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第16話  AIのふりをするAIのような人間とは



 暦の上では季節は初夏。‥‥なんだけど、もうすっかり暑い。ビルやアスファルトの照り返しやら、空調の熱やらが重なって、外に出た途端に沸き上がる熱気で視界がゆらゆらと歪んで見える。これが本格的な夏になると外出危険警報がほぼ毎日。昔は今の時期はもう少し過ごしやすかったって話を良く聞くけど、今のこの状況を見てると、とても信じられないんだけど。

「‥‥‥‥」

私はと言えば、幾つかの案件を経て、それにくっついてくるたくさんの書類整理に追われてる。もし今も学生なら(年齢的にはまだ高等部一年!)、そろそろ中間試験の勉強をしなくてはならない。卒業すれば、机に座って面倒な事をする事はなくなると思ってた。でも実際はその真逆。更に量が増えてるという‥‥。

ミワナちゃんはちゃんと勉強してるだろうか。何とかして連絡を取りたいものだけどね‥‥。

「‥‥‥‥ん?」

 空調の効いた室内から外を眺めてそんな事を考えてた私に、室長から呼び出しがあった。

ディスプレイの端に呼び出しランプが点滅してる。私は椅子を引いて立って、室長の机の前に立った。

「事件ナンバー397で動きがあった」

「‥‥‥‥」

 室長は相変わらず、何の前置きもなく、本題から入る。私に話してるはずなのに、室長の視線は手前のディスプレイから離れていない。眼鏡に青い画面が反射して映ってる。

 しかし‥‥。

「‥‥事件ナンバー397‥‥」

 それってどんな事件だっけか‥‥多すぎて覚えきれない。まだ学校のテストの方がましなレベル。

「‥‥あの気分の悪くなる事件ですね」

 私は、ふわっとした感じで答える。

「そうだ。最近、中央が許可していない非合法の人格改造ドールが出回ってる。それは知ってるな?」

「‥‥もちろんです」

 思いだした。

 個人がAIドールを保有するには中央AIの許可がいる。でも、審査が厳しくて、ポイントも激しく使うし、希望通りのAIが支給されるとも限らない。そういう事情で、裏ルートで、自分好みの性格のドールを作って、密売する犯罪が起こってる。

「警察の特務課が幾つかの非合法AIを捕まえた」

 背後の大きなディスプレイに地図が表示されて、そこに赤い丸が浮かび上がる。

 新都心の周辺、四カ所にチェックが入ってる。

「調査の結果、密売組織のだいたいの場所を特定する事は出来た。だが、特務が踏み込むには範囲が広すぎるし、全体像が分かっていない。仮にこのまま強行して、下っ端を捕まえても意味はない」

「はあ‥‥まあ、そうですね」

 いきなり、そんな事を言われても、何を答えて良いやら。何で新米の私にそんな事を言ってくる?

 その答えは、次の瞬間はっきりと出た。

「ツキシロは、かねてより密売の温床の疑いがある。第九零網区に潜入調査に向かってくれ」

「‥‥‥‥は?」

 零網区‥‥ネットワークがゼロって意味。公的な社会インフラがほとんど届いていない地域。もちろん、AIが管理してるはずもなく、治安は最悪(警察が関与したがらない)。それなのに、結構、人は住んでる。学校で、絶対に零網区には近づいては駄目だと、何度も聞いてる。

 それなのに、敢えてそこに近づくどころか、潜入調査だと? 潜入というのはつまり、そこの近くどころか、中に入るという事で‥‥。

 室長は本気なのか?

「私がですか?‥‥一人で?」

「カシワギと二人だ。ツキシロはバックアップを担当してくれ」

「カシワギ‥‥さん」

 えっと‥‥誰だったかな。何度か見た事がある気がするけど、話した事はない。ひょろっとしたやせ型で、背が高い人(180以上は絶対ある)‥‥ぐらいしか分からない。

「ここにいる事は少ないからな。ツキシロが知らないのも当然だ。今、ここに向かってる」

 そう言ってた矢先、機知室のドアが開いて、そのカシワギさんが入ってきた。

「ご期待通り、ちゃんと戻ったぞ」

 今度はちゃんと見てみる。

歳は‥‥二十五、六? ‥‥不詳。ボサボサした無造作な黒髪(ミナセさんより、ちょっとだけ癖っ毛)黒の制服は一応は着てる‥‥ほんとに一応はというレベルで、シャツの第二ボタンから上はほぼ開いてる。ネクタイも緩め‥‥もはや着崩し。

