Reon視点
配信が切れた後、Reonは画面を見つめたまま、しばらく動けなかった。
耳元では風の音。ログイン中の世界では夜が訪れ、焚き火の灯りがじわじわと揺れていた。
だが、その静けさの中で、Reonの心は騒いでいた。
なんだ、あの動き。
息を潜め、影を滑るように駆け、正確に急所を奪い、無音のまま離脱するあの手際。
あまりにも洗練されすぎていて、思わず拳を握っていた自分に気づく。
「……強い、な」
ぽつりと、誰に向けるでもなく零れた言葉。
ただの盗賊じゃない。ただの生産職でもない。
Maoという存在は、そのどちらでもあり、どちらでもない。
いつもなら、興味も関心も表に出さないはずの自分が、目で追っていた。鼓動が速くなるのを、どうしても抑えられなかった。
その視線の先にいたのは、闇に紛れて走る狐の影――。
(……やっぱり、気になるんだ)
Reonはゆっくりと立ち上がる。鋭い尾が感情を映すように左右に揺れた。
この気持ちが何なのか、自分でもまだ整理できていない。
けれど確かに言えるのは、あの姿に“何かを奪われた”ということだ。
だからこそ、次に会ったときには——
「……一対一で、ちゃんと……。」
ぽつりとつぶやかれた言葉は風に溶けて消えた。
ただの仲間じゃない。
ただのクラフト仲間でも、共闘相手でもない。
今、胸の中で静かに焔が灯る。氷のような瞳の奥に、名を刻むように。
Mao。お前、ほんと……ずるいだろ。
Soutar視点
配信が終わり、Soutarは空を見上げるように背もたれた。
ログインしたまま、ReonやKaiと同じ場所にいたけれど、しばらく誰も言葉を発しなかった。
Maoが敵陣に切り込み、スモークと影の中から素材だけを奪って撤退するまでの映像。
あまりにも静かで、鮮やかで、どこか切なさを含んだ戦い方だった。
「……かっこよかったなあ。」
Soutaの口から、素直な感想が漏れる。けれど、その声の奥には微かな戸惑いがあった。
自分は支援職。守る側で、戦う仲間を信じて後ろから支える。それでいいと、今までは思っていた。
でも、今日のMaoの姿を見て思ったのだ。
あの人は、ひとりで全部やろうとしてる。
誰かの援護もなく、隠れて、仕留めて、逃げて、全ての工程を自分でこなす。
(誰かがそばにいなくていいように、してるんだ……。)
それが“かっこいい”という感情と同時に、どうしようもなく胸を締め付けた。
「……もっと、近くに行きたいな。」
静かに笑って、空を見上げたまま言う。
支えるんじゃない。助けるんじゃない。
ただ、並んで立ちたい。
そばにいてくれる人の温度を、Maoにも知ってほしい。そう思った瞬間、Soutarの尾がゆっくりと揺れた。
戒視点
「はぁ〜!?なにあれずっる〜!めっちゃかっこよすぎでしょ!」
戒は思わず叫んでいた。ログイン状態のまま、座り込んで手足をばたつかせる。
けれど、誰も茶化してはこない。ただ、その空気の中で、自分の声が一層浮いていることに気づいてしまった。
「……いや、冗談じゃなくてさ。」
手を止めて、そっとログの光を見つめた。
Maoのことは、最初はクラフトバカだと思ってた。ちょっと変わってて、テンションも低めで、でも話すと意外としっかりしてて。
自分たちの思いばかり先走って配信中なんて知らなくてさらにやらかしてしまったあのときも、言いすぎて傷つけたその日も。配信終わってから改めて謝ったら、笑ってくれて。許してくれた。それから俺たちは三に揃ってMaoを見つけると自然と声をかけていた。
「……ちょっと、好きかもとか、思ってたんだけど。」
なんというんだろうパブロフの犬?だっけ?なんかそんな感じでとにかくMaoってひとに惹かれてた。
「完全に一目惚れ級でしょ……なんか、負けた感あるっていうか……。」
胸がもやもやして苦しくて、負けたくないって思った。けど、負け惜しみってのはわかってる。
それでも思う。
次は、自分を見てほしい。
自分だって、強いって。かっこいいって。そう思わせたい。
拳を握りしめて、どこか照れくさそうに笑う。
ああ、もうたぶん……。でも、それを認めるにはまだちょっと意地っ張りだった。