戒視点
いつもより遅めの夜、画面に映るのは戒のアバター――白い毛並みの豹の青年だった。
配信が再開されたことに気づいたリスナーたちは、こぞってチャット欄に飛び込んできた。
『おかえり戒くん!』
『待ってたよ』
『今日はどんな配信?』
けれど、戒はすぐには口を開かなかった。息をひとつ飲み、視線を正面に向ける。
その目は、普段よりも真剣だった。
「……ごめん。まずは、ちゃんと謝らせて。」
チャット欄が一瞬、静かになる。
「俺、この前、軽はずみなこと言っちゃって……。
Maoさんに対しても、リスナーに対しても、無神経だったと思ってる。冗談のつもりでも、人を傷つけたなら、それは冗談じゃないんだって……ちゃんとわかった。」
その声は、かすかに震えていた。
「Maoさん、配信見てたって言ってたけど……もし、今も見てくれてたら……。もう一度、言わせてください。ごめんなさい。ほんとに、俺の考えなしの発言だった。」
リスナーたちがざわめく中、コメント欄にひときわ目立つ名前が表示される。
『ちゃんと伝わったよ。by Mao』
戒の肩がわずかに揺れた。
『私のことはもう大丈夫。でも、ああいうネトストとか、他の人に迷惑かけるのは誰でもよくないと思うからそういうのはもうやめてほしいかなw』
技とおどけたような文字に注目が集まる。
『自分の言葉には責任持つべきって思ってるし、戒くんがちゃんと考えてくれたなら、それだけで充分だよ。』
彼女の返事は、いつも通りの優しさに満ちていた。
だが、画面の奥で戒は小さく唇を噛んだ。
「ありがとう……でも、たぶん、もう二度と“冗談のつもりだった”なんて逃げ道は使わないよ。……今回こんなことになった俺が言うのは説得力無いかもしれないけど、人を勝手に調べたり、憶測で騒いだり……そういうの、誰も幸せにならない。」
彼の瞳が、真っ直ぐカメラを見つめた。
「だから、もしこの配信を見てる人で、誰かを悪意で追い詰めたりしてる人がいたら……俺からもお願い。やめてくれ。楽しむための場所で、人を傷つけることはしてほしくない。」
コメントが、一気に流れ出す。
『えらい……』
『戒くん、変わったね』
『Maoちゃんと話してくれてよかった』
『推せる……これは推せる……』
そして、その中にもうひとつ、優しい言葉が紛れていた。
『謝るのって、勇気いることだと思う。だから……素直にえらいって思ったよ。by Mao』
その一文を見た戒は、ようやくほんの少しだけ微笑んだ。
「……そっか、よかった」
画面越しに、たしかなつながりが生まれた気がした。
Reon視点
深夜、薄暗い部屋で光っているのは、ノートPCのモニターだけだった。
Reonは飲みかけの缶コーヒーを片手に、無言で配信を見つめていた。
「……へぇ、やるじゃん。豹くん」
鼻で笑うような声だったが、その目にはどこか感心したような光が宿っていた。
以前の戒なら、間違いなく冗談に逃げていた。悪びれたふりでその場を流していたはずだ。
でも今回は、きちんと自分の言葉で謝り、矢面に立っていた。
「Maoが許したなら、それでいいってことだろ。……ていうか、また気に入られてるし」
配信のコメント欄に映る「by Mao」の文字に、Reonは小さく苦笑する。
そのやり取りを見て、画面越しに思わずぼやいた。
「アイツ、ほんとモテるよなぁ……性別とかアバターとか、関係ないくらい」
再生を止めて、コーヒーをひと口。
どこかくすぐったい気持ちと、ほんの少しだけの焦燥が胸をよぎった。
「ま、俺の出番はまだ先ってことで」
Soutar視点
一方その頃、別の場所──寝る前のストレッチを終えた颯汰も、スマホを枕元に置いて戒の配信を見ていた。
「……あれ、戒くん、ちゃんとしてる……」
大きく見開いた目で、真剣に語る彼の姿を見つめる。
ゲーム内ではちょっと軽口ばかりの人、という印象だったが、
いざというときにまっすぐ謝れる人なんだと、少し見直した。
「……でもMaoちゃん、やっぱりすごいなぁ。あんなに自然に返事できるなんて」
ほっとしたように微笑みながら、リスナーとして送られてくるMaoの言葉を追う。
あの優しさは本物だ、と颯汰は知っていた。
だからこそ、周囲に妙な誤解が広がらないよう、もっとしっかり見守っていきたいと思っている。
「Reonくん、これ見てるかな……また変な火種にならないといいけど」
布団に潜り込み、スマホの画面を伏せてから、彼は小さくつぶやいた。
「……ま、戒くんが素直に謝れたなら、それが一番だよね」