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第5話  何か変な人が多いなあ

 ぼうっと流れる景色を見ている間に、タクシーは警察署についた。

 後ろのディスプレイに消費ポイントが表示されてる。

「もしかして‥‥」

 機知室の身分証をパネルに翳すと、支払い完了の言葉が浮かびあがった。

「‥‥なるほど‥‥」

 いつか実家に帰るときがあったら使ってみよう。うまくいけば‥‥ふふ。

 いや、それは犯罪だろ‥‥と、心の中のもう一人の私と対話しながら、窓口に立った、

「ご用件は?」

 受付の綺麗なお姉さんは、そう言ってニコと笑った。

「機知室の‥‥ツキシロです。えっと‥‥監視カメラの仕様についてお聞きしたいと思いまして‥‥」

「はい、では首都監視室、技術主任のコウノに繋ぎます。三十二階にある、検査室までお願いします」

「ど、どうも」

 お姉さんの受け答えは完璧。一部の隙もない。

 多分、あのお姉さんはAIドールだ。

 私は良くAI顔とか言われるけど、こうして比べてみると、全く違う。

 あんなに画一的な動きはしていない。それに私は行間というか、隙間にも無駄な動きも多い。

 全く周りの人達は失礼な事を言う‥‥。

 本当は事前に質問する事をまとめた方が良かったのは分かる。でも素人の私が何を言っていいかすら分かるはずもなく。つまり何の前準備もしないまま、その監視室に行ってしまった‥‥って事になるわけで。

「‥‥‥‥」

 ドアの前に立った瞬間、まだ何も言っていないのにドアが開いた。これは下の受付で話が通っているんだろうね。

「‥‥‥‥む」

 ドアが開いたけど、中は真っ暗。‥‥いや、完全な闇じゃなくて、あちこちで青や赤なんかの色のランプが付いたり消えたり‥‥。目が慣れてくると、それが、機械の発する光だって事が分かった。

 目が慣れてくると、室内に誰かいる。

 机‥‥コンピューターの端末のディスプレイの前に誰かいる‥‥。

「あの‥‥」

 声をかけようとしたけど、私は途中でその声を飲み込んだの。

なぜって?

今、会おうとしているのは、技術畑の人。

私を見た途端、また何か失礼な事を言ってくるのは、まあ十中、九以上。

それを避けるには人間だって事を最初からアピールすれば良いのだ。

「こんにち‥‥わ!」

 わ‥‥の所で、頭の上に広げた手を当てて、ウサギの真似をする。

「‥‥‥‥」

 その人は白衣を着た女性だった。眼鏡(視力矯正で視力は治せるはずだけど)のふちに手を当てて、じっと私を見てる。

「‥‥‥‥」

 私は固まったけど‥‥その人もじっと黙ってる。耳の上の手を下ろすタイミングを無くしてしまった。

「えっと‥‥機知室のツキシロさんね」

「はい」

 行き場の無くなった手をそっと下ろす。

危惧していたような事は言われなかったけど、それ以上の何かを無くした気がする。

「ツキシロさん‥‥だったかしら?‥‥それで‥‥監視カメラについて聞きたいって話だったけど」

「はい、それは‥‥」

 この瞬間、私の頭は普段の何倍も早く回った‥‥気がする。

「監視カメラの脆弱性について何ですが‥‥」

「脆弱?」

 椅子を回して私の方に体を向ける。少し椅子が古かったのか、ギシ‥‥と嫌な音が響いた。

 彼女の眼鏡がキラ‥‥と、光ったように見えた。

「カメラの中には、それぞれ独立したAIが組み込まれていて、決められた行動原理に基づいて対象をカメラの視界に確実におさめる。何か不審な動きがあれば、コンマ1秒で、ターゲットを視界におさめる‥‥範囲が一台で収まらなければ、複数台のコンビネーションでカバーする。脆弱性なんてないわね」

「‥‥まあ、そうなんですけど、聞きたかった事は、何かの事情で、その確実に監視するという役目を果たせなくなった場合の事なんですが‥‥」

「もちろん、そういう事は多々あるわよ。でもカメラのAIで対応出来ない事態は、どう対処すべきか最初から指示されてる。そして、その緊急事態はすぐに中央管制室に通知される。何もこなかったって事は緊急事態がなかったって事よ」

「そうですか」

 確かに、これでは対象を見失うはずもないし、何かあればすぐに見つかってしまう。

 すると犯人はどうやってその範囲内で犯行を?

