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第13話  気の抜けた深刻な顔とは

  私の目の前の植え込みの中に、リオナさんが倒れてる。

  見かけだけならリオナさんは初等部の女の子‥‥でも、生まれてからの年月を考えれば、高等部。

  彼女はAIドール。双子の妹は成長していくけど、彼女は何も変わらない。

  何も変わらないまま、年月が過ぎて‥‥廃棄されようとしている。

  彼女は何も悪い事はしてないのに‥‥ただ期間が過ぎたから‥‥それだけの理由で。

  私に出来る事は‥‥テロリストの仲間じゃないという‥‥それを証明する事だけ。

  結果は変わらないけど。

「‥‥‥‥」

 私は息を止めて、それから大きく息を吐いた。

 そうは見えないかもしれないけど(眠いわけではない)、今、物凄い緊張してる。

 でも、やるしかない。

「‥‥リオナさん」

 返事がない。もしかして完全に電力が尽きて、機能停止してる? それも十分にありえる。

 ならこのまま連絡して引き取ってもらった方がいいかも。

 ここにいるという事は、少なくとも彼女の不名誉は晴れた事だし。

「リオナさん」

 でも私はそうはしなかった。

 眠ったままで破棄されるのは違う気がする。

 それは私が前に感じたモヤモヤと同じだ。

 知らなければそれで良い‥‥ってわけじゃないのよ。

 結果がどうあれ、彼女はそれを知る権利があると思うから。

「‥‥‥‥リオナさん!」

 肩を持って揺らしてみた。頭がカクンカクンするだけで動かない。

 どうやら完全に電力が切れてる。

 ここまでやったんだから仕方がない‥‥すぐに機知室に連絡‥‥するのが普通なんだろうけどね。

「‥‥‥‥」

 私は彼女をそのままにして、一旦、車に所に戻った。

 歩道に車をのりあげようとしたけど、

「そっちは違いますよ! 交通法違反になります!」

 処理施設の職員の人に言われるまでもなく、車は途中で止まった。

 車のAIは、乗り入れ禁止の処には、指示しても絶対に入っていかない。

「緊急です!」

「‥‥それは‥‥」

 深く考えられる前に、私はマニュアル運転に切り替える。

 もちろん運転なんてした事は‥‥ない!‥‥なので知識は教本を何度かパラパラと見た程度しかないのは当然。

「‥‥‥‥」

 歩道を車が移動していく。

罰則でポイントがいくら引かれるんだろう‥‥。マイナスになったら更生施設に送られるらしいけど、まさか、それほどではあるまい。

「‥‥むう」

表情はいつものままで、無言だけど、心の中では叫びまくってる。

瞬きする間に、リオナさんのとこに付いた。

急ブレーキをかけたけど、あと数センチでひいてしまう所だった。

「‥‥‥‥む‥‥重‥‥」

 何とかリオナさんを車の後部座席に押し込んで、その上にトランクに常備してあった、何に使うか分からない大きな白い布をかける。

「‥‥‥‥」

 再び運転席に乗り込んでから左右を確認。歩道を他の車が走ってるわけもなく、ただ目撃者がいるのではないかという理由で視線を走らせた。

 車道に戻ったとき、AI運転に戻した。途端にそれまで前後左右に大きく揺れてた車体は、スムーズに移動を始める。

 今なら室長に全てを話せば何とかなる‥‥かもしれないけど、ここでそんな決断をするぐらいなら、最初からこんな事はしない。

 目的地は‥‥とりあえず私の官舎。

 ここからだと二十分ぐらい。

 それまで見つかるわけにはいかない。幸いにも、機知室の今日の動きは知ってる。その張り込み地点を迂回していけば何とかなる。

「‥‥‥‥」

 何度か対向車とすれ違う度に顔が強張る。

 数十分のごく短い時間だったんだけど、何時間も経ったような‥‥そんな疲労感を感じつつ、車庫の中に車を入れる(割り当てられた官舎には、車庫がついていたので)。

 自動でシャッターが開いて、自動で中に車が移動した後、自動でシャッターが下りていく。その間、私は何もしていない。ただバックミラー越しに後ろのリオナさんをチラチラと見てる。

