役所にありがちな茶封筒の封を開くと、中からは婚姻決定書が‥‥。
「‥‥‥‥」
何かの間違いじゃないかと、縦にしたり、横にしたり遠く離して見たり‥‥どうやっても、私の名前が書いてある。
―ツキシロユメ―
「‥‥‥‥むう」
こういうのは早くても二十歳を過ぎてからだと思ったけど(二十代半ばのカシワギさんはまだ来てなかったりする)、どうして十六歳の私に来る?
年〇月〇日、午前九時に、首都AI政庁、婚姻センターに出頭‥‥出頭‥‥何だかネガティブな雰囲気に言葉。何となく犯罪者が警察署に出頭しました‥‥みたいな。もし、行かなかった場合、かなり重い罰則があって、ポイントは全没収。特殊公安に逮捕されて、厚生施設‥‥人生一巻の終わりになる。
結婚はいつかするもので、それがちょっとだけ早まっただけ‥‥と、そこは百歩譲って仕方ないと思ってるけど。気になるのは相手が誰なのか‥‥。
書面には何も書いてない。当日まで分からないようになってる。
「‥‥‥‥」
封を開けたその日の朝、やきもきしながら、機知室に入る。
そこは見慣れた風景。
全体的に白っぽい部屋だけど、物が色々と乱雑に置かれていて、とりあえず適当に置いてある感が半端ない。デスクは並んでいて、そこでバリバリとキーを叩いている黒いスーツ姿の女性五人はAIドール。
「おはようございます」
手前の女性が笑ってそう言ってきたけど、私は「ども‥‥」と、ボソと呟いただけ。よく私よりここのドールの方が人間らしいとか言われるけど、まあ、納得してる。
奥には室長がいつもの様にモニターを睨んでる。
「‥‥‥‥」
最初は何だかなあ‥‥って感じだったけど、今はここにいるとほっとする。ここの人達は変な人ばかりだと思ってたけど、私もその色に染まりつつあるようで‥‥。
「‥‥ほう」
いつもは外まわりで、頭をペコペコさげてるクジョウ先輩が、デスクに座ってる。先輩はこの機知室の唯一の良心だと、私は思ってる。
「おはようございます、ツキシロさん」
私に気づいた先輩は、座ったまま声をかけてきた。頭をさげて何となく先輩のとこに行ってみる。
「今日はあまり天気が良くないみたいですね」
爽やかな笑顔で言ってくる。
「先輩は今日も外回りですよね」
「でもまあ、ほとんど車での移動だからね。それほど苦にはならないよ」
車‥‥という言葉が出て、前々から聞こうと思ってた事を思い出した。
「先輩はどうして、タイヤ付きのクラシックカ―に乗ってるんですか?」
「ん? どうしてそんな事を?」
「‥‥‥‥何となく」
「そうだね‥‥」
私から視線を外して、数少ない機知室の窓を見つめる。広がる空は、鉛色の空。
「こだわり‥‥かな。皆が同じ車を使ってるから、僕なりの少ない反骨心なのかもしれない。まあ、そんなに深い意味はないよ」
「‥‥‥‥」
反骨心‥‥クジョウ先輩から最も出てこない言葉な気がするけど。
そうだ‥‥ついで‥‥と、言っては何だけど‥‥。
「実は‥‥」
婚姻通知が来た事を話した。
「そうですか! おめでとうございます!」
クジョウ先輩は私より喜んでる。
「十六歳と聞いてましたが、その年齢で結婚するなんて快挙ですね」
「‥‥快挙‥‥」
そうなんだろうか。特に私は何もしてないし、誰かは知らない相手もそう。
今度は夫婦共通の家が支給されて、そこで別の家庭を作っていく‥‥子供が出来てその繰り返し‥‥。
「‥‥何だか浮かない顔をしてますね?」
「‥‥‥‥」
クジョウ先輩は、私のこの微妙な表情の変化が分かるらしい。
「実感が沸かなくて。それに良く知りもしない相手と結婚して、それでいいのかなって思うと‥‥」
「‥‥そうですね」
先輩は笑みを浮かべる。
「誰しもそう考えると思います。僕もそうでしたから」
「え? クジョウ先輩も?」
私はいつもの癖で口を手で押さえる。
先輩は結婚してもう何年も経ってる。
美人で優しい奥さんと、可愛い娘さん。ペット申請をして飼っている白くて大きな犬。見せてもらった写真の世界は、幸せを絵に描いたようで。
「‥‥‥‥昔は自然に暮らしていて、そのうちに仲が良くなった男女が、お互いの合意で結婚したと聞いています。人間の複雑な性格と感性を、不完全な知性の人間が判断していたので、結果的に離婚が多くなり、不幸な事件が多発していたらしいです。社会インフラを余分な事に使わない為にも、AIがマッチングするこの制度は、少なくとも正しい事だと思っています」
「‥‥‥‥」
「だとしても、それは社会という単位で考えた事で、個人レベルで言えば戸惑う事もあります。人間はアリやハチの様に、種の存続という目的の為に、統制された集団ではないんですから。‥‥人間の僕は婚姻決定通知が来た時、この決定に従う意味を、自分なりに色々と考えました。結局‥‥」
「‥‥‥‥」
先輩の言葉を息を飲んで待つ。
「僕が昔のように自然に誰かと結婚したとしたら、うまくいくかもしれませんが、そうでない確率も高いと思います。少なくとも、お互いに相性が良い今の嫁には出会わなかったでしょう。‥‥今のこの制度は、幸せな結婚をする確率を上げて、不幸になる確率を下げる‥‥だったら、それでいいんじゃないかと思ったんです」
先輩はそれだけ言うと、背もたれに寄りかかった。
「これで答えになったかは分かりませんが、考えるきっかけにはなったんじゃないですか」
「はい、ありがとうございます」
クジョウ先輩は親切な人だ。
お礼を言う以外に何も言えない。私は自分のデスクに座った。
「‥‥‥‥」
首だけ横を向く。隣のミナセさんはいない。
ミナセさんの知り合いだったユズキさんは、AIが指定した婚姻相手より、自分が選んだ人についていって、そして亡くなった。
AIの指示に従わなかったから不幸になった?‥‥でも、ユズキさんが好きになった人と一緒だと、どうしても不幸になる未来しか見えなかったと思うんだけど。それぐらい、私でも分かる。ユズキさんは分かってなかったのか、分かってても自分の感情を優先したのか‥‥。
「‥‥むう‥‥」
分からない事だらけ。もう一回、クジョウ先輩に聞きに行こうかとも思ったけど、それはやめた。
結局、これは自分で答えを見つけなきゃいけない‥‥そんな気がする。
「‥‥‥‥」
婚姻決定通知書を広げる。
三日後に相手と初体面。
その時、私は何を思うんだろうか‥‥。
その時になってみなきゃ分からない。
今はただ、未婚な時期でしか考えられない事を考え、やれる事をやってみようと思う。
つまり‥‥。
帰ったら、途中のカフェでケーキ豪遊だ。