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第34話  ヘッドバンキングするAIとは

 初顔合わせの日の翌日。

 私はすこぶる体調が悪い。

 頭がぐわんぐわんする(つまり平衡感覚がなくなるという意味)し、その頭が痛いし、吐きそうだし‥‥原因はアレしかない。良くもあんなものを有難がって飲む人もいるものだ。

 休みの日だったら良かったんだけど、ただの金曜日なので、機知室に時間通りに出社。

 出勤?‥‥会社じゃない公務員の場合、何て言うんだっけか。

 そんなどうでも良い事を考えてしまうのもお酒の悪い所。

「お早うございます」

 私がセキュリティが厳重そうなドアを開いて中に入ると、

「うおっ!」

 私を見たカシワギさんが真面目に驚いてる。

「‥‥‥‥何ですか?」

「何ですかって‥‥そりゃ、首のフレームが折れたAIドールみたいに、ヘッドスパンキングで入ってくれば、誰だって驚くだろ?」

「ヘッドバンキングするAIとは‥‥」

 とにかく久しぶりに会っても、相変わらずカシワギさんは失礼な人だ。

 制服も着崩すのを通り越して、自己流。もはや私服と変わらなくなってるし。

「何だユメ、二日酔いか?」

「多分」

「そんなふうに飲むなんて、まだまだ甘いな。大人の飲みはもっとスタイリッシュなものだ」

「飲み屋のツケを踏み倒しまくってるようですが?」

「んぐ」

 カシワギさんは咳込む。

「そういや、ユメ、結婚が決まったんだってな」

「まあ、だいたい」

「で、嬉しいのか悲しいのか‥‥顔じゃわかんねぇな」

「私も分からない」

 カシワギさんはフ‥‥と笑ってタバコをくわえた。

「そりゃ厄介だ」

 煙を吹きだし、天井を見上げた。

「‥‥ま、分かんなくても進むしかねぇのが人生だ」

「カシワギさんは進めてるんですか?」

「さあな。オレは後ろに流されてるだけさ」

「‥‥‥‥」

ずっとカナエ事件を追ってたカシワギさんは後ろを向いてた気もする。今は解決したとは言っても、記憶はそう簡単にリセットは出来ない。

「ま、気が向いたら、振り返って手ぇ振ってやるよ」

 手をひらひらさせながら、機知室を出ていった。

 結局、自分の事は自分でやれっていう事らしい。相変わらずカシワギさんの言葉は、裏の意味をくみ取るのが難しい。

 私はため息をついて室長のとこに行く。

「‥‥‥‥」

 モニターを見ていた室長は、チラっとだけ私を見た。

「ツキシロ」

「はい」

「今日はもう帰って休んでいい」

「は?」

「そんな体調では、仕事に支障が出る。治してから来い」

「‥‥はい」

 帰っていいのは嬉しいけど、これは遠回しに怒られたのではないだろうか?



そういえば私のツキシロという苗字。

 結婚したらツキシロでなくなってしまう。

 ナツメさんもナツメさんでなく、別のものになって、私とナツメさんは共通の苗字をAIから割り当てられる。

 夫婦別姓問題とか、男女差別とかそういうものを解決する為って事なんだけど、ツキシロでずっと生きてきたから、なくなってしまうのは寂しい。

 とにかく準備期間はあと一か月。

 それを過ぎると私は今の官舎を追い出されて、別の家に移される。

 せっかく慣れてきたのに、また最初からだよ。



 夜にナツメさんから連絡があった。

=今度の日曜日、ツキシロさんは予定が開いていますか?=

 電話口の向こうからは柔らかい声。

「まあ‥‥特には‥‥」

 その日は描きかけてる絵を完成させようかと思ってた。

 この家から見える景色が題材。

 機知室に就職してからは忙しくてなかなか描く機会がなかった。ここから出る前にせめて描き上げていきたかった。

どうせ結婚時に持ち出し申請しても、通らないだろうから、できても持っていく事はできないんだろうけどね。就職の時よりも審査が厳しいのはなんでなんだろう。

=良ければ、僕の家に来ませんか? ツキシロさんとはいろいろと話をしたいので=

「‥‥‥‥」

 話‥‥何の話だろう。

 将来の家族設計についてなんだろうけど、共通ポイントの使い方の取り決めとか、‥‥あとは、子供の事とか‥‥。

「‥‥‥‥むう」

 つまり、それは私とナツメさんの子供‥‥つまり私がお母さんになるということでもあり‥‥。

 どうも実感が沸かない。

 つまりはその辺の所を話し合うという事か。

=‥‥あの‥‥ツキシロさん?=

「え?‥‥ああ、大丈夫です」

=そうですか、良かった。では日曜日に=

 携帯を顔から離すと、画面には地図が表示されてた。

 印はシンソラビルの中‥‥ナツメさんは会社の中に住んでるんだろうか?

 そう言えばナツメさんも、私財は没収されるはず。せっかく築いたこの会社はどうなる?

 またベーシックから二人で始めなければならないのかもしれない。

 財産なんてないから私のダメージは少ないのは幸い。


 そんな事を考えながら、私は唯一の財産のキャンパスに向かった。


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