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第14話  甘すぎる行動

「‥‥約束って?」

「‥‥‥‥」

 リオナさんはちょっとだけ笑った。心境による微妙な表情の変化‥‥絶対に私より上手い。

「私があの家に来て一月ぐらい経った頃。一家で遠方に旅行に行く許可が取れたんです。多分、それは姉の‥‥本物のリオナさんがいなくなって、それからすぐに私が来たので、ミオリの心の整理と癒しの目的があったのだと思います」

「‥‥‥‥」

 彼女は俯きながらも淡々と喋ってる。

でも偽物って‥‥確かに彼女は死んだリオナさんの代わりには違いないんだけど。

私のお母さんも‥‥死んだお母さんの代わりのAIドール‥‥だった。

お母さんは、自分が本物じゃない事を心に秘めながらも、本当の自分の子供のように接してくれた事を、今になって分かった。

もし私が‥‥AIドールだったら‥‥本物じゃないと分かりながらも、相手にそんな気持ちを抱く事が出来るだろうか。

「‥‥‥‥」

でも、本物とか偽物って何?

よく、心があるのが人間だって言われるけど、AIにもちゃんとした心がある‥‥って、言うか、人間より心根が深くて広い気がするんだけど。

だからね、AIは‥‥人間より人間っぽい。

なぜだか分からないけど、人間は生まれつきの人間感(?)に胡坐をかいて、AIに感情で負けてるじゃない。

皆‥‥私も含めて‥‥。

今度‥‥もし、お母さんに会う機会があれば(成人したから無理かな)‥‥その時、私は何て言うんだろうか。

以前とは違うんだろうけど‥‥まだ、分かんない。

「‥‥ツキシロさん?」

「え? あ、うん、何でもない」

 ぼーっとした顔になってたらしい。考え事をしてると、眠そうとか言われるけど、別にそういう事じゃない。

 リオナさんは話を続けた。

「旅行に行く前までは、ミオリは感情を無くしていました。家族であちこち行って、美味しいものを食べたり、乗り物に乗ったり‥‥途中で途中でミオリに笑い顔が戻ってきました」

「‥‥‥‥」

 リオナさんは本当に嬉しそうに話してる。

「旅行の最終日に、とてもおいしいという噂のケーキ屋に行って、二人で行列に並びました。

 もう少しで私達の番という所で、残りが一個だけになってしまいました。その時、ミオリは言ったんです」

『これ、お姉ちゃんにあげる』

「そう言って渡されたけど、もちろん私は食べる事は出来ません。でも私は断れませんでした。初めて、お姉ちゃん‥‥と呼んでくれたんですから。‥‥何とか食べたフリをして誤魔化しましたが、酷い嘘つきになった気がして‥‥多分、その時の表情は沈んでたんだと思います。そうしたらミオリは‥‥」

『お姉ちゃん、そんなに悲しい顔しないで。いつか二人で一緒に食べようね』

「‥‥あの時の約束は、ずっと‥‥ずっとメモリー‥‥記憶に焼き付いています。結局、機会はなくて、処理期間を迎えてしまいました」

「‥‥‥‥」

 一度だけ会ったミオリさんを思い出す。今の彼女はリオナさんに言った言葉を覚えているんだろうか。

それとも、覚えてて敢えて、あんな態度を取っているのか‥‥だとしたら何て不器用な‥‥。もしかしたら私もそうなのかもしれない。

だとしたら‥‥。

「‥‥‥‥」

 決めた! ここまで来たらもうとことんまでやるしかない! 

 今さら、適当な事を言って誤魔化して、それで何になる!

 人間にも‥‥私にもちゃんと心はある! 

