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第4話  もう、やるしかないじゃない!

 私たちが件のマンション前に到着した時、まだ警察の人たちが残ってて、いろいろ調べてた。

「どうもどうも、機知特別対策室です」

 とぼけた調子でミナセさんが頭をかきながら身分証を見せると、警察の人は顔を曇らせて(もしかして機知室って、あまり好かれてないの?)、黄色いテープを張って立ち入り禁止になってる現場まで案内してくれた。

「‥‥‥」

 マンションのエントランス近くの植え込みの傍。そこに長い髪の女性が倒れてる。見覚えのある白地にオレンジのラインの入った制服は、どこかの商社の社員だったかも。うつ伏せになってて顔は見えないけど、背中に鉄の棒が突き刺さってて、もう亡くなってるのだけは分かる。

「ドールの所有は、フレアシークカンパニーです。被害届けが受理されてます」

 企業はあくまで、ドールを備品として扱うみたい。壊れたという事で、保険がおりて、新たなドール所有の申請を政府にするだけ。だからここにその会社の人は誰も来ないっていう、何といいますか‥‥合理的。

「この辺は監視カメラが設置されてるはずだが、何も映ってないのか?」

「それが、どこにもそれらしきものはないんですよ」

 ミナセさんが案内してくれた警官に聞くと、そんな回答。

 あっちにもこっちにもカメラ‥‥‥これで何も映っていない方がおかしい。

「先週あった隣の区でもAIドールが壊される事件があったのですが、それと全く同じです。後ろから一突き。指紋認証も化学物質の痕跡もありません」

 警官の人は話を続けた。

 なるほど、私が勤めた初日に、ミナセさんが忙しいと言ってたのは、その事件の事だったのか。

「‥‥‥そうか」

 ミナセさんはしばらく遺体をじっと見ていたけど、

「この証拠を残さない手口からして、例の組織かもしれないな」

「例の組織?」

「え? ああ、こういうAIドールを嫌いな奴らがいてな」

「じゃあ、ミナセさんと同じですね」

「‥‥‥‥」

 ミナセさんは、じっと見てる警官を尻目に、ゴホンと咳払いした。

「力づくでも排除しようとする組織があるんだ‥‥‥だが‥‥‥今回は違うだろうな‥‥‥」

「どうしてです?」

 ミナセさんはタバコに火をつける。なので、煙を吐くまで無言‥‥答えてくれるまでに間が空いた。

「‥‥‥‥カメラの写角プログラムを改変する事は、やつらなら容易い事だ。でもそんな事をすれば、後で必ず発覚する。今回はその形跡がない」

「じゃあ、通り魔的な?」

 自分で言ってから、そんなことはないとすぐに分かった。

 そんな行き当たりばったりなら、すぐに捕まえられてしまうはずだし、証拠もばっちり残ってるだろうからね。

「先週はどんな人が被害者なんですか?」

「三十代という設定の女性で、起業所有のドールだ。仕事途中で同じように後ろからジェネレーターを突かれてやられている」

「‥‥全員、女性ですね」

「そうだな」

 ミナセさんはくわえタバコで、何かを考えながら車の方に向かったので、私もあとをついていった。

「あー‥‥悪いがお前はここでササガワの話を詳しく聞いてきてくれ。俺はこの三つの被害者の共通点を探る」

 乗り込もうとした瞬間、そんな事を言われた。

「え?」

 ここでひとりぼっち?

 話を聞いてこいと?

 先週まで高等部女子学生だった私に?

 それは放置が過ぎるのでは?

