私の目の前の植え込みの中に、リオナさんが倒れてる。
見かけだけならリオナさんは初等部の女の子‥‥でも、生まれてからの年月を考えれば、高等部。
彼女はAIドール。双子の妹は成長していくけど、彼女は何も変わらない。
何も変わらないまま、年月が過ぎて‥‥廃棄されようとしている。
彼女は何も悪い事はしてないのに‥‥ただ期間が過ぎたから‥‥それだけの理由で。
私に出来る事は‥‥テロリストの仲間じゃないという‥‥それを証明する事だけ。
結果は変わらないけど。
「‥‥‥‥」
私は息を止めて、それから大きく息を吐いた。
そうは見えないかもしれないけど(眠いわけではない)、今、物凄い緊張してる。
でも、やるしかない。
「‥‥リオナさん」
返事がない。もしかして完全に電力が尽きて、機能停止してる? それも十分にありえる。
ならこのまま連絡して引き取ってもらった方がいいかも。
ここにいるという事は、少なくとも彼女の不名誉は晴れた事だし。
「リオナさん」
でも私はそうはしなかった。
眠ったままで破棄されるのは違う気がする。
それは私が前に感じたモヤモヤと同じだ。
知らなければそれで良い‥‥ってわけじゃないのよ。
結果がどうあれ、彼女はそれを知る権利があると思うから。
「‥‥‥‥リオナさん!」
肩を持って揺らしてみた。頭がカクンカクンするだけで動かない。
どうやら完全に電力が切れてる。
ここまでやったんだから仕方がない‥‥すぐに機知室に連絡‥‥するのが普通なんだろうけどね。
「‥‥‥‥」
私は彼女をそのままにして、一旦、車に所に戻った。
歩道に車をのりあげようとしたけど、
「そっちは違いますよ! 交通法違反になります!」
処理施設の職員の人に言われるまでもなく、車は途中で止まった。
車のAIは、乗り入れ禁止の処には、指示しても絶対に入っていかない。
「緊急です!」
「‥‥それは‥‥」
深く考えられる前に、私はマニュアル運転に切り替える。
もちろん運転なんてした事は‥‥ない!‥‥なので知識は教本を何度かパラパラと見た程度しかないのは当然。
「‥‥‥‥」
歩道を車が移動していく。
罰則でポイントがいくら引かれるんだろう‥‥。マイナスになったら更生施設に送られるらしいけど、まさか、それほどではあるまい。
「‥‥むう」
表情はいつものままで、無言だけど、心の中では叫びまくってる。
瞬きする間に、リオナさんのとこに付いた。
急ブレーキをかけたけど、あと数センチでひいてしまう所だった。
「‥‥‥‥む‥‥重‥‥」
何とかリオナさんを車の後部座席に押し込んで、その上にトランクに常備してあった、何に使うか分からない大きな白い布をかける。
「‥‥‥‥」
再び運転席に乗り込んでから左右を確認。歩道を他の車が走ってるわけもなく、ただ目撃者がいるのではないかという理由で視線を走らせた。
車道に戻ったとき、AI運転に戻した。途端にそれまで前後左右に大きく揺れてた車体は、スムーズに移動を始める。
今なら室長に全てを話せば何とかなる‥‥かもしれないけど、ここでそんな決断をするぐらいなら、最初からこんな事はしない。
目的地は‥‥とりあえず私の官舎。
ここからだと二十分ぐらい。
それまで見つかるわけにはいかない。幸いにも、機知室の今日の動きは知ってる。その張り込み地点を迂回していけば何とかなる。
「‥‥‥‥」
何度か対向車とすれ違う度に顔が強張る。
数十分のごく短い時間だったんだけど、何時間も経ったような‥‥そんな疲労感を感じつつ、車庫の中に車を入れる(割り当てられた官舎には、車庫がついていたので)。
自動でシャッターが開いて、自動で中に車が移動した後、自動でシャッターが下りていく。その間、私は何もしていない。ただバックミラー越しに後ろのリオナさんをチラチラと見てる。
