「こっちが、企画会議室。僕の会社は四十の支部があるけど、ここでは直接ここに来なくても、モニターで会議が出来るようになってるんだ」
私はナツメさんの会社にお招きされてる。
本社ビルの中、ビジネス街の中でも一際高いビルが、ナツメさんの会社の“シンソラ“というAIの開発と管理をしてる本社ビル。何しろ、ここが中央AIのメンテナンスの一部も請け負っているというから(平等性の観点から、複数が請け負ってる)、世界ではなくてなはらない会社になってる。
「‥‥ほう‥‥」
内部はそれはもう、未来を絵に描いたような世界。エスカレータの廊下版とか、全面ガラス張りの部屋(高所‥‥怖っ!)通路はあちこちがピカピカと何かにインフォメーションを常に表示‥‥。
「こちらが管理室‥‥」
見せられた大きなドーム状の部屋には人は誰もいない。
「実際は巨大AIの保守は人間では無理な領域まできています。なので、AIの保守はAIが行っています」
「‥‥その保守AIの保守は?」
「保守専門の端末があって、そこにはまたAIが管理しています。そこのAIの機能を分担して、人間が管理しています」
「AIの保守をするAIの保守をするAIとは‥‥」
「はは、そういう事になりますね、ツキシロさんは飲み込みが速くて素晴らしいです」
「‥‥‥‥」
ナツメさんは笑ってるけど、褒められたのかどうか怪しい所。
「ちゃんと人もいますよ」
ビルの一フロアがまるまる、モニターと端末と人のセットで埋まってる。百セット?‥‥もっとあるかも。
「おかげで別の問題もあります。このビルだけで、都心の電力の7%を使用しています。電力不足は、百年目のガイア・グリッド計画でクリアはされています。中央政体の維持に関わる事なので、電力の使用料金は発生しませんが、この地域一帯を圧迫している事は確かですね」
ガイア・グリッド計画(多分そんな名前だった)は、この地球全体からロスなくエネルギーを取り出す計画。つまり地球の全エネルギーを使用可能になったというわけで。
エネルギー問題は解決したけど、おかげで環境問題が発生するようになったという皮肉な話。
これからはそれでもエネルギーは不足していくだろう事を予測して、太陽からエネルギーを得る計画‥‥ソーラー・スウォーム・イニシアチブ‥‥だったかな。そんな事を勧めてる。
最近発表があったのは、カルダシェフ・スケールが1・2になったとか。その辺は頭の良い人‥‥というか、中央AIが着々と進めてる。
私にはピンとこない話だ。
ピンと来ないと言えば‥‥ナツメさんは楽しそうに会社を案内してくれるけど、婚姻通知が来たとういう事は、この会社はナツメさんのものではなくなるわけで、これから一介の市民(社長とかではないという事で)になるのに、それを見てるのは逆に嫌なのではないだろうか?
