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第2話 ざまぁと言うべきでしょうか

「相棒制度のペア、なってあげようか」


 一瞬、意味が分からなかった。

 あなたは誰なのか、なぜ引き受けてくれるのか。

 けど、もう選り好みしてる場合じゃない。せっかく名乗り出てくれたんだから、早く言いに行かないと。


「ついてきてください!」


 その人の手を握って、走り出す。

 こちらは全力で走っているのに、向こうは涼しい顔をしていた。

 ユウさんの部屋のドアを勢いよく開ける。まずは報告…!


「ユウ、さっ…ん。はぁ、はぁ、あ、いて、みつか、はぁ、り、ましたぁ…!」

「え?なんて?」

「俺がなります。こいつのペア」

「…おおおおお!ありがとう!早速手続きしちゃうね〜」


 まだ息が荒い私を前に、ユウさんがノリノリでパソコンを打つ。それにしても、本当になぜ名乗り出てくれたのだろう。

 その時、ユウさんが手帳を出すように言った。私は持ってないから、男子のみ。そして出されたのは、なんと赤いカバーだった。

 ユウさんと2人で固まってしまう。赤カバーと、手帳なし。まさに天と地。


「名前、なんて言うの〜?」

「東雲ハルカ。そっちは?」

「あ、黒瀬ヒカルです…。あの、なんでハル…東雲くんは、引き受けてくれたの…?」

「…つまらなくなったんだ」


 施設に入っている間、実習期間でない限りは怪異を模した機械と戦うことになる。いくら機械でも、パターンがある。しかも当たったとしてもやわらかい素材だ。つまり…もっとスリルを楽しみたいってこと…?


「…変態?」

「ちげえよ。周りの奴らが弱すぎるんだ。それに、ほら」


  そう言って渡されたのは小さく畳まれた紙だった。開いてみると、それは相棒制度に参加するように書かれたものだ。


「…私、弱いよ?」

「知ってる。別に誰でもいいんだよ」

「はい、登録完了!よかったね、ヒカルちゃん!」

「ユウさんが頑張ってくれたおかげです!」

「それじゃあ、来月からスタートだから、準備を進めていこう」

「おー!」

「おー」


 そこから、お互いの準備期間が始まった。最低でも週に5日は本部地下にある訓練場に通うようにしたし、家でもストレッチにさらに負荷をかけるようにした。だって、足を引っ張りたくないから。

 そして今日も訓練場の隅でなるべく目立たないように準備体操をしていると、そこへ東雲くんがやってきた。訓練場で会うのは初めてかもしれない。


「やっぱりいた。お前、本当に通ってるんだな」

「だって、東雲くんに迷惑かけたくないから」

「あっそ。まあそんなことはどうでもよくて、ほらこれ。なんだっけ…ユウ?だっけ。俺とお前に、受けろってさ」


『基礎体力テスト』


「…露骨に嫌な顔すんなよ」

「苦手なんだもん」


 怪異を祓うためには、いくつか方法がある。

 まず低級。これはただ額に札を貼れば終わる。まあ、それが難しいんだけど…。

 続いて中級以上。ここから一気に難易度が上がる。

 彼らはそれぞれ、誰かの気持ちから生まれている。そして彼らはそれぞれ、固有の世界のようなものを持っている。祓うためには、そこへ赴き、怪異を倒すか札を貼る必要があるのだ。