「これも慣れる為に必要な事だ。室長も言ってただろ?」

「えーっと‥‥慣れるのと、ほったらかしは違うのでは?」

「どうせササガワはろくな事を言わないし、それでも形式上、聞いたとしておかなきゃならないんだって。ただの手続きだ」

「そんなもんですか」

「そうそう、適当なAIみたいに対応しておけばいいんだ」

「適当なAIとは‥‥‥」

「はっはっは。‥‥そうだ! この際、この事件をお前が自分で調べてみたらいいんじゃないか? もしかしたらAIの考えが分かるかもしれないぞ」

「‥‥‥‥まさか」

「室長には言っておく、何事も経験だ。じゃあな」

「‥あ‥‥‥」

 私の返事を待たずに(待っても行っちゃうんだろうけど)、ミナセさんを乗せた車はもの凄い速さで(マニュアル運転)走り去っていった。

 去り際に窓を開けて、手をヒラヒラ‥‥あの人は本当に適当すぎる。

つまり、私に独自に調べろという指示は、ミナセさんが新人指導を放棄する為の方便であって。それはつまり、まったくもって勝手な人だという事だ。

「‥‥‥」

 警察の担架でドールの女性が運ばれていく。その時にちらっと彼女の顔が見えてしまった。

顔の素材は電気的信号によって形状が変化するようになっている。なので、電気が供給されなくなれば、その瞬間に表情は停止して固まる。

 彼女の顔は恐怖と驚き‥‥‥そのもの。

 それは当然。突然襲われたんだから。

「‥‥‥表情‥‥‥」

 仕方がない‥‥行くとするか。

 まだ警察の人が騒いでいる中、私はマンションのエレベーターに乗り込み、ササガワさんの部屋のある階で降りた。

 下の喧騒はここまでは聞こえてこない。

 廊下は完全に外と遮断されてる。吸音式の廊下の素材もあって、まったくの無の世界のようにも感じる。

 それがまた何て言うか‥‥‥現実感をなくしていくような‥‥‥。

=はい=

呼び鈴を鳴らすと、ササガワさんの声が聞こえてきた。当たり前だけど昨日と同じ声。

‥‥‥なので、昨日、追い出された時の事が蘇ってくる。

「機知特別対策室です」

=何だ、またあんた達か?=

「はい、このマンションの下で起きたドール‥‥‥殺人事件についてお聞きしたいのですが」

 言葉使いには気を付けないと。

 しばらく無言だったけど、しばらくしてからドアが開いた。

 やっぱり不機嫌そうだ。

「‥‥‥今日は不愛想なあんただけか」

 またそんな事を‥‥‥表情が薄いのは、生まれつきなんで勘弁してほしい。

「はい」

「それで?」

「えっと‥‥‥」

 途中で質問内容は色々と考えてはきたけど、いざ目の前にすると迷う。。

 ミナセさんは適当なAIのように対応すれば良いと言っていた。しばらくはそれに徹することにしよう。

「下で起きた事件について、ササガワさんはどう思われますか?」

 こんなものか。

「ニュースにはなってるから、それ以上の事は知らないな」

「‥‥‥‥‥‥」

 まあ、それはそうでしょうけど。

「娘さんを殺害した同じ犯人だと思いますか?」

「どうだろうね。凶器が同じならそうなんじゃないか」

「そうですね」

 こんな受け答えで良いだろうか。だから急にはこんな大役、無理だってば。

「しかし‥‥‥」

 ササガワさんは顔を近づけてくる。

「あんた、本当に人間なのか?」

「‥‥‥‥‥‥」

 どう答えるべきか。どうすれば良い?

 ミナセさんが適当に言ったような指示をそのままやってて大丈夫なんだろうか?

 で、黙ってると。

「まあAIなどという、忌々しいものの真似をする意味もないしな。それがあんたの素なんだろう」

「‥‥‥‥‥‥」

 あれ? 何か違和感を感じるんだけど。

 昨日はそのAIの娘さんが殺された事に怒ってたのに。

「娘さんのマユさんもAIでしたよね」

「そうだな」

「‥‥‥‥‥‥」

 すっかりと肩を落としたササガワさんを見てるのがいたたまれずに、私は頭を下げてその場を後にした。




「‥‥‥‥‥‥」

 下るエレベーターから見えるマンションの針の山の景色を見つめながら私はその違和感の理由を考える。

 特に何も考えは浮かばないけど、喉の奥に刺さった魚の小骨の様に、チクチクと何かが突き刺さってくる。

「‥‥まあ、いいか‥‥」

 マンションのエントランスから外に出た私は大きく深呼吸した。ガラス越しに外は見えてはいたけど、実際にその場にいるのとでは全く実感が違う。

 贅沢を言うならこの埃っぽい空気は何とかしてほしいものだ。このままいくと今世紀中には人が住めなくなるかもしれないと、学者の人たちは言ってた。

それもAIなんかの科学技術が発展してくれば、人類の正しい道みたいなものも指示してくれるのかな。道中のミナセさんの言葉の通りなら、AIを信用し過ぎると大変な事になるらしいけど。

「そんな事はない‥‥」

 AIは人間と違って間違えない。だから指示通りにしていれば幸せになれる。

 だから、皆‥‥仕事も結婚も‥‥その通りにしてるんだから。

 現にAIが研究を指導する様になって、停滞していた科学技術も進歩しているし。

「科学技術‥‥‥」

 私は視点を遠くから近くへと移した。

 塀とか壁にぶら下がってる監視カメラ‥‥‥あれも科学技術の一部。おかげで犯罪の抑止力になってるとか。

「‥‥‥‥」

 一つのカメラが角度を変えてこちらを向いた。AIによって最適に管理された監視カメラは、それぞれの配置場所が違ってるので、同じ方向をずっと向きっぱなしと違って、死角を確実に潰していく。

「‥‥‥‥‥‥」

 二台のカメラは今度は元の位置に角度を戻した。死角を埋めるかのように、三代目の別のカメラがこちらの方を向く。動きはその繰り返し。つまりマンション周辺は、何処にいてもどれかのカメラが捉えている事になるわけで‥‥。

「‥‥‥全て異常なし‥‥か‥‥‥」

 AIが書いた報告書にはそうあった。

 カメラに死角はなくて、そのカメラに映っていない‥‥それを前提とするから分からなくなるのかも。

 AIを信用し過ぎてはいけないらしい。だったら、その報告書を信用しても駄目って事になるけど‥‥。

「‥‥‥そんな事‥」

 監視カメラについて詳しい話を聞きたいけど、こんな時は誰に聞いたらいいんだろうか?

「‥‥‥‥」

 監視カメラの管轄は警察だったはず。だったらそこに直接聞くのが良いかも。

「あれ?」

 すぐに向かおうとしてけど、よくよく考えてみれば、ここに来る時に乗ってたミナセさんの車は、私を置いて行ってしまったわけで、それはつまり、ここにおいてけぼりにされたという事でもあり‥‥。

「あーもう」

 私は携帯でタクシーを呼んだ、無人タクシーはすぐに来て、私の前で止まって、後ろのドアが上に跳ね上がった。

中のシートは快適そう。でも私の顔は曇る。それは何でかって‥‥もちろん、余計な出費はしたくないから。あ、でも、こういうのって経費で落ちるんじゃないかな。

 それならまあいいかと、シートに腰を下ろした。

「新東京中央警察署まで」

 私がその場所を口にすると、ボイスコマンドが、ルートを検索する。ディスプレイに道が表示されたので、私はOkを押した。

「全く‥‥」

 私が心の中でミナセさんの悪態をついている。

 実はカメラの事より不思議な事がある。




私‥‥なんでこんなに頑張る気になってるんだろう。

ミナセさんの指示だから?

全く、そんな事はない。


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