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第33話  幸福は確率で選ばれる?

 その日、私はとても落ち着かない朝を迎えた。

 なぜなら今日は、私の結婚相手との初面会。これで平静を保てる人がいるとしたら、もはや人間を越えた何かなんだろうけど‥‥よくよく考えてみたらそれってAIの事なのでは‥‥と、頭がもっと混乱状態。たまに(頻繁に?)AIドールに間違えられるけど、AIのようにはいられない‥‥やっぱり私はただの人間なんだ。

 首都AI政庁の駐車場に、車を止めて降りる。空は‥‥何て言うか、こんな日に限ってというか、だからと言うべきか、雲一つない青空。

 どうも首がスースーすると思ったら、MITの認識票は首から下げてない。あんなカード一つでこうも違うとは。

 着ている服は黒のスーツが指定なんだけど、いつものMITの制服でも似たようなものなので、そのまま制服を着てきた。

「‥‥‥‥えーっと‥‥」

 駐車場から建物の入り口にあるパネルから、婚姻センターと訪問目的を選択。すぐに私の持ってる端末とリンクして、行くべき方向が指示された。

「‥‥むう‥‥」

 廊下は足音一つ立たないような、毛足の長い絨毯が敷き詰められている。

 途中で、職員の人(AI?)とすれ違ったりしたけど、その度に、ども‥‥と、良く分からないお辞儀をしてしまう。

「‥‥‥‥第7046対面室」

 指定された部屋はここ。別に部屋が7000以上あるんじゃなくて、ここが70階の46番の部屋ってだけ。それでも十分多いんだけど‥‥。左右には同じような入口がずらっと並んでて、見てると平衡感覚をなくしそう。

「‥‥‥‥」

 などと言ってても始まらない。

 ドアをノックして名前を言うと、入室のライトが青に光った。

 私は深呼吸して中へと入った。

「‥‥‥‥」

 奥に窓が一つだけの、そんなに広くはない部屋には、政庁の職員の白い制服を着た男性と女性が二人、私に向かって頭をさげてきた。

 そしてその奥にいる若い男性‥‥。

「どうも」

 笑顔で会釈してきた。

 消去法で考えても、彼が私の結婚相手に違いない。

 長身でシュとした体形。

 顔は‥‥整ってる。少し長めの前髪が額に影を落としてて、涼しそうな目元は優しそうに微笑んでる。

「初めまして、ナツメ・マナトといいます」

「ども‥‥ツキシロ。ユメです‥‥本日はお日柄も良く‥‥」

 違う、そうじゃない。何て返したらいいか考えてくるんだった。

「えーっと‥‥その‥‥機械知特別対策室で働いています」

 こういう時は自分の職業の紹介だと聞いた事がある。

「それは凄いですね。常に世の人の為に尽力する‥‥なかなか出来ない事です」

「はあ」

 別に自分で選んだわけではないが。

「ナツメさんは?」

「僕はAIのプログラマーです」

「‥‥ほう」

 学校の授業であったけど、あんな呪文のようなもの、全く何も分からないで終わった。もしその仕事が割り当てられたとしたらと思うとゾっとするぐらいの拒絶感。

「と言っても、一線は退いてます。今はAI開発の会社の経営をしています」

「経営‥‥」

 つまり、社長さんという事だ。このAI管理社会の奇妙な所は、職業の横への移動は駄目だけど、上下は可能な事。ナツメさんは若くして上への階段を登った人のようだ。



 それからしばらく雑談?‥‥的な話をして、初顔合わせは終了。

 私の結婚相手のナツメさんは、SYNTHORA‥‥シンソラという会社の社長。SYNTHESIS(統合)とAURORA(光)の造語で、「人とAIの統合による新しい社会の光」なんだとか。忘れる前にメモしておこう。

