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第37話  守るべきものは何か

 室長が出したのは全員の緊急招集。

 私はそこでとんでもない光景を目にする事になった。

「要するに‥‥ナツメって奴をシメりゃいいんだな?」

 カシワギさんは、口元にタバコをくわえながら、相変わらずだるそうに言ってる。

「中央AIへのハッキングは特A級の犯罪に該当しますからね。‥‥とは言っても、シメる‥‥というのは違うと思いますが」

 隣のカシワギさんに向けて、クジョウ先輩はため息をつく。

 多分‥‥この二人は馬が合わない。

「ユメの結婚相手は‥‥いきなりそんな奴だったのか」

 ミナセさんは私の方をチラっとだけ見た。

 相変わらず、ボロボロのコートを着てて、ボサボサ頭、そして無精ひげ。

魔窟だったミナセさんの家は一回は掃除したけど、また元に戻ってる気がする。

「それは‥‥災難だったと言うか、運がなかったというか‥‥ユメはその結婚相手をどう思ってたんだ?」

「どうって‥‥よく知らないし」

 正直な感想はそれ。

「まあ、そりゃそうだ」

「‥‥‥‥」

この機知室にこの三人が揃うというのは、確率的に非常にレアな事なんだけど、更に‥。

「あー‥‥眠り姫の言う通り、外部からの信号を受諾するバックドアらしきプログラムがあった」

そう言ってきたのは、いつも奥の部屋でキーをカチャカチャとうち続けている、眼鏡のとっても痩せてる人。情報処理室でしか見た事がなかったので、アイザワさんはあの部屋を出ると死んでしまうのかと思ってたくらいで。それがこの白日の下。普通に歩いて喋ってる。

「バックドアは修正できないのか?」

 室長が聞いてきた。

「無理だな。そのプログラム自体、正規なものとして認識されている。それをへたにいじると、こっちがテロリストに認定される」

「さすが中央AIの開発とメンテを請け負っていただけの事はあるな、その辺は対策済みという事か」

つまり、室長とアイザワさんとカシワギさんとミナセさんと、クジョウ先輩が同じ室内に存在している。それは惑星直列にも似た衝撃だと思う。

 室長は続けた。

「ナツメ・マナトが話したという、ツキシロの話はこれでウラが取れたという事になる。ナツメは明朝を持って、中央AIの機能を全てシャットダウンすると言っている。決行日の真偽は不明だが、マスコミ等での奴のこれまでの言動を見るに、恐らくは言った事はそのまま実行するだろうと思われる」

「決まりだな。ナツメに挨拶しに行こうか。今すぐに」

「それは短絡的です。向こうは中央の法の下で正規な活動をしている事になっているのですから」

 カシワギさんの言葉に、クジョウ先輩は釘を刺した。

「その通りだ。現在の所、中央からの指示は何も来ていない」

 室長はモニターを睨んでる。

「こっちから問い合わせられないのか?」

 なるほど、ミナセさんの言う事はもっとも。

「いや、こちらで送った瞬間にナツメ・マナトを警戒させてしまう。決行を早められる可能性がある以上、こちらから中央にアクセスするのは控えた方がいい」

 じゃあ、どうするんだろうか。

「シンソラ社にあるデータを押さえる」

 室長は即断した。

「奴が計画を実行する前に、シンソラ社に突入。関係するデータ。もしくはナツメ・マナト本人を確保する。その上で現場でプログラムを無効化する」

「あー‥‥そういう事で。俺も同行する」

 なるほど‥‥これはまたおおごとになったものだ。

「今回の作戦は中央からの正式な許可が下りていないので、中央からのバックアップは期待できない。リンクが必要な武装やアイテムは使用不可になる。もちろんミットガルドもだ」

「拳ひとつあれば十分だろ‥‥話の早い相手ならな。ま、拳ひとつで足りなきゃ、両手使うだけさ」

 カシワギさんだけは楽しそうだけど。

「今回のキーマンは‥‥ツキシロ‥‥お前だ」

「‥‥は?」

 後ろに隠れていたつもりでいたのに、突然室長から前へと引っ張り出された気分。

「そ‥‥それは‥‥一体‥‥」

「うむ。結婚相手という事で、ナツメはツキシロを認知している。そして、奴は少なからずツキシロに自分と同族と思い込んでいる」

「‥‥‥‥」

「奴と話が出来るのはお前しかいない」

「‥‥やめるように説得するんですか?」

「相当の期間を費やして準備してきたのだ。それで翻意するような奴でもあるまい」

「‥‥‥‥」

 どういう事なんだろう。

 じゃあ、何を言えばいいと?

「現場での作戦指揮はアイザワに任せる。クジョウがバックアップ。カシワギは‥‥臨機応変に行動」

「りょうーかい」

「ツキシロはミナセと同行。ナツメの位置が分かり次第連絡するので、奴になるべく早く接触してくれ」

 全員が頷いてる。遅れて私も。

 大変な事になってきた。

 事態が急転しすぎる。

「作戦開始は一時間後、それぞれ準備が整い次第、現場に向かってくれ。以上」

 真っ先にカシワギさんが飛び出して行った。

準備なんて、あの人に必要なんだろうか。臨機応変‥‥つまり適当にやれという事で、なんとなくどうなっていくのか、分かるんだけど。

「‥‥そういうわけだ、ユメ」

 ミナセさんはどういうわけか、少し申し訳なさそうな顔をしてる。

「‥‥これで‥‥良かったと思うか?」

「どういう事ですか?」

「ん?‥‥お前が、機知室にナツメの事を知らせた事だ」

「あの人は本当は私の結婚相手ではなかったんですよ?」

 婚姻プログラムを改変して勝手にそうさせただけだ。

「‥‥そうか。ならいい」

「‥‥‥‥」

 ミナセさんはそれで納得したらしいけど。

 どうしてこの人はいつも肝心の事を言わないんだろうか。

 言わないと何も伝わらないと思うんだけどね。


 準備と言っても特に何があるわけではなく、普通に降りていっただけ。

 心構えの事だったのかもしれない。

 私とミナセさんが乗り込んだ車の前に、二台の車が待ってる。

 つまり同時に踏み込もうというのか。

「‥‥‥‥」


 もうすぐ十七歳‥‥

 こんな経験をしてる十七歳女子は、多分、私だけなんじゃないかと思う。


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