 まさか透明人間でもあるまいし。

「実は‥‥」

 私はマンション付近で起きた連続AIドール破壊事件の事を話した。もちろん、事件の内容は共有されているはずで、守秘義務違反ではない。

「もちろん、知っているわよ、腹が立つったらありゃしない! タクマったら、散々、私の作った監視AIを欠陥呼ばわりしてくるんだから」

「タクマ?」

「あなたの相棒の名前でしょ?」

「まさか‥‥ミナセ、タクマとかそういう名前⁈」

 驚いた時の癖で私は口に両手を当てた。

「なーに、今頃。あなた見かけによらずに、人の名前を覚えるのが苦手?」

「はあ‥‥まあ」

「ん」

 彼女は白衣についてるネームプレートを手で突き出してきた。

「私はコウノ‥‥コウノ、サクラ‥‥覚えてね。ツキシロ、ユメさん」

「‥‥はあ」

 いや、そんな事より。

「ミナセさんが、ここに来たんですか?」

「最初の事件が起こってすぐに、すっ飛んできたわよ。それですぐにあなたと同じ事を聞かれた。返した言葉も同じだけどね。ユメちゃんは、あいつに聞いて来いって言われたの?」

「‥‥‥いえ‥」

「じゃあ、あなたもAIを疑う口?」

「そんな事はないです。AIは間違えたりしないので」

 コウノさんはフフ‥‥と笑った。

「それにしては、タクマと同じ事を言うのね。言われて来たんじゃないとしたら、あなたもあいつと同じ人種って事かしら?」

「まさか!」

 そこは思いっきり否定させてもらう。

 しかし、ミナセさんは最初からカメラを疑っていたのか‥‥何も知らなかったていで、ここに来た私は馬鹿みたい。

「‥‥‥‥」

 ミナセさんの言葉を思い出す。

『‥‥要するに、形式さえ整いさえすれば、内部は勝手に改変する事で、彼らはオッケーとしてしまう‥‥』

「‥‥‥‥」

 指示は、不審なものを捉える事。

「‥‥ちなみに不審かどうかはAIはどうやって判断しているんですか?」

「平常時との比較ね。彼らは普段の映像を記録してて、そこに何か動きがあった場合、そのデータベースと比較して、元と何が違うのかを判断する」

「‥‥‥‥」

「その差異によって異変があったのか、何でもなかったのか‥‥それはAIの判断に委ねられてる。人間が四六時中、見張ってるわけにもいかないから」

「‥‥‥全てを、ずっと記録してるわけじゃないんですね」

「そんな容量の無駄はできないのよ、この新東京だけで、どれだけの台数が稼働してると思って?」

「‥‥‥‥」

 しかし現に事件は起こった。それを異変として報告しなかったのは、それと判断しなかったAIの誤認なのかもしれない。

 つまり、事件はあってカメラの範囲にはいたが、それが普段と比較して差異がないと判断されたからに違いない。

 が、精度の高いその判断基準を騙すのも容易でない事も確かだ。

「あ、スモッグが濃いとカメラが見えなくなるとか?」

「カメラは可視光だけで見てるわけじゃないのよ。赤外線、紫外線‥‥様々なアプローチで捉えてる。例え人間の目で見えてなくても、カメラは確実にとらえてるのよ」

「‥‥‥‥分かりました。色々、ありがとうございました」

 私は頭をさげてお礼を言った。

 技術者のコウノさんはAIを強く信じているみたい(AIが好きじゃないミナセさんと、どういう関係なんだろうか)。‥‥なので、余計な事を言う前に、帰った方が良さそうだと思ったからで。

「あ、ユメちゃん、タクマに言っておいて、そろそろ忘れたらって」

「‥‥何を忘れるのですか?」

「それは本人に聞いて」

「‥‥‥‥?」

 コウノさんはウインクして私を部屋から追い出した。

 部屋の扉がロックされたカチっという音が聞こえてきて、私は大きなため息。

 ミナセさんに言われた、自分なりの調査は‥‥進んでるのかと聞かれれば、それはかなり疑問なわけで‥‥。

『じゃあな』

「‥‥‥‥」

 置き去りにしながら手を振っていたミナセさんの顔が思い出されてくる。

 ちょっとムカつく。

「もう!」

 分かった! こうなったらこのまま調査を続けて、ミナセさんより先にこの三件の無差別(?)殺人犯を見つけてやる。

 指導を放棄した新人に先を越された感想を聞いてやるんだから。

「‥‥‥‥」

 その為に、今は私情を捨てよう。

 全てを客観的に考えなければならない。

「‥‥‥‥」

 私情を満たす為に、私情を捨てる‥‥AIなら、この矛盾をどう捉えるだろうか興味がある。

 いっその事、事件の解決をAIに頼んだら良いのでは?


AI事件を解決するAIとは‥‥

 そうはいかない所に、この社会の複雑さがあるようだ。





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