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第19話真緒、ゲームが恋しい

 朝が、来た。


 久しぶりに、夜中まで起きずに眠れた。


 なのに。


 頭は不思議なくらいクリアなのに、胸の奥がずっと重かった。


 制服に袖を通しながら、真緒は小さくため息をついた。


 「ああ、やっちゃったな……」


 あの夜のことを思い出すたびに、胸がチクチクと痛む。


 画面越しに、怒鳴った。泣き叫んだ。子供のころ、兄と大げんかした時以来の、大爆発。


 それが、すっきりした気もするし、信じられないくらい恥ずかしくもあった。


 「はぁぁ……」


 またため息。


 髪をまとめながら、鏡に映る自分に問いかける。


 「今日から、どんな顔してログインすればいいんだろ……」


 想像するだけで胃が痛くなる。


 Reonたち、どう思ったかな。嫌な思いさせちゃったよね。わざとじゃないのもわかってるし、あんな目の前で爆発して上に話の途中で勝手に消えたら引くよね。


 問題は、自分自身だった。


 (やめる……?)


 そんな考えが、一瞬だけ脳裏をかすめた。


 けど……。


 (ないな。ゲーム好きだし。ほとぼり冷めるまでゆっくりしてもいいわけだし。それに隠れ家あるしね。)


 即答だった。


 素材が尽きるまで、作り続ける。誰に何を言われても、自分は、自分の好きなことをやる。そう、決めた。


 制服のポケットに手を突っ込んで、ぐっと拳を握る。


 私は、逃げない。




 仕事は、不思議なほどはかどった。


 集中すればするほど、頭は冴えて、手も動く。ミス一つない。上司にも褒められた。


でも。


心は、晴れなかった。


隙間時間に、スマホを見てはため息をつき、ランチタイムにも、同僚たちの輪にうまく入れず、ぼんやり天井を見上げてしまう。


 (本当に、バカだな、私……)


 そう思った矢先だった。


 「お疲れ、迫田さん。珍しいね一人?」


 顔を上げると、そこには蓮がいた。


 スーツのネクタイを少し緩めて、疲れた笑みを浮かべている。


 どこか、顔色が悪い。


「先輩……? 大丈夫ですか?」


 思わず声をかけると、蓮はバツが悪そうに首をかいた。


 「あー……ちょっと、な」


 声が、かすかにかすれている。


 「恥ずかしいんだけど、……友達と、ゲームやりすぎた。」


 カミングアウトの瞬間、真緒の心臓が跳ねた。さっきまで重かった胸が、一瞬、浮き上がったようだった。


 (ゲーム……!?)


 タイムリーすぎる話題に、顔に出そうになるも必死に平静を装った。


 「……え、先輩、ゲームするんですねぇ?」


 無理やり口角を上げて、軽いノリでごまかす。蓮は苦笑した。


 「ああ。まあ、そんなガチじゃないけどな。最近、ちょっとハマっちゃってさ。」


 その言葉に、また胸がちくりと痛んだ。


 (ハマって……。いいな。)


 考えてしまう自分が、いやだった。


 違う。


 いまは、蓮の心配をするべきだ。


 「……あんまり無理しないでくださいね。」


 心からそう言った。声が、思ったより柔らかかった。蓮は少し驚いたように、目を見開いて、それから照れくさそうに笑った。


 「……おう。ありがとな。」


 その笑顔に、また胸が温かくなる。そして、同時に、少しだけ苦しくもなった。


 (……私も、頑張らなきゃ。)


 もう、後ろを向いてばかりじゃいられない。


 逃げたくても、隠れたくても。


 好きなものを、好きでいるために。


 自分の手で、歩いていかなきゃ。




 スマホのホーム画面。

お気に入りのゲームアプリのアイコンが、静かに光っていた。


 (今日も、作るぞ)


 小さく、でも確かに、心に誓った。

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