 全ての怪異が、接近しなければ倒せない。だから逃げられたり、こちらが倒されないために身体能力が必要不可欠になるのだ。


「まずどれからやる?」

「え?私が選んでいいの?」

「お前の方が弱いからな」

「そんなにまっすぐ言わなくても…じゃあ、まずこれやる!」


 そう言って東雲くんに連れて行ってもらったのは、比較的小さな部屋だった。ここにいくつか器具がおいてあり、その中で床の赤いラインに並ぶ。


「なんで立ち幅跳び…」

「ただ跳ぶだけじゃん!」


 東雲くんが壁のボタンを押すと、アナウンスが流れ、開始するように指示される。

 腕を大きく振って、足に力を込める。

 いち、にい…


「さああああん!うわぁっ!」


 同時に跳んだ私たちだが、東雲くんは普通に着地し、私は大きく後ろへ転ぶ。この場合の計測は…


「フッ…54センチって…」

「転んだからしょうがないの!ほら2回目!」


 だがしかし、着地できても東雲くんには大敗する私なのであった。



「うわあああああ!!」

「おーすげぇ、お前、声でかいのに握力弱すぎだろ」

「東雲くんの、ばかあああああ!!」

「おい下がったぞ」


「いけえ!」

「……ボール床に叩きつけるやつ初めて見たわ」

「なんで…!」


「見て見て!私、身体柔らかくない!?」

「お前な、そのくらい、たくさんいるぞ」

「うっ…東雲くんも柔らかいタイプだった…」


 そして色々あり、ラスト。私たちはこの、地獄の往復走を行っていた。もうすでに息が上がりかけている私と、涼しい顔をして走る東雲くんは、周りから見てもおかしな取り合わせだろう。

 2人とも無言で走り続け、ただ計測のための音が流れる。まさに拷問だ。

 もう疲れた。いつでもやめることができるけど、あとちょっと頑張りたい。その一心で走り続けていると、遠くから声が聞こえてきた。


「ヒカルー!」


 ミナミちゃんだ。それだけで胸が苦しくなる。


「もう息切れてんのウケる」

「まあヒカルはあんなもんでしょ」

「隣の男子も可哀想だよね。あんなに息上がってる奴が隣にいたら、集中できないんじゃない?」


 確かに。東雲くんに迷惑かけてるかも。少し息をひそめてみるが、明らかにこれでは私が苦しくなる。

 私はこんなもの。それは東雲くんも知ってる。ほら、ミナミちゃんたちが見てるよ。ねえ、諦めなくていいの?


「黒瀬、あいつらは無視しろ」


 思わず、驚いて東雲くんの方を見てしまった。

 今、『黒瀬』って言った。『お前』じゃなくて、『黒瀬』って。

 なんだかそれが嬉しくて、自然と足が動く。


 思えば今日、東雲くんは私に色々教えてくれていた。もっと肩を回せとか、上半身は固定するイメージで左右に跳んでみろ、とか。


「…どうしたらいい?」

「もっと脱力していい。あとは…気合いだろ」


 目標:ミナミの記録を超える



「ハァ、ハァ、ハァ…」

 思わず床に寝っ転がる。久しぶりにこんなに苦しく、辛くなったかもしれない。けど私、めっちゃ頑張った…!

 必死に走って記録を伸ばし続けた結果、私はミナミより一往復だけ多く走ることに成功したのだ。


「はぁ!?マジでありえないんだけど!なんで私があんな奴に負けなきゃいけないの!?マジでムカつくんだけど!」


 高みの見物をしていたミナミがペットボトルを握り潰す。取り巻きたちも顔をしかめていた。

 それがなんだか誇らしくて、心が達成感で満たされていく。

 けど身体を起こせば、東雲くんがひとりで記録を伸ばし続けていた。

 さすがに苦しくなってきたのか、息が上がっている。あんな東雲くんは、初めて見た。

 赤いカバーがもらえるまできっと、こうしてひとりで頑張ってきたんだ。私だって頑張ってきた。けど、東雲くんは、もっと上にいる。そんな気がしてしまった。


「東雲くん、おつかれさま」

「…あいつらは?」

「どっか行っちゃった。…私、初めてミナミちゃんに勝てた。ありがとう」

「…別に、なんもしてない」


 少し休んだあと、配られた端末に自分の記録を打ち込んでいく。

 完了ボタンを押せば、結果が分かる。私が今、どのレベルにいるのか分かるのだ。毎年の結果は『手帳なし』。けど今回は、少しでも上がっていると信じたい。


「赤レベルだった」

「え、そんなサラッと!」

「ためらってる場合じゃないだろ。ほら」


 隣から押してこようとするので、思わずズラしてしまう。まだ心の準備ができてないのだ。けど、そんな私の気持ちとは裏腹に、私の左手は、ボタンをしっかりと押していた。


「…あ」

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