私ってね、普段は眠そうとか、いつでも目が半開きとか、散々に言われてる私だけど、一旦、火がついたら、もう、とことんやるんだよね。
最後まで粘り強く諦めない性格‥‥そう思ってた時期が私にもありました。
まずは、コウノさんの所で、AIカメラの、緊急時に反応する例の一覧を見る。
「‥‥‥えっと‥」
暗号みたいなものが並んでるのではなくて、一応、言葉として分かりやすく書いてあるけど‥‥これだけでファイルが何枚にもなる。どんだけ細かいのよ。
さすがお役所‥‥ではなくて、コウノさんの指示が細かいだけ。これじゃ、どんな些細な事でも異常ありとしてちゃんと報告が来る。
カメラが異常を見逃すなんて事はありえない。
コウノさんが自信を持ってる理由がやっと分かった。
「あら、もう帰るの?」
「現場八回と言いますから、ちょっと見てきます」
「え?」
「?」
私がそう言うと、コウノさんは?な顔をした。
昔、諺っていうのがあって、短い文章なんだけど、そこには深いウンチクが含まれてる。悩んだ時は、そこにヒントがあると思う。
私が一人で捜査してる事は、機知室にちゃんと報告されてて、結構自由に行動できる。有難いんだけど、新人にそんな事をさせて何か変だと思わないんだろうか(一応、公務員なのに)。
タクシーから降りて(支払いはもちろん、機知室)、私はまだ見てない、最初の現場に向かう。ササガワさんのマンションから、そう離れてないので、歩いて五分程度で着いた。
「‥‥ほう‥‥」
思いっきりビジネス街のど真ん中。高層ビルが所狭しと空に伸びてて、隙間から見える灰色の空間は狭くて、圧迫感を感じる。ビルの先端の注空灯の赤い光が、その空に突き刺すようにあっちにもこっちにも。
一台のカメラが私の方に向いてる。
不審者と思われたなら心外だが、何かを感じて私の方に向いたんだろう。確かに精度は高い。
「‥‥‥やっぱりこの線はダメか‥‥‥」
もうため息しか出ない。
どうしたら良いかもうさっぱり。もうミナセさんに助け舟を‥‥。
「いやいや」
それを言った瞬間、それみた事かと、タバコを吸って、煙を吹きだしながら勝ち誇ってる顔が頭に浮かんできた。
それだけは避けなければ。
「ふう」
ため息をつく。とりあえず近くの喫茶店にでも入って、美味しい紅茶でも飲んで、頭をすっきりさせようかな‥‥って思って歩きだす。
公園にさしかかったあたり‥‥同じ植え込み間の歩道をこっちに歩いてくる人がいる。
その人は女性‥‥表情とか身のこなしで、なんとなく漂う雰囲気で、AIドールだって事が分かった(私はお母さんがAIだったので、その辺は鋭い)。
「‥‥‥‥」
やっぱり、どこかの会社の人‥‥無表情で歩いてくる。それは別に愛想が悪いわけじゃなくて、話しかければ途端に笑顔になる。
お母さんもそうだったから。
「‥‥‥‥」
遠目に見たら普通の人と変わらない。近くで見てもAIだって見破るのは、普通の人だと難しいかもしれない。
カメラは私を写し続けてる。
「‥‥‥‥私を?」
目が大きく開いた(いつもより二割増しぐらい。いつもこんな感じなら眠そうとか言われないんだけど)。
そう‥‥カメラは私の方を向いたまま動かない。
向こうからくる会社員の女性には、目もくれない。
「‥‥‥‥もしかして」
私は敢えて女性に近づいた。
「こんにちは、良い天気ですね」
「?‥‥はい」
いかにもバリバリと仕事が出来そうなその女性は、曇天の中、私がそう言うと首を傾げた。
「‥‥では」
「‥‥‥‥」
私は真っ直ぐに歩いていく。
カメラは彼女を見ずに、私を捉え続けてた。
ある程度の距離が開くと、ようやくカメラは別の方向を向く。その頃にはまた別のカメラが私を見てる。
この辺では、私が不審者なのかもしれない。
不審者かどうかを判断する基準‥‥そうか。
「‥‥雨‥‥降りそう‥‥」
私は38BのA6のマンション前に向かった。
現場八回‥‥今、何回目なんだろう。
「‥‥‥‥」
午後になって、ほんの少しだけ雨粒が落ち始めてきた。
私は今、そんなマンション前の道を歩いてる。
この38B地区は、周囲をビジネス用の高層ビルに囲まれてるベッドタウン。周りの喧騒に比べたらぽつんと不自然に存在している感じ。‥‥と、言ってもマンションも相当、階層が厚いんだけどね。
周囲はビジネス街。
この地区を挟んで反対側の地区へと移動する時、ここを通ればショートカット出来る。なんで昼間からスーツ姿の人がたくさん歩いているのか疑問だったけぢ、そういうふうな目で見てみると、なるほどという事で理解できた。
私は公園のベンチに腰を下ろす。
「‥‥‥‥」
書類を脇に抱えている会社員の女性や、バッグを手に持ってる男性‥‥両方ともにAIだ。向こうで何人かの同僚と話ている人達‥‥あれは人間。‥‥反対側にいるのは‥‥AIと人間の混合。
「‥‥ほう」
カメラの動きを観察する。
AIドール単体の場合は、レンズを向けていない事が多い(ちゃんと見ているのもある)。
その違いは‥‥何なんだろうか‥‥。
それさえ分かれば、無差別犯の犯行方法が分かるはず。
そして再犯があるなら、それを防げるかもしれない。
何よりミナセさんの鼻をあかせる。こんな素人を放置プレイをしたミナセさん‥‥許すまじ!
「よし」
こういう時こそ、コンピューターを使うべき!
やってやる、やってやるぞ!
‥‥で、丸一日‥‥私は機知室のコンピューター室に籠って、シミュレーションを繰り返してた(質問するだけで回答してくれるから、難しい知識はいらないのがありがたい)。
「ミナセさんは?」
って、いつもいないデスクを見て、周りの人に聞いたりしたけど、
「さあ」
って、いう答えしか返ってこない。
きっと何処かでサボってるに違いない。
これは私が先んじる可能性がかなり出てきたってわけで。
「‥‥これは‥‥」
被害者のオーナーもAI同士も面識がなくて、犯行時間も違う。それでも路上で起きた犯行の二つは共通点がある。
私の推測はコンピューターが、それが正しかったと言ってくれてる。
するとその条件がまた揃うのはいつなのか‥‥。
「え? 今日の午後3時?‥‥次は‥‥一か月後⁈」
今は一時‥‥近い! 近すぎる!
この機会を逃したら、実質もう証明するチャンスはないという事。
全く準備が出来ていないのに。
この話をそのままミナセさんに言って信じてもらえるだろうか。
いや、その前に居場所を探さないと‥‥そんな時間がない!
室長は‥‥。
「‥‥‥‥」
駄目だと思う。ミナセさんはともかく、私の話なんて耳に届かない。それよりだったら、機知室という肩書を使って話を通した方が早いんじゃ‥‥。
「もう!」
とりあえず私は目標のAIのいる商船会社に向かう。
羽織った黒いコートは‥‥少しだけ馴染んてきてる気がする。