最近、真緒は気づいていた。
森に素材を拾いに行けば、どこからともなく同じ顔ぶれが付いてくる。
家で加工を始めれば、わざわざ訪問設定した「マイショップ」に、何度も不審者がやってくる。
だが、彼らは何も買わない。ただ、じっと、こちらを見ているだけ。
(……何なんなの、マジで。)
ストレスは、確実に真緒の中に積み上がっていた。
せっかく集めた高レア素材も、すぐ周囲に覗き込まれる。作業するたびに、誰かの視線を感じる。
「遊びにくい……」
ぽつりと独り言。
ただのゲーム、趣味の延長でしかないはずだったのに。
気がつけば、ログインするだけで胃の奥が重くなっていた。
そんなある日。
また真緒の店に、ReonとSoutarがやってきた。
「なぁ、また失敗した……!」
「くっそ、なんでだよ……!」
泣きそうな顔で嘆く二人。
真緒は、うんうんと生返事をしながら商品棚を整理していた。苛立ちと疲れが混じり、正直まともに相手をする気力がない。
そこで、事件が起きた。
Soutarが──
うっかり範囲エリアチャットじゃなく、全体チャットに向かって冗談を打った。
『なあMaoさん!なんか成長の秘訣あるんだろ、一人だけカンストとかすごすぎぃ秘密教えろよーwww』
その瞬間だった。
──パッ。
全画面に、文字が飛び交った。
『チートか?』
『努力しないでカンストしてんじゃねーよ』
『どーせ中身オッサンだろ』
『媚び売ってレベル上げたって聞いたが?』
バラバラと、知らないプレイヤーたちの誹謗中傷が降り注ぐ。画面が、罵声で埋まる。
「……!」
真緒の指が、カタカタ震えた。
「うわ、やっべ、ミスった!……ご、ごめん!!」
必死に謝る颯汰。
けど、もう遅い。
止まらない。
止まらない。
(なんだそれ……。)
心の中で、何かが静かに、ぷつんと切れた。
気がついたら、チャット欄に手を走らせていた。
『素材の品質と練度バランス悪いから失敗するんだよ!!生産なんかおまけ要素ってバカにしてるからレベル上がんねぇんだよ!!』
怒鳴るような最初の一撃。
瞬間、チャットがぴたりと止まる。
『店売りのお手軽素材だけ使って楽して手に入るもので極められるわけねーだろ!!一回作って、はい、次のレシピって生産ゲームなめんな!!』
指が止まらない。
止められなかった。
『お前らみたいな奴らが、努力してる人間を茶化して、腐して、結局何にも残せないんだよ!自分ができないからって他人の足引っ張るなよ!脳筋がっ!』
怒りと悲しみと、どうしようもない孤独。
『私がレべカンストしたとき、全体チャットに自動通知なんかなかった。ご褒美アイテムはもらえたけど、レシピ練度カンストのときみたいに全チャ通知は起きなかった!つまり、私がどんなに頑張っても、システムの上では何の意味もない!新機能も新エリアも追加されない!私一人がレベル99になっても、この世界では何の意味もないんだよ!!!!』
打ちながら、胸の奥がぎゅうっと締め付けられた。
『本当は私だって、誰かの素材買って、レシピ試して、こんな効果隠れてたんだねって笑って遊びたかったよ!!同じ高さに誰も来ないじゃない。でも誰もここにいないじゃん!!』
必死に呼んでいたのに。
待っていたのに。
『人の努力を馬鹿にして、詰って、笑って、誰も私の隣に来ないじゃん!!!!』
吐き出した言葉は、止まらなかった。
『ずっと待ってたのに!!』
ぐしゃぐしゃなまま、最後に。
『チートだとか文句しか言えないならずっとはいつくばってろ!悔しいならカンストしてみろよ!同じご褒美入手して自慢してみろよ口だけ星人!馬鹿!阿呆!間抜け!』
最後はもう語彙力とか関係なくて子供みたいな悪口を吐き捨てて真緒はそのまま、ログアウトボタンを叩いた。
無人になったマイショップ。
商品の並ぶ棚だけが、ぽつりと、音もなく光っていた。
ログアウト直前、見えたチャット欄には──
『……ごめん』
『まって』
『ちがうんだ』
ばらばらと、必死な謝罪の文字が流れていた。
けれど、もう遅かった。
何もかも、もう遅かった。