 だから‥‥。

「リオナさん!」

「はい」

「そのケーキ屋の場所は覚えてる?」

「記憶してます」

「今から行こう!」

「え⁉」

 彼女の返事を待たずに、手を引っ張って助手席に乗せる。

「行先は?」

「‥‥‥‥」

 私が聞くと、彼女は車のダッシュボードにあるアクセスカメラに向けて、瞳をチカチカと点滅させる。

 パネルに地図とルートが表示される。

 今からだと到着して、スムーズに買えて、戻ってきたとしても、夕方になってる。

 機知室に戻る時間が‥‥。って、そんな事を言ってる場合じゃない。

「今すぐ出発! 可及的速やかに目的地に着いて!」

 車のAIにはそう指示する。

=交通状況によっては、希望通りにはならない可能性があります。交通法規に基づいて走行します=

「‥‥ほう」

 ジト‥‥と、車のパネルを睨んだけど、そんな事をしても何も変わらない事は分かってる。AIに運転の全てを任せた車は、ガレージを出ると官舎前の道を、私の知らない方向に走っていく。

「‥‥‥‥」

 ハンドルを握りながらも、隣のリオナさんをチラ見する。

 真っ直ぐ‥‥ただ正面だけをじっと見てる、

 今、何を考えているんだろうか‥‥。

 買えた時の喜び?

 約束を果たせて時の幸福感?

 それとも‥‥終わったあとの事?

 いくら私でもそれをズケズケと聞く事は出来ないな。





 到着したのは午後も結構いい時間になってから。予定より三分早かったけど。

並んでるのは意外に少なく、五人ぐらい。思うんだけで、どうして予約制にして、その数分だけを作らないんだろ。そうすれば並ぶ‥‥なんて非効率的な事にはならないだろうに。‥‥それだと急に食べたくなったお客さんが買えないからダメか。

「仕方がないのか‥‥」

リオナさんの手を引いて後ろについた。こうしてると何だか私がお姉さんになったみたい。うちは子供の人数制限が一人だったから、一人っ子だった。

「あ、すみません、お客さん!」

 まだ前に二人が待ってる状態で、店員のおばさんが私に声をかけてきた。

 嫌な予感がする。

「すみません、前のお二人で完売になりました」

「‥‥は?」

 だったら、最初から並ばせるなよ‥‥と、思ったが、急にきたので仕方がない所もある。

「‥‥ツキシロさん‥‥仕方がないです。もう十分です」

 私がリオナさんを見たら、彼女は笑ってそう言ってきた。

「‥‥‥‥」

 ここまで来て‥‥。

 さてどうするか‥‥。

 考えろ。今こそ、その眠そうな顔は、全くそんな事はないと証明する時!

 手配中のAIドールを連れまわしてる以上、もう後には引けない。

「私は機械知性特別対策室です!」

 赤字でMITと書いてある身分証を高くあげた。

「最後に残った二個のケーキは危険です!」

「え?」

「?」

「どういう?」

 前の二人と店員、それとリオナさんが同時に首を傾げた。

「あの‥‥危険とは‥‥一体‥‥」

「それは‥‥」

 えっと‥‥どうする?

「それは‥‥そのケーキがテロリストに利用されている可能性があるからです! 事と次第によっては爆発するかもしれません!」

「え⁉」

「‥‥なので、その二つはこちらで回収します!」

「え‥‥わ、分かりました」

 前の二人は、すっかり買う気を無くしてどっかに行ってしまった。悪い事をした‥‥と、思う気持ちは少しはある。

「こちらです‥‥」

 どう表現したものだろう。

 大きさはそれほど大きくはない。一人用のが二個。

 上には、宝石のようにきらめく甘いフルーツがたっぷり。まるでパティスリーのショーケースからそのまま出てきたような美しさ。そして一目ぼれ必至の、とびきりフォトジェニックなケーキ‥‥とでも表現するべきか。とにかく食べていないのに、それが甘くて美味しい!‥‥というのが分かる(我ながら、こういう時だけ言葉がスラスラ出てくる)。

「では!」

 店員が冷静になる前にケーキの箱を持って車に戻る。

「‥‥‥‥」

 あとはこのケーキを持ってミオリさんの所に行くだけ。

 助手席のリオナさんは心無しか、笑ってるように見えた。

 私は‥‥投機倒把‥‥もう野となれ山となれってね。




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