して屈伸運動の反動で水を汲む。いったい何個分のバケツを汲んだことか。後ろから見たら川辺で屈伸運動する怪しいアバターである。
カサッと背後で音がしたのでモンスターが湧いたのかな?と短剣構えて振り向く。
もちろん水汲みの合間に素材集めは欠かせない。
「おっとぉ。普通にプレイヤーだったぁ!」
相手には聞こえないとはわかりつつも、つい声に出してしまう。相手も不審者か何かかと思ったのか短剣を構えたまますぐそばまで来ていたのにちょっと手前で方向を微妙にそらして何事もなく小川を飛び越えていった。
「あれぜぇったい私を新種のモンスターかイベントだと思ってたでしょ!またお前かReon!」
勝手になじみになってきたその頭上の文字に思わず悪態をついたのは仕方ないというものだろう。
水以外にもしっかり夜の草原に剥げ地を作ってから戻る。生産しまくって減った分を補充したので一安心である。
再び染色工房に入って着色安定剤を作れるだけ作ってから職業キットなるものを作る。
「始まりの色青と木工師キットに着色安定剤を混ぜると……。新星染色の木工キット……使い方は……家具製作の際にキットを一緒に使うなおこの着色剤は中間素材から使用可。……へぇ~。なんとなんと。」
すぐにでも使いたくなるのを堪えて持てる素材をすべて染色作業に溶かしていく。
出来上がったものを掲げてその色合いをじぃっと見つめる。
出来上がったものを台の上に並べていく。たったそれだけで楽しい。木工は家具なので物が大きいこともあり槍ごたえはあるがセットとして数がそろわないと逆に部屋の中ががらんとするが、このキットは出来上がったものから並べるとそれだけで満足感がある。
ちなみに木工師用のきっとは見た目完全に色鉛筆だった。かわいい。ひとつひとつに名前と背景があり、塗ることで家具や装備の印象が一変する。 そして、その制作を十回繰り返したことで「職業別キット」のレシピが解放された。
それは、染色された中間素材を木工師や武器鍛冶師、防具職人など他職に渡すための特別なクラフト素材。しかも、染色効果には祝福や属性が乗ることもあるとされる。
「なにこれ……すご……!これ、βのときなかったやつ……!」
突然の追加要素に、真緒は声を漏らす。新しい機能、しかも生産職どうしの繋がりを意識したデザイン。それは、ただ「遊ぶ」ためだけの機能ではなく、職人同士の連携と共鳴を促す仕組みだった。
「運営さん、ありがとう……こういうとこ、ほんとすき……」
どこか大人の視点で深く頷き、次なる解放要素への期待を胸に真緒は手を止めた。
そして── 三職がLv5を達成したことで、特性ツール「霞影」のレシピが解放される。木製ながら、初心者用の武器や初期ツールよりも性能が良く、装飾も細やか。仕上げた短剣は軽くてしなやか、木目の上に浮かぶ彫刻模様が陽の光を受けて淡く輝く。
「……これで草原、もっと駆け回れる……!」
道具を手に真緒は再び草原へ向かう。今度は、ただ素材を集めるだけじゃない。モンスターを倒し、隠し素材も探り、地形を把握し、村の近くのフィールドを根こそぎ掘り尽くす──そんな勢いで駆け回った。
「また……草原が剥がし捗るなぁ……。」
そうつぶやきながら笑う真緒の姿に、フィールドの風がそよいでいく。
その頃、少し離れた場所で草を刈っていたReonは、ちらりと真緒の姿を見かけて思う。
「あいつ、またなんかやってるな……」
けれどその時点では、まだ互いに深く関わることはなかった。