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第39話  私にしかできないこと

「静かだな‥‥」

「そうですね」

 新国連が運用している中央AIの管理元‥‥そんな大層なとこに侵入してる以上、下で伸びてる警備員の人が一ダースも二ダースもかかってくるんじゃないかと思ってたけど、実際は静かなもの。

 夜間という事で、動く廊下のほとんどが停止している。遠くから何かの機械音が響いてくるだけで、あとは何の変化もない。

 同じような白い通路がどこまでも続いていて、階を変えても景色は変わらない。

 何て言うか‥‥進んでるのに、また元の位置まで戻されてる迷いの森のような感じがする。

 ミナセさんは廊下の角にあたる度に、私に『待て』の合図をして、電磁パルス銃を構える。

「‥‥‥‥」

 そっと顔を出して誰もいない事を確認してから、私に『来い』の合図。

 何か犬っぽいぞ。

 私は小さく『わん』と呟いた。

「ん?‥‥何だ?」

「何でもない」

 私って何の為にここにいるんだろうか。

 ナツメさんの結婚相手って事で、そのまま会いに行こうという作戦は、初手で失敗してる。

 ただ後ろについていってるだけで、多分、荒事が起こったら何も出来ない。

 何回か、カシワギさんに護身術をならったけど、そんな付け焼刃では、どうもならんかと。

「‥‥よし、大丈夫だな」

 エレベーターは停止しているので、階段を登っていく。

 何処か遠くで爆発するような音が響いた。

 もしかして‥‥カシワギさん‥‥何かやってる?

「‥‥‥‥」

 吹き抜けになってて上は遥か彼方‥‥これを徒歩で上がっていくのか。

 ミナセさんは銃を構えたまま、軽快に登っていく。やっぱり見かけより若い。

 でも、もっと若い私は途中で息があがってる。

「何だあ? もうへばったのか?」

「まあ‥‥そんな感じ‥‥」

「‥‥ったく。そんな事じゃ、この世界、生きていけないぞ」

「‥‥‥‥」

 口では嫌味っぽくは言ってるけど、ミナセさんは私の手を掴んで引っ張ってくれた。

「‥‥‥‥」

 何かますます犬になった気分。

「おっと!」

「ぶ!」

 口に手を当てられる。棚のようなものの奥に隠れると、四、五人の警備員が走って、今、上ってきた階段を降りていった。

「‥‥‥‥行ったな」

「‥‥‥‥」

 静かになってから顔を出す。

 下の方からまた爆発音。ガラスが砕けるような音、

 もはや本物のテロリストになった気分。

「えーっと‥‥ミナセさん」

「何だ?」

 ミナセさんは壁に背をつけて辺りを警戒してる。

「もしかして‥‥私って‥‥邪魔なのでは?」

「何でそう思う?」

「いや‥‥役に立ってないし‥‥」

 このままナツメさんに会っても、この状態だと誰が行っても同じだ。


 銃をクイクイッ‥‥っとされて、『来い』の合図。

 また黙々と登っていく。

「役に立つとか、立たないとか‥‥そんな事を考えても仕方がねえだろ」

「まあ‥‥それは」

 回廊に反響した声は、何だか私の声じゃないみたいに聞こえる。

「お前は‥‥お前の考えで動いていけばいい。他人の事なんか気にするな」

「‥‥‥‥」

 また誤魔化されたような‥‥。

 たまに地響き‥‥カシワギさん、いくら囮とは言っても、限度が‥‥。

 おかげで、こっちには誰も来ないんだけど。

 上に着くまではまだ距離がある。

 よし!


「ミナセさん」

「何だ?」

「ミナセさんは、昔は真面目だったって聞いたんですが‥‥」

「今でも真面目だ。こうしてやりたくもない仕事をしてる」

 ミナセさんの幼馴染だったユズキさんは、指定された結婚相手じゃなくて、別の人を好きになった。そして優しくて、彼女の事を思っていた結婚相手から離れて、犯罪者の彼について行って事件に巻き込まれて亡くなった。

 私にはどうしてユズキさんがそんな事をしたのか分からない。

「ユズキさんはどうして‥‥」

「またその話か」

 ミナセさんは階段をのぼりながら溜息をついている。

「ユメ‥‥お前はナツメの事をどう思ってる?」

「どうって‥‥よく分からない」

「じゃあ、今まで誰か好きな人がいるだろ? 両親とか友達とか‥‥それはなぜ好きになった?」

「‥‥それは‥‥」

「はっきりと答えられないのが答えだ」

「は?」

 何の事? 

「人を好きになるのに理由なんてねえんだ。いくら外野であーだこーだ理屈で囲もうとしても、無駄な抵抗だ」

「‥‥‥‥」

 そんなものなのかな。

「俺はユズキの結婚相手‥‥ミシマとは友人だった。心底いい奴だったよ。だから‥‥俺は‥‥ユズキとの結婚を喜んでた。幸せになるのは確定だからな」

「‥‥‥‥」

 ミナセさんは珍しく、言葉に迷ってる。しばらく間があった。

「ミシマは奴の心の‥‥思いやりで、ユズキを愛そうとした、でも彼女の心を動かす事は出来なかった‥‥ふっ‥‥」

「‥‥‥‥?」

 ミナセさんは途中で笑い始めた。

「自分がこれだけ愛してるから、相手はこれだけ自分を愛してくれる‥‥その考えがそもそもの間違いなんだ。‥‥優しいという事は、彼女の心を動かす何のアドバンテージもなかった」

「‥‥‥‥」

『計算では計れないって事だ』

 以前にミナセさんが言ってた事はこれだったのか。

 人はそれぞれ違う心を持ってるし、そんな人通しが結婚して、就職して、社会を作っていく‥‥。

 AIは個人の意思を無視して社会の維持を優先していく。

 何が正しいんだろうか。

「つまり‥‥」

階段の先が見えた。まだ目的の場所じゃないから、そこからまた上に上る方法を見つけなければならない。

「ユメ‥‥お前はナツメの誘いにNOを突き付けた。お前自身の考えでな。ナツメがテロリストかどうかじゃねえ。お前の結婚相手として、どう思ったかを奴に言わなきゃならない」

「‥‥ケジメ‥‥ですか?」

「カシワギ的に言えばそうだな」

 ミナセさんはまた笑った。

「だから‥‥」

 言いかけたその途中で、どこからか、ヒュン!‥‥という風切り音が鳴った。

「‥‥ぐ」

 ミナセさんは脇腹を押さえてる。いつも着てるコートが赤く染まってきた。

“‥‥PI‥‥PI‥‥”

大きな銃が付いている一本腕の箱型のロボットが暗がりから現れた。

赤い目の光がこっちを照らしている。

「ミナセさん!」

「‥‥ったく」

 パルス銃を撃ったけど、全く効いていない。

「あと三階登れば、奴の部屋だ。走れユメ!」

「でも!」

「お前がここにいても役には立たねえんだ!」

 ミナセさんは箱のロボットに体当たりしてひっくり返した。

 ロボットの腕がミナセさんの背中を叩いている。

「早く行け!」

「‥‥‥‥」

「行って‥‥奴に言いたい事をぶちまけろ!」

「‥‥はい」

 私はその場から走っていく。

 さっきと同じ甲高い銃声音が何発か響いてきた。

「‥‥‥‥」

 怖くて振り向く事が出来ない。


 私は、ただ真っ直ぐ‥‥ナツメさんの部屋に向かって駆けていく。





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