すっかり日も落ちた頃、私を含めた機知室一行の五人は、シンソラ本社ビルの前に集合した。
この辺りは、一時たりとも目を離せないような保守を担ってる企業が集中してる。 だから繁華街でもないのに、ギラギラと明るい。
そしてシンソラ本社ビルは、その中でも一際目を引く大きさ。
見上げても相変わらずの曇り空で、星空は見えない。このビルのてっぺんは、その雲に突き刺さってるような‥‥そんなふうに感じてくる。
「‥‥遥かな昔、まだ人間が一つの言葉を話してた頃、人々は天まで届く塔を建てようとした。それを見た神が、人間の傲慢さを罰して、互いの言語を通じなくさせてしまったそうだ」
同じビルを見てたアイザワさんがいきなり、そんな事を言い出した。
いつもコンピューターとか、そういう事をしてるアイザワさんが、神さまの話をするのはちょっと違和感。
「‥‥それから数千年の時を経て、人類は再びAIという共通で傲慢な言語を得た。今度は人間のナツメが、かつて神がそうしたように、それを破壊しようとしている」
「で、それを止める俺たちは人類の味方ってワケか‥‥冗談キツいぜ」
カシワギさんは気だるそうに、そんな皮肉を言ってくる。
AIを生み出したのは人間だけど、今はもう人間を越えている。
いつの日か神様に届く日がくるのかもしれない。
傲慢な人間にまた罰が与えられる前に、壊してしまおう‥‥もしかしたらナツメさんはそんな事を考えているのかもしれない。
「それは違うと思いますよ」
クジョウ先輩が話に割って入ってきた。
「ツキシロさんの話によると、ナツメ・マナトが計画に及んだのは、これまで個人的に積み上げてきた実績を没収される不満からです。AIに対する人間の立ち位置云々は、彼が自分の行う犯罪を正当化しようとしているだけです」
確かにその通りなんだけど。
私たちはそんな話をしながら、シンソラの正面の門に歩いていく。
黒い制服を着た五人が横並び‥‥なぜか真ん中は私。
カシワギさんの言葉じゃないけど、冗談がキツい!
「ミナセさんは‥‥どう思いますか?」
守衛のいるゲートまであとちょっとの所で、私は黙ったままのミナセさんに聞いてみた。
「‥どうかしたのか?」
「‥‥うん‥‥まあ‥‥ちょっと」
「ナツメの計画を阻止する事に決めたのはお前自身だ。結果がどうあれ、あとはやるしかないだろ」
守衛さんたちの顔が見えてくる。多分、AIドールだ。
「存外‥‥AIだの、人間だの、勝手に区別してるのは人間の方かもしれねえな」
「‥‥‥‥え?」
「そんな眠そうな顔をするな。開始だぞ」
私の正面には男性の警備員が二名。腰には銃を持ってる。多分、特別に許可されてる。
「すみません。ナツメ・マナト社長はいる‥‥おられますか?」
「‥‥‥‥」
AIドールの警備員はAI仲間と思って、私に向けてリンクをしようと試みてる。
こんな大事な緊張してる場面に失礼な。
「アポイントは取ってありますか?」
「ナツメさんの結婚相手の‥‥ツキシロ・ユメです」
「失礼しました。伺っています。後ろの方々は?」
「同僚です」
「‥‥確認しますので、少々お待ちください」
警備員の男性は、端末を見ている。
「ツキシロさんの同僚というと、機械知性特別対策室の方たちですよね?」
「そうです」
「申し訳ありませんが、許可はツキシロさんだけです。他の方はお引き取りください」
「えっと‥‥」
いきなり障害。ここで真っ直ぐ、ナツメさんに会いに行く予定だったのに。
「ハッ、そうはいかねえよな‥‥」
カシワギさんはポケットに手を突っ込んだまま、壁にもたれるように警備員に近づいていった。
二人の警備員が立ち塞がった。片方は既にホルスターに手をかけ、もう一人は構えを取っている。
カシワギさんは溜息をひとつ、肩を竦めた。
次の瞬間‥‥‥‥足元を軽く蹴り上げると、タバコの吸い殻が宙を舞う。
その視線を追った警備員の顔面に、カシワギの靴先が食い込んだ。
「‥‥っと、寝てろ」
ドン、と鈍い音。ひとりが壁に崩れ落ちた。
もう一人が慌てて銃を抜き、叫ぶ間もなく引き金を引いた。
パンッ!
乾いた破裂音。
銃弾が私の脇をかすめ、壁に火花が散った。
「うあああ‥‥」
私は口を開けて驚いた顔をしたけど。
「今のはもう少しびっくりした表情をしてもいいんだがな」
ミナセさんは私の頭を手で押さえてグイと下げさせた。
その間もカシワギさんの動きは止まらない。
「女の子に銃向けるとか、趣味悪ぃな」
カシワギさんの声だけがやけに耳に残った。
気がつくと、彼はもう相手の懐に入り込んでいて、銃を叩き落とし、肘を撃ち込んでいた。
あっという間だった。
もう一人も崩れ落ちる。
私の目の前には、背を向けるカシワギさんの後ろ姿だけが残った。
「‥‥怪我、ねぇよな?」
肩越しに笑って、低い声でそう言った。
「‥‥‥‥無いけど‥‥」
倒れた警備員を見て、アイザワさんもクジョウ先輩も呆れた顔をしてる。
警報が鳴り、正面入り口の上から鉄柵が下りて封鎖された。
「これでナツメに会いに行くのが難しくなったな」
ミナセさんも顔をしかめてる。
「‥‥そんな事もないさ。なんだ、こんな柵ぐらい」
カシワギさんがそう呟いて、ポケットから手を抜き、片足で柵を蹴り飛ばした。
乾いた音が響く。けれど、柵はびくともしない。
「‥‥なかなか頑丈だな。」
眉をひとつ上げて、肩を竦めてる。
その口元には、いつもの気の抜けた笑み。
「おい、そのバカを誰か取り押さえてろ」
アイザワさんが警備室脇の端末を叩くと、すぐに柵は上がった。
深夜のビルのフロントは赤のランプが点滅している。
「バカのせいで時間がなくなった。警備会社から警察に連絡がいったはずだ。すぐに駆けつけてくる」
「急ぎましょう。目標は二十階のコンピュータールームです」
クジョウ先輩は端末を開き、ビルの図面を確認している。
「ナツメ・マナトへのタッチダウンが困難になった以上、そこでハッキングの無効化を試みるしかありません。私とアイザワさんはそちらに向かいます」
「じゃ、おれは陽動だな。せいぜい目をひきつけるさ。」
それだけ言うと、ぐっとタバコを咥え直して前に出た。
背中越しに手をひらりと振って、まるで冗談みたいに。走って行ってしまった。
「俺とユメはナツメに会いに行く。‥‥こんな状況で向こうが会ってくれるかどうかは分からんがな」
ミナセさんは肩をすくめると、指で私にクイクイ‥‥と、ついて来いという合図をした。
「‥‥‥‥」
私は赤い光の走る世界の中を、ミナセさんのコートについて歩いていった。