「‥‥‥やってしまった‥‥」
静かになった後、ドアを開けてリオナさんを車からおろして床に寝かせた。
車庫にあるパネルに給電の操作マニュアルを表示させる。線とかで繋ぐ必要はなくて、近くに置くと、開始されるみたい。
「‥‥‥‥」
私はⅯITの身分証を当てる。パネルには給電中‥‥と点滅してるけど、何も見えないので、それで給電されてるのかどうかは分からない。
丸い円状のグラフが一周すると、終了の文字が浮かんだ。
「‥‥‥‥う‥‥ん」
リオナさんの表情が動いた。どうやら正常に供給は終わったみたい。
そうしてゆっくりと目を開いた。その仕草を見てると、眠り姫みたいで‥‥だったら私は王子様役なのか‥‥柄でもない。
「あなた‥‥は?」
体を起こして私を見た彼女は、すぐにそう聞いてきた。
リオナさんの瞳の奥‥‥小さなリングが回転して、チカチカと小さな光を放った。
「‥‥おかしいです」
首を傾げてる。
「何が?」
「AIドール同士は光学式でアイコンタクトを取れるのですが、あなたと接続が出来ません」
「‥‥は?」
彼女はいきなり何を言い出すのか。
「‥‥私は機知特別対策室のツキシロです。人間です」
全く、失礼な‥‥。
「なるほど‥‥あの時の役所の方でしたか。失礼しました」
彼女の言葉は礼儀正しい。やっぱり大人なんだ。
「‥‥それで‥‥どうしてあなたは施設を脱走したの?」
「‥‥‥‥」
じっと私の顔を見てる。既に疑いは晴れたとは思うが、まだ何か?
「今の質問は方法に関してですか? 理由に関してですか?」
「両方で」
「‥‥‥‥」
そう言うと小さく頷く。
「施設に引き渡された後、私は、そのまま破棄されるはずでした。でも、抜かれるはずの電力は、なぜか、そのまま残ってました。私はカプセルの蓋をこじ開けました」
「‥‥‥‥」
最初に施設を訪問した時、何となく職員の対応がおかしかった気がしたけど‥‥もしかして手順を間違えてた?
それって隠蔽じゃん。
「‥‥‥‥給電設備の放電はあなたがやったの?」
「はい。このまま逃げてもすぐに捕まると思ったので、施設内のパネルを使って、反対方向の給電設備を時間差で放電するようにしました‥‥でも‥‥そこまでやった時、稼働する為の電力がほとんど使ってしまって‥‥何とか外に出たのですが‥‥」
「力尽きて、あそこに倒れたって事なのね」
「‥‥‥‥」
リオナさんは頷いた。
「‥‥‥逃げたのは反射的でした。これで終わりだと諦めていたのに、まだ続けられる‥‥そう思った瞬間、全力で逃げました」
「‥‥‥‥」
自分の終わりから逃れる可能性があるなら、誰でもそうすると思う。
「‥‥ユメさん‥‥私は‥‥すぐに施設へと戻されるのでしょうか?」
「う‥‥ん‥‥それは‥‥」
連絡したらすぐに、警察が駆けつけてくる。
そうせざるをえないんじゃないかな。さすがに‥‥。
掴まってすぐに‥‥。
「えっと‥‥」
「私は‥‥」
言いかけた私の言葉は、途中でリオナさんの言葉が重なってきて、それで止まった。
「私は、やらなければならない事が残っているんです」
「‥‥それは‥‥何なの?」
私は彼女の顔をじっと見つめる。リオナさんはそこで張り詰めていた顔を緩めた。
「ユメさんの表情‥‥私は好きです。こんな事を言ってるのに、わざと気の抜けた様な、深刻な顔をして」
「‥‥気の抜けた深刻な顔とは‥‥」
まあ‥‥いいけど。
それより‥‥。
「私は‥‥ミオリとの約束を果たさなければならない‥‥その為に‥‥少しだけ時間をいただけませんか?」
「‥‥‥‥」
私はその、気の抜けた深刻な顔で、ずっと彼女を見つめてた。