マイショップに、静寂が落ちていた。
真緒がログアウトしてしまった後、無人になった店内には、誰もいないのに、重苦しい空気だけが漂っていた。
「ど、どうしよう……俺……」
隣で、颯汰がうろたえている。手をばたばた動かして、ログをスクロールしたり、辺りをきょろきょろしたり。
だけど──
Reonは動かなかった。
いや、動けなかった。
真緒が最後に吐き出した言葉が、頭の中を何度も反響していた。
誰も、隣に来ないじゃん。
胸が、ぎゅっと締めつけられる。
視線を落とした。手元には、さっきまで作っていたレシピのメモ。
武器パーツの素材一覧。
(……ああ)
静かに、Reonは気づいた。
真緒の作った素材には、「素材練度」という項目が付いていた。
颯汰が試しに作ったものも、自分が買ったものも、練度は「E」の最低ランクだ。そもそもその項目だってMaoの素材を入手してから見れるようになった項目だ。
だけど、真緒が使っていた素材は、どれも「SS」。
天と地ほどの違い。
(そりゃ、簡単に追いつけるなんて思ってないけど。)
だけど、それは単に「運が悪い」って話じゃない。
努力の量も、積み重ねた時間も、こっちはまるで足りてなかった。
真緒は、自分の手で、素材を拾って、作って。一つ一つ、練度を上げ続けてここまできたんだ。
それを知らずに、自分たちは。
安易に、手軽な店売り素材だけで何とかなると思ってた。なんなら前に素材もらえたし、今日だって直に会えたらあわよくばって……。
(……甘えてた。)
胸が痛い。
恥ずかしい。
情けない。
そのときもまだ、画面にはぐちゃぐちゃと誹謗中傷が飛び交っていた。顔が見えないから、言いたい放題。興味本位で、誰かを叩くために集まった群れ。
Reonはそっと、チャットを開き直した。
そして、静かに打ち込む。
『Maoさんはもう落ちた。顔が見えないからって、好き勝手言いすぎだよ。』
打ったメッセージは、Maoみたいに怒鳴るものじゃなかった。
でも、はっきりと静かな怒りを込めた。
それだけで、少しだけ、チャットの流れが鈍った。
画面の中で、自分のキャラ。狼耳と尻尾がついたReonが、ぴくりと耳を動かす。不安と怒りと、好奇心の渦の中で、揺れている。
隣では、Soutarが小さくつぶやいていた。
「……俺、Maoに、悪いことしちゃったな……。」
Reonは、少しだけ顔を上げた。
そして、無言で颯汰のキャラに向かって、どつきモーションを放った。
「……うおっ!?な、なんだよ急に!」
驚くSoutar。
だけど、Reonはニッと笑って、胸の奥で固めた決意を言葉にする。
「工房に籠もろうかね。」
「え?」
「あんな言われたまんまとかだせぇって。」
驚いたように目を見開く颯汰を、まっすぐ見据える。
「それはそう。」
「……俺たちが、最初にあいつの隣に行こうぜ。」
誰も追いつけなかった。誰も来なかった。
ずっと待ってたMaoを、俺たちは見てしまった。
なら、次は俺たちが、自分の足で、そこまで行く番だ。
黙っていても誰も気づかないなら。努力を積み重ねることの意味を、俺たちが証明する。
それは年甲斐もなく胸の奥が、熱く燃えた。
「よっしゃ!やるぞ!」
Soutarも、遅れて拳を握りしめる。
ReonとSoutar、二人は顔を見合わせ、フィールドに駆け出した。
Maoのマイショップの棚には、まだ整然と並ぶ真緒の素材たちが、静かに光を灯していた。