「ハイどーもー、今日はセレネの森リベンジいくぞー!」
攻略系人気配信者・戒は、いつものように配信を開始していた。そのさなかでにわかにコメント欄はざわついていた。
──『Maoって人がソロで中ボス倒したってマ?』
──『見た目初期装備なのに強すぎ。なんか怖い』
──『あれたぶん運営関係者のテストキャラじゃね?』
興味を持った戒は、いくつかの動画を見て分析し始めた。
「いやこれ、初心者詐欺やろw 装備見た目で油断させてぶっ壊れ性能で無双してる感じ。てか……この動き、盗賊レベルやばくない?ってか最大値いってんじゃん、これ。」
有名配信者の確実ともいえない憶測にコメント欄が盛り上がる。
──『ガチチート説』
──『生産職でここまで?無理やろw』
──『晒される案件来た』
──『おまけに店開いて素材まで売ってるとか運営が用意した商人NPC説出てて草』
その話題はいつしか噂となり、もう“事件”として炎上していた。
「……また来てる」
Maoが気づいたのは、セレネの森での採取中だった。
薄明るい朝の時間帯、周囲にプレイヤーの姿は少なく、木漏れ日の中に揺れる緑が穏やかに広がる。
だが、フィールドの奥でこちらを見ている影が、またいた。
(今週で三回目……同じ耳、同じ服装。絶対わざと)
そのプレイヤーは直接話しかけてくることはない。ただ、視界の隅でちらちらと見える距離を保ち、同じエリアに長時間滞在する。
あるときは採取地に先回りして伐採済みマークを量産して回り、またあるときは戦闘中のMaoの背後にわざと立って、モブのヘイトを取らせるなどの「軽い嫌がらせ」。
一人、また一人と、似たような行動を取るプレイヤーが増えていった。
店の中にも、不審な影が現れた。
「……“素材屋Mao”、今日も元気に釘と板材売ってるな」
チャットログに、プレイヤー名不明のつぶやき。匿名表示の外部ツールか、あるいはフレンドのサブキャラか。一定距離から離れず、店舗の品揃えが更新されるたびに立ち止まり、無言で見ていく。
買いもしない。
ただ、“見る”。
Maoは補充を終えると、即座にログアウトした。けれどその数分後には、メッセージが来ていた。
──「意外とマメなんだな、運営キャラってやつは」
──「チート使って木切って楽しい?」
──「偽初心者乙w」
(はー……めんど)
もちろん、ブロックも通報もできる。だが、完全には防げない。別アカウント、別キャラ。
野次馬根性の塊は、形を変えて付きまとってくる。
いつも通りの採取に出かけようとしたMaoは、その日、ふと足を止めた。
リュックの中には、いつもと変わらぬツール。目的地は素材が減ってきたので補充の為に「彩風の丘」。
だが、ログイン前の画面で、少しだけ迷った。
(また今日も……いるんだろうな。)
やる気がないわけじゃない。
でも、見られていると分かっていて、それを無視し続けるのも、けっこう疲れる。言葉にされない悪意の波が、じわじわと足元をさらうような感覚。
それが、少しずつ真緒の心をくすぶらせていた。