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第40話  雨の中でたっていた

 何処をどう走ったのか‥‥実の所、良く分かってない。

 ここは昼間、一度だけ来た場所。あの時はまさかこんなふうにまた来るなんて全く思ってなかった。

 そうして通路を通り過ぎると、気が付かないうちに目の前に、ナツメさんのプライベートスペース。

 そこにはこの騒動の中心の彼がいる。

 記憶の中にある扉より、かなり圧迫感を感じるのは、私が気おくれしてるせい。

『全てを分かりあってこその夫婦だから‥‥私は改めてあなたに結婚を申し込みます。そして共にAI社会を打倒していきましょう』

 私にそう言って手を差し伸べてきた。

 多分、そこには他意はない。

 ただ純粋に私の境遇を考えて‥‥。

「‥‥‥‥」

 とは言っても、勝手に結婚相手に組んだのはおかしいんだけど。

『行って、奴に言いたい事をぶちまけろ!』

 ミナセさんはそう言ってたけど、私は何を言いたいんだろうか?

 計画を中止して?

 結婚は破棄に決まってる?

「‥‥‥‥ん‥‥」

 駄目だ‥‥全く整理出来ない。

 こんな時は前進あるのみ。



 私は扉に手を伸ばしたけど、触れるその前に勝手に開いていく。

“待ってたよ”

「‥‥‥‥」

 そこにはナツメさんが直立不動で私を見てる。

 相変わらず優しい笑顔。

「あなたの友人たちも一緒だとは思わなかったけど‥‥」

「‥‥‥‥」

 その友人? には酷く冷たい対応だった。

 ミナセさんは大丈夫だろうか。

「‥‥‥‥」

 私は手をぎゅっと握った。

「君の返事を待っていたんだ」

「そう‥‥」

 ナツメさんはいわゆるイケメンで、世の女性たちからすれば憧れなのかもしれない。

更に言えば、AI社会を受け入れて日常を普通に生きている男性にはない、スリリングな魅力もある。

「‥‥そうか‥‥こういう事なのか」

 おかしな話だけど‥‥今、やっと理解出来た。

 ユズキさんは、その誘惑にとりつかれたんだ。

 全てが自分の意思とは関係なく決められていく、ひたすら不条理な社会。

このAIの箱庭世界から、連れ出してくれるかもしれないと‥‥。

 だからひたすら真面目に愛そうとした彼を選ばなかった。

 確かにナツメさんなら、世界の枠組みを壊して新しい世界へと連れていってくれるだろう。

 その扉が開くまであと少しまで来ている。

「‥‥‥‥ツキシロさん?」

「‥‥‥‥」

 黙ってしまった私に、前と同じように手を伸ばしてきた。

 普通なら‥‥その手を取るかもしれないけど‥‥。

 私もバカだから。

 パシッと、その手を弾いた。

「お断りです」

「‥‥なぜですか? あなたはずっとAIに人生を狂わされてきたのではないのですか?」

 ナツメさんは手を押さえて後ろに下がった。

「AIの勝手な判断で、十六で学生生活を切り上げられ、機械知特別対策室などという、望まぬ仕事をさせられ‥‥」

「‥‥‥‥」

「‥‥そもそも、あなたの母親もAIドールに変えられてる。多感な時期にさぞ辛かったと思います」

「‥‥‥は?」

 そんな事まで調べていたのか‥‥。

 辛かった?‥‥そんな事は一度もなかった。

 お母さんは‥‥ずっとお母さんだった!