「‥‥‥やってしまった‥‥」

 静かになった後、ドアを開けてリオナさんを車からおろして床に寝かせた。

 車庫にあるパネルに給電の操作マニュアルを表示させる。線とかで繋ぐ必要はなくて、近くに置くと、開始されるみたい。

「‥‥‥‥」

 私はⅯITの身分証を当てる。パネルには給電中‥‥と点滅してるけど、何も見えないので、それで給電されてるのかどうかは分からない。

丸い円状のグラフが一周すると、終了の文字が浮かんだ。

「‥‥‥‥う‥‥ん」

 リオナさんの表情が動いた。どうやら正常に供給は終わったみたい。

 そうしてゆっくりと目を開いた。その仕草を見てると、眠り姫みたいで‥‥だったら私は王子様役なのか‥‥柄でもない。

「あなた‥‥は?」

 体を起こして私を見た彼女は、すぐにそう聞いてきた。

 リオナさんの瞳の奥‥‥小さなリングが回転して、チカチカと小さな光を放った。

「‥‥おかしいです」

 首を傾げてる。

「何が?」

「AIドール同士は光学式でアイコンタクトを取れるのですが、あなたと接続が出来ません」

「‥‥は?」

 彼女はいきなり何を言い出すのか。

「‥‥私は機知特別対策室のツキシロです。人間です」

 全く、失礼な‥‥。

「なるほど‥‥あの時の役所の方でしたか。失礼しました」

 彼女の言葉は礼儀正しい。やっぱり大人なんだ。

「‥‥それで‥‥どうしてあなたは施設を脱走したの?」

「‥‥‥‥」

 じっと私の顔を見てる。既に疑いは晴れたとは思うが、まだ何か?

「今の質問は方法に関してですか? 理由に関してですか?」

「両方で」

「‥‥‥‥」

 そう言うと小さく頷く。

「施設に引き渡された後、私は、そのまま破棄されるはずでした。でも、抜かれるはずの電力は、なぜか、そのまま残ってました。私はカプセルの蓋をこじ開けました」

「‥‥‥‥」

最初に施設を訪問した時、何となく職員の対応がおかしかった気がしたけど‥‥もしかして手順を間違えてた? 

それって隠蔽じゃん。

「‥‥‥‥給電設備の放電はあなたがやったの?」

「はい。このまま逃げてもすぐに捕まると思ったので、施設内のパネルを使って、反対方向の給電設備を時間差で放電するようにしました‥‥でも‥‥そこまでやった時、稼働する為の電力がほとんど使ってしまって‥‥何とか外に出たのですが‥‥」

「力尽きて、あそこに倒れたって事なのね」

「‥‥‥‥」

 リオナさんは頷いた。

「‥‥‥逃げたのは反射的でした。これで終わりだと諦めていたのに、まだ続けられる‥‥そう思った瞬間、全力で逃げました」

「‥‥‥‥」

 自分の終わりから逃れる可能性があるなら、誰でもそうすると思う。

「‥‥ユメさん‥‥私は‥‥すぐに施設へと戻されるのでしょうか?」

「う‥‥ん‥‥それは‥‥」

連絡したらすぐに、警察が駆けつけてくる。

 そうせざるをえないんじゃないかな。さすがに‥‥。

掴まってすぐに‥‥。

「えっと‥‥」

「私は‥‥」

 言いかけた私の言葉は、途中でリオナさんの言葉が重なってきて、それで止まった。

「私は、やらなければならない事が残っているんです」

「‥‥それは‥‥何なの?」

 私は彼女の顔をじっと見つめる。リオナさんはそこで張り詰めていた顔を緩めた。

「ユメさんの表情‥‥私は好きです。こんな事を言ってるのに、わざと気の抜けた様な、深刻な顔をして」

「‥‥気の抜けた深刻な顔とは‥‥」

 まあ‥‥いいけど。

 それより‥‥。

「私は‥‥ミオリとの約束を果たさなければならない‥‥その為に‥‥少しだけ時間をいただけませんか?」

「‥‥‥‥」

 私はその、気の抜けた深刻な顔で、ずっと彼女を見つめてた。







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