 あんまり会話に慣れてない私を、うまく合わせてくれた。

 つまり、マナトさんはイケメンで、性格もよくて、高ポイントを稼ぎ続けている。

 非の打ちどころがないとは、彼の事か。

 最近、仕事上とは言え、嫌な結婚生活を見聞きしてきたので、私にとってのマナトさんは当りの部類なんだろう。

 マナトさんにとっての私は‥‥多分、そんなでもない気がするんだけど、そんな事を全く感じさせない気配りが完璧。

 だから良かったんだと思う。

 それは喜ぶべき事だ。

 齢、十六にして将来安泰が約束されたようなものだし。

「‥‥‥‥」

 初顔合わせの日は、その当人二人はそんな職業でも休みになる。政府がそう決めたから。

 日曜でも祭日でもない、平日の街を歩いていると、遠い昔‥‥まだ小さな子供だった時の事を思いだす。

 転んで足をすりむいて帰ってきた時、お母さんが慰めてくれたのはいい思い出だ。

 その時の私は表情一つ変えずに泣いていたという意味不明な感じだったらしいけどね。

 あの時のお母さんは‥‥人間だった。その後を引き継いだお母さんのAIドールは‥‥その時の記憶はないわけで‥‥。

 前はどう接していいか分からずに、ただ苦手だったけど、最近はなぜかそんな気持ちは沸いてこない。

 機知室で働いているうちに、思う事が色々あったから‥‥っていうのが一番大きい。

 今は‥‥聞いてみたい。

 なんで私はこんなに落ち込んでるんだろうかって‥‥。

 他に言える人はいないし。

「‥‥‥‥」

 仕方ない。

 一番それっぽい人に聞いてもらおう。




「‥‥で、何で俺の家に来るんだ?」

「いや、それが‥‥」

 クジョウ先輩の家には奥さんも娘さんもいるアットホーム。カシワギさんのとこは見た事はないけど、滅茶苦茶に散らかっているのは想像がつく。行ったら片付けと掃除で終わる上に、ポイントをたかってくるに違いない。室長とアイザワさんは‥‥多分、機知室に住んでる。

「差し入れもあります」

 途中で買ってきたお酒を出す。大きめの瓶だ。

「‥‥これは‥‥伝説のダイギンジョウ酒じゃないか!」

 消去法(今日、二回目)でミナセさんのとこに来たわけだけど、私が買ってきたお酒を見て興奮してる。

「こいつは‥‥かなりポイントを使っただろう?」

「まあ‥‥他に使い道もないので」

 それに、どうせ結婚したら全ポイントは没収されるわけだし。

 ナツメさんなんかは、すぐにまた貯まっていくだろうけどね。‥‥でも、ナツメさんと結婚したら、そのポイントは夫婦で共通。将来を心配する必要がないという。

「まあ、あがれ、狭いとこだが」

「知ってますけど」

 遠慮なしにあがっていく。

 先日、私が掃除した時よりちょっとだけ散らかっている。

 ソファーの上に脱ぎっぱなしのシャツに上に、そのまま腰を下ろした。

 ミナセさんは嬉しそうに酒瓶の蓋を開けて、小さな一口サイズのカップに注いだ。

「‥‥で、結婚相手はどうだった?」

 機知室で、私に婚姻通知書が来た事は周知になっている。

「まあ、別に‥‥多分、いい人だと思うし」

「‥‥そうか」

 ミナセさんは一口で飲み干し、またカップに注いだ。

「やっぱり‥‥そうなんだよな」

「‥‥‥‥?」

 一人で納得して笑って‥‥それから遠い目をしてる。

 説明を求む。‥‥私の心境だけど。

 だんだん腹が立ってきた。

「どうだ? お前も一杯?」

「もらう!」

 小型のカップを奪い取って口に流し込む。

「ぐ‥‥ふ!」

 何これ? 苦いだけの水!

「お‥‥小娘にしては、いい飲みっぷりだな‥‥ほら」

「‥‥‥‥」

 別のカップで渡されて、流れのままに飲んでいく。

 ?‥‥意外とおいしいかも?

 そのまま何杯も放り込んでいくと‥‥気分は最高!

「‥‥で、出来上がった所で聞くが‥‥」

「ん‥‥?」

「‥‥気に入らなかったみたいだな」

「‥‥‥‥は?」

 あんないい人を? ‥‥理由がないんだけど。

「どういう事ですか?」

「‥‥そうだな‥‥何て言うか‥‥」

 床が揺れてる。これだから木造は駄目なんだ。

「愛情は‥‥初級の数学みたいにはいかないって事だ」

「?」

 壁を通り越して遠くを見ているミナセさんは、また意味不明な事を言って、一口、カップに口をつけて笑った。


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