「自首してください」

私は腰のパルス銃を引き出そうとしたけど、あちこちにひっかかってなかなか出せなかった。

なんとかナツメさんに向ける。

「‥‥それが答えですか」

 銃口を向けられてるナツメさんは笑ってる。

「僕はこのAIから社会を取り戻す。そこから人間の世界を一から構築していくには、この世界をAIから解放した、僕がそのリーダーの一員になるでしょう。僕には新時代を共に生きる伴侶が必要だった。だが、着飾ってるだけでくだらない奴しかいなかった。まさかあなたも同じだったとは‥‥失望しました」

 奥から二体の箱型のAIガードロボが出てきた。

さっき見たのと同じもので、手にはミナセさんを撃った大きな銃を持ってる。

「‥‥‥‥」

 私は左右に視線を走らせる。

 逃げ場はない。

どっちに行っても撃たれてしまう。持ってるこの麻痺銃では効き目がないのも分かってる。

 詰んだとはこの事。

まさか十七の誕生日の前に命を散らしてしまう事になるとは‥‥。

あまりにも生き急いでしまった感もある。

「ツキシロさん‥‥もう一度、聞きます‥‥私と来てくれませんか?」

「‥‥は?‥‥嫌ですけど」

「‥‥そうですか‥‥残念です」

 二体のロボットは私に向かって引き金を引こうとしたけど、その時、

“うおおおおお!”

 そう言えば、開きっぱなしの後ろの扉の奥から、誰かが‥‥ミナセさんが大声をあげながら突進してきた。

 脇にはロボットの腕ごと銃を持っている。

「意志を封じておいて強制する‥‥それはあんたが壊そうとしている今のAIがやってる事と同じなんじゃねえのか!」。

 シュン!とミナセさんが抱える銃が一体のロボットに当り、煙を吹いて倒れた。

「くそ!」

 ナツメさんは、コード付きの大きなスイッチを持ち上げた。

「これで! 中央AIは動きを停止する!」

 笑いながら、そのボタンを親指で押した。

「‥‥‥‥ん?」

 首を傾げながら、何回も押してる。

「‥‥残念だったな。今ごろはそのプログラムは解除されてる」

「ぐ!」

 ナツメさんはスイッチを床に叩きつけた。

「どうして、どいつもこいつも僕の邪魔をする! そんなにAIの奴隷でいたいのか!」

 私は言いたい事が見つかった。

「あなたはただ、自分の思い通りにならないから壊したいだけ! そんなのわがままな子供と変わらない! 例え、AIがなくなっても同じ!」

「う、うるさい!」

 もう一台のロボットが私に銃口を向けた。

「ユメ!」

「!」

 ミナセさんが私に覆いかぶさってきた。

 腕に血の感触がある。これはさっき受けた銃の傷から。

 まったく‥‥バカなんだから。

 真面目で面白味がない人を選ばなかったユズキさんはバカだ。

 私は‥‥そんな事はしたくはないんだけど。

“PI‥‥”

「‥‥‥‥?」

 突然ロボットは動きを止めた。

「ど‥‥どうした?」

「このビルはシャットダウンされたらしいな。うちのハッカーは凄腕だ」

 起き上がったミナセさんは、笑って口から流れた血をコートの袖で拭う。

「そ‥‥そんな‥‥」

 ナツメさんは腰を落とした。

「‥‥‥‥」

 私は立ってナツメさんの前に立った。

「待ってくれ‥‥僕は‥‥僕はただ‥‥」

 さっきまでの勝ち誇った態度は雲散霧消。ただ情けない男がそこにいる。

「で、ユメ‥‥どうする、そいつ‥‥」

「‥‥むう」

 でも、やる事は決まってる。

 ケジメはつける。

 そのやり方は前に聞いた。

「うりゃあ‥‥」

「ま‥‥ぐふっ!」

 私の渾身のパンチに、ナツメさんは吹っ飛んで気を失った。

「‥‥全く、あのバカに感化されすぎだ‥‥ん?」

「‥‥‥‥」

 私はミナセさんにもたれかかって‥‥いつのまにか泣いてた。

 非常ベルが鳴る。

スプリンクラーから水が降ってきて‥‥泣いてた事に気づいていなかった‥‥と思う。

「‥‥‥まあ、刺激が強かったよな」

「‥‥‥‥」

 甲高いベルの音が鳴り響いて、私が肩を震わせてた事も‥‥見られずにすんだ。



 こうして今世紀最悪になるかもしれなかったテロ事件は、未然に防ぐ事が出来た。





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