とは言え、それを正面から聞く勇気は私にはないわけで。
でも気になる。
好奇心の虫が‥‥。
「‥‥‥えっと‥‥ナツメさんは新しい住居とかは見たんですか?」
結婚したら強制的に別地域に移動させられて、指定された仕事に就く。
大体はそれまでの経歴を参考にされるので、今までと同じ職種が多いんだけど、ナツメさんの場合、この会社自体が個人資産に部類に片足を突っ込んでるようなものなので、その辺を遠回しに聞いてみた。
「見てはいませんが、ありがちなシンプルな住宅だと思いますよ」
ナツメさんは遠くでキーを打ち続ける社員の一人をじっと見つめる。
「今、僕が住んでる家は、その十倍の広さがあります。職業が指定されてから一生懸命にやってきた結果でした。AIはそんな事は気にする事もなく、一律にしてしまうんですね」
「‥‥‥‥」
肯定してるのか、否定してるのか‥‥良く分からない。
「反対に、僕とは違って、日々を適当に生きてきた人もいるわけです。その人にも結婚となれば、僕と同じように伴侶と家と、定期的なポイントが支給されます」
一瞬だけとナツメさんの顔が曇ったのが分かった。
「会社案内はこんな所でしょう。ツキシロさん、こっちへ来てもらえますか?」
ナツメさんが示したのは、最上階の一室。眺めは良さそうだけど、いくら私でもそこまで高い所は好きじゃない。
通された部屋は豪華の一言。フカフカのソファーに、高そうなテーブル。吹き抜けで、球技でも出来そうな広いリビング。ガラス窓からは針の山のようなビルが遥か遠くまで広がっているのが見える。どれぐらいポイントをつぎ込めば、こんなとこに住めるのだろうか。
機知室があるのはあの辺りか。
「ここは僕のプライベートルームです」
ナツメさんは壁のパネルに手をかけた。ただのガラス窓だったものは、曇っていって、最後にはただの白い壁のようになる。
「ここには監視カメラや、盗聴機のようなものはありません。地上からの高さを考えれば、外部からの物理的侵入は難しいでしょう」
「そうですね」
「ツキシロさん」
「‥‥‥‥」
ナツメさんは私の腕を掴んで、グイと顔を近づけてきた。
「えっと‥‥」
まさか‥‥ねえ‥‥。
「ツキシロさんは‥‥まだ十六歳ですよね」
「三か月ぐらいしたら十七になりますが」
「本当だったら、まだ友達と学生生活を楽しんでいる歳です。それがAIの指示で、無理矢理に両親から引き離され、就職させられた。そして、こうして僕と‥‥知らない人と結婚させられようとしている。自分の意思とは関係なく」
「はあ、まあ‥‥そうですね」
そういうものだと、生まれた時から言われてきたし。
今さらどうなるものでもないし‥‥。
「もちろん僕も両親からは離されました。そして良く分からないAI関係の仕事に決められ、現在に至ります」
「‥‥‥‥」
「AI開発と管理‥‥僕はその仕事の内容を聞いて‥‥これはチャンスだと思いました。いつか必ず、AIから人の世界を取り戻してせると」
「‥‥取り戻す‥‥」
どういう事なの?
私は両手が口の前。
「人の幸せも人生もAIに委ねては駄目なんです。なぜならAIには人間個人の見分けはついていない。ただの数値として社会基盤の中にはめ込んでいくだけなんです。それが社会構造を維持する為には最も効率が良い事は否定しません。‥‥ですが!」
ナツメさんの声が大きくなっていく。
「それでは生きる為に生きてるだけ‥‥人生とは言えません」
「‥‥‥‥」
それは危険な思想‥‥もし誰かに知られたら社会転覆罪で、収監されるぐらいの大罪。それぐらいしか私には分からないけど‥‥分からないのはなんで、そんな事を私に言うのだろうかってこと。
「そんな事は‥‥」
「出来ないとお思いですか?」
「‥‥‥‥」
ナツメさんは笑った。
「僕はこの仕事をおこしてから、秘密裡に計画をすすめてきました。そしてその日はもうすぐです。中央AIと、全てのバックアップAIを停止させます」
「‥‥中央AIを‥‥停止‥‥」
「今こそ、人の社会を人の手に取り戻すのです!‥‥ツキシロさん」
「え⁉‥‥はい、何でしょう!」
何か私の返事は、きょどってる。
「あなたになら、僕の言ってる意味が分かるはずです! あなたは十代の貴重な時間をAIに奪われた被害者なのですから!」
「‥‥‥‥それは‥‥」
被害者‥‥そうなんだろうか‥‥。考えた事もなかったけど。
「その為に‥‥僕はAIに干渉して、あなたを僕の伴侶にしたのですから」
「‥‥‥‥は?」
じゃあ‥‥本当はナツメさんは私の結婚相手じゃなかった?
「全てを分かりあってこその夫婦だから‥‥私は改めてあなたに結婚を申し込みます。そして共にAI社会を打倒していきましょう」
「‥‥‥‥」
ナツメさんは私に手を伸ばしてきた。