 抑揚がはっきりしてて良く通る。声だけはイケメン男性。

「報告書は届いている。ご苦労だった」

「あんたもな、座って見てるのも疲れるだろ?」

 この人は室長に何を言ってるの? 冗談‥‥のつもりなのかもしれないけど。

 次の瞬間‥‥何と室長が笑ったの。‥‥ちょっとだけど。

「戻った所で悪いが、第九零網区に向かってくれ。例の非合法ドールの密売組織が近辺にあるという情報が入った」

「全く、人使いが荒い。ったく、休みってのは幻か」

 カシワギさんは肩をすくめた。 

「そう言うな。この件が終わったら休暇が出る」

 何と室長が軽口にちゃんと答えてるし。

 私はまた、両手を口に当てた(内心、驚いてる)。

「しかし第九零網区か‥‥なかなかやっかいだな」

「大まかな行動計画は立ててある。あとはいつものように、お前が現場の状況で変更してもらっても構わない。バックアップにはツキシロをつける」

「‥‥‥‥どうも」

 いきなり言われた私は、それ以上、何を言っていいか分からない。カシワギさんは、あごに手を当てて私の顔をじっと見た。

 これはまた例の言葉が来るぞ(人間だってば)‥‥私は覚悟してた。

「俺はカシワギ、レン。機知室の調査員だ。知ってるとは思うが」

「‥‥ツキシロ、ユメです」

 カシワギさんはもっと何か言ってくるかと思ったけど、短すぎる自己紹介だけで終わった。それに反応して、私も名前だけ。

 カシワギさんは渡された書類に目を通してる。

この時代にまだ紙の書類‥‥機知室は技術の最先端のはずなのに、こういう所はお役所だ。

「なるほど‥‥‥ま、確かにあんたにはうってつけの仕事だ」

「?」

 カシワギさんは、どこまで本気で言ってるのかは分からないけど、少しだけ目が笑ってる。

室長は私に顔を向けた。

「今回はツキシロがAIドールとして潜入してもらう」

「‥‥は?」

 どういう事? 

「詳しくはそこに書いてあるが、売人達は、強い自意識を持つドールを探している。つまり最高級のドールだ。ツキシロがAIドールのふりをしていれば、奴らは餌に食いついてくる」

「‥‥‥‥ん‥‥」

 嫌とかそういう事じゃなくて‥‥散々、人間だと言ってきたのに、今度はAIですと言わなければならないとは‥‥何と言う運命の悪戯。

‥‥と言うか、そんな事、出来るんだろうか。

 拒否権はないんだけどね。

「機械のふりってのは、案外、素の人間よりラクかもな」

 ぼうっと考えてると、唐突にそんな事を言ってきた。

「命令ひとつで動けるって便利だろ? ‥‥まあ、笑わなければ大体の人間はAIに見えるからな」

「‥‥‥‥」

 冗談なんだか、真面目に言ってるんだか分からない。

「じゃ、とりあえずその制服は脱いでもらおうか」

「‥‥は?」

「その制服着て歩くってのはな、『自分は正義で来ました』って札を首から下げてるようなもんだ。あの辺じゃ、そういうのが一番嫌われる。例え、AIドールだとしてもな」

 確かにその通りかも。

 でもそこで問題に気づく。

 確か、就職する為にこっちに来て、すぐに機知室に出向いたから、私服を全く持ってない。クローゼットには替えの黒い制服が何着もある。他にあるのは、こっち来る時に着てた高等部の制服と、寝間着用のジャージのみ。

「えっと‥‥」

「用意はしている。必要なものは選んで持っていけ」

 室長が助け船。

良かった。このままだと社会人が高等部の制服着たコスプレになってしまう所だった(本当はまだ高等部の年齢なんだから、おかしくはない)。

「ま、気楽にいこうぜ。よろしくな」

 カシワギさんは、壁にもたれて、片方はポケット。もう片手で軽く手をひらっと振る。

「‥‥‥‥」

 半分笑った様な目で、私を見るでもない。途中の空間を見てるみたい。



 どうもカシワギさんは苦手だ。


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