「……ストーカーとかだったら嫌だよね。いや、気のせいかもしれないんだけどさ」
昼休みの給湯室から、そんな声が漏れてきたのは、ちょうど蓮が廊下を通ったときだった。
(……迫田さん?)
聞こえてきた声に、自然と歩みが緩む。ほんの少しだけ立ち止まり、ドアの隙間から中をうかがうと、真緒がカップスープを手に、同僚の佐々原と話していた。
小さく、困ったように笑う顔。
それが、普段の彼女の無表情に近い佇まいと少し違って見えて――蓮は、視線をそらしてそのまま通り過ぎた。
(……あんな顔、するんだ)
話の内容までは深く聞こうとはしなかった。でも、なんとなく“個人的な困りごと”を話しているという空気は伝わってきた。
“気のせいかもしれないからこそ誰にも言いにくい”――そんな悩みを。
休憩後、蓮は自席に戻ると、ふと隣の席で黙々と作業する真緒の方へ目をやった。
いつもと変わらない、静かで、マイペースな動き。人と群れず、でも嫌な感じは全くしない不思議な距離感。無理してるようには見えないが、かといって安心しきってるわけでもない。それが、なんとなく気になった。
(……言いにくいなら、言わなくていい。けど。)
「迫田さん。」
声をかけられて、真緒がぴくりと顔を上げた。
「最近、ちょっと疲れてる?」
「えっ……? あ、いえ……そう、ですか?」
「うん。まあ俺の思い違いかもしれないけど。無理してる感じじゃないけど、ちょっと目の奥がしんどそうだったから」
「……。」
一瞬、言葉を失ったように黙る真緒。それでも、数秒ののちに小さく息を吐いて、かすかに笑った。
「……大丈夫です。ちょっと寝不足なだけなので。」
「そっか。ならいいけど」
それ以上は何も聞かず、蓮は軽く頷いて自分の画面に視線を戻した。ただ、心の中でそっと思った。
(ああいう言い方する子は、たぶん、本当に困ってるときに誰にも言えないタイプなんだろうな。)
だから、今は気づかないふりでいい。
けれど何かあったときに、そっと助け舟を出せる位置にいよう。それが、先輩としてのささやかな距離感だった。
「……あれ?」
ショップウィンドウを開いた俺は、目を疑った。
プレイヤー名【Mao】その隣に並んでいる、レベル表示。
【Lv.99】
「…………」
「…………は?」
Soutarも絶句した。
だって、今この
敵は強すぎて倒せない。素材は手に入らない。経験値が足りない。
レベル60手前で、成長が止まる。
それが、この世界の"常識"だった。
「……なんで、真緒だけカンストしてんの?」
「意味わかんねえ……」
だって、レベル99って。
一人だけ、完全に別次元の場所に立っている。
「ちょ、ちょっと本人に聞こうぜ!!」