「……庭、見たいって言われた……」
配信終了のボタンを押した後、真緒は手元のマウスを置き、キーボードの前で頭を抱えた。今日の配信は「ペットと家畜の捕獲・育成」特集。持ち前のクラフト職人気質と、独自の練度の高さを活かして、木製ペット小屋やシンプル家畜囲いのオリジナル着色版を紹介し、ショップにも数量限定で並べたところ、リスナーの熱は一気に沸騰。
『これ売り切れるやつ!』
『さすがMaoさん、生産の鬼……。』
『庭も絶対すごいんだろうな……。』
その一言が、彼女の心に刺さった。
(……庭?)
そう、真緒の店舗は「中だけ」はすごく綺麗に作ってある。家具の配置、照明、床材や壁紙の配色に至るまで自分なりに納得できる工房兼ショップだ。だけどその外側、家の中の居住スペースや庭に関しては、完全に二の次だった。拡張用の家具や作業場を効率だけで押し込んだ、いわば「在庫倉庫と仮設住宅」のような有様だ。
(見せられない……絶対見せられないっ……!)
真緒は顔を覆って呻いた。着色のバランスも考えず、余ったアイテムを仮置きしたような庭。クラフト素材と収納用アイテムが散らばった生活感丸出しの居住区。これはまずい、というか、これだけクラフト語っておいて「外」がこの体たらくは致命的だ。
「だめだ……このままじゃ『中の人は雑』とか言われる……!」
こうなったら整えなければと、真緒は勢いよく椅子を引いて立ち上がった。すぐにクラフトレシピ一覧を開き、内装用・庭用の家具カテゴリにフィルターをかけて表示。見直していくと、可愛くて機能的なもの、すでに練度が高く効果的なもの、そして未練度のまま放置していたシリーズがずらっと並んでいる。
(まずは部屋の構成と庭の全体像を決めよう……! 今のままじゃ効率重視すぎる……!)
勢いのまま、真緒は家の「再設計」を始めた。どのシリーズで統一するか、家具とエリアの雰囲気はどうまとめるか、収納と作業スペースの導線、ペット小屋をどこに置くか。クラフトの達人とはいえ、インテリアコーディネートはまた別分野。
(まずい、全然決まらない……どう配置すればオシャレに見えるの……!?)
その焦りは翌日も続いた。仕事中も、配信の反応が頭を離れず、昼休みにふと休憩室の本棚に目をやると、不動産業者の間取りチラシやマンションのモデルルーム特集の雑誌が並んでいる。
(参考になるかも……!)
真緒はスッとその一冊を抜き取り、テーブルに広げてページを捲り始めた。洗練された家具の配置、生活動線の工夫、収納とデザインの両立。どれもゲームの建築と通じるものがある。自分が再設計するべき工房や庭のイメージが、少しずつ形になっていく。
「……引っ越すの?」
蓮の声にびくりと体を跳ねさせた。目の前には、コーヒー片手に雑誌を覗き込む蓮がいた。
「えっ? ち、違っ……あの、ただの参考資料っていうか……!」
「ふーん……じゃあ誰かと住むとか?」
「なっ、そ、そういうんじゃないです!!」
声が裏返った。そんな反応を見て、蓮は茶化すように微笑んだ。
「へえ~、でもいいじゃん。彼氏?」
「な、ないです!! ないないないですから!!」
蓮は肩をすくめる。
「冗談だよ、そんな焦んなって。でも、なんか迫田楽しそうだな。最近ずっと疲れてたけど、なんというか……目がきらきらしてる?」
真緒は言葉を失った。焦っていた。必死だった。けどそれは、自分が本当にやりたいことに手を伸ばそうとしていたからかもしれない。クラフトを極めたその先にある「見せる」という新たな課題。……きらきら、なんて、言われるような自覚はなかったけど。
「……難しいです。内装って」
「まあ、センスってやつは経験だからな。俺も最近ゲームだけど、そういうのあって悩まされる。」
その一言に、真緒は再び胸を突かれた。
(そうだ……ゲームでも現実でも、ちゃんと作りたいって、思ってる。)
蓮が離れたあとも、真緒は雑誌を手にしたままページをめくる。ゲームの中の部屋でも、自分の「手」で丁寧に作って、見せたくなるような空間にしたい。そこに誰かが訪れて、また新しい何かが始まるかもしれない。
「……がんばろ。」
その小さな呟きは、誰にも聞こえないほど静かだったけれど、真緒自身の中ではしっかりと響いていた。