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第3話 快挙の後に

「ああああああ!!見て見て!『グレー』だってー!」

「はいはい、よかったなー」


 まさに快挙。月にでも到達してしまった気持ちだ。この輝かしいグレーを見て欲しい。これでまた一歩、手帳へ近づいた。

 このあと、早速ユウさんに報告しに行き、たくさん褒めちぎられたのだった。



 私は朝が苦手だ。まず早起きというものができない。頭を起こせないのだ。

 そんな私が朝に起きる方法としては、目覚まし時計をかなり遠くに置くこと。絶対にベッドから出なければ音が鳴り続けるようにするのだ。

 そして起きたら、ベッドに戻るより早くスマホを持つ。くだらないショート動画を数本見た後で朝ごはんだ。ほら、ブルーライトは寝つきが悪くなるって言うでしょ?

 適当に朝ごはんを済ませて、身支度を整えて…今日は、やることがある。


「夏休みの宿題が…!」


 これは一大事だ。非常事態。エマージェンシー。今日は24日。夏休み終了まで1週間しかない。

 ということで今日は、図書館に行こうという算段だ。

 適当な服に着替え、やる気を出すために髪を高く結ぶ。教材を詰め込んだリュックを持って…いざ!


「行ってきます!」


 …誰もいないけどね。

 私の家はマンションで、施設が用意してくれた部屋だ。意外と気に入っている。最初は気が乗らなかったけど、住めば都というわけだ。

 そして隣を見れば、ちょうど今出てきたところの東雲くんがいた。


 …ん?東雲くんがいた?


 …いた


「えええええ!?なんで!?」

「おはよ」

「おはよう!なんでいるの!?」

「なんでって…家がここだから」

「施設は!?」

「ここに移されたんだよ。お前とすぐに連絡が取れるからだろ」

「へぇ…」

「で、何しに行くんだ?」

「ちょっと図書館に、夏休みの宿題を…」

「…うちでやってけば?俺も編入生課題あるし」

「え、でも、引っ越してきたばかりでしょ?」

「もともと施設が準備してるから、荷物は細々したものしかないんだ」

「……」

「まあ、本当はちょっと困ってるからなんだけど…」


 なんだって?困っている?あの東雲くんが?


「…なんだよ」

「いやぁ〜?あの東雲くんも、苦手なものとかあったんだなぁ〜って。特別に、このヒカルちゃんが教えてあげてもいいですけど〜?」

「…やっぱやめようかな」

「え、待ってよ!」

「じゃあ早く入れ」


 どうやら東雲くんはゴミ出しへ行くところだったようで、とりあえず適当なところに座れと言われて放り出されてしまった。

 なんだろう、この私の家のような感じ。私たちって好みが似てるのかな。あ、家具が施設からの供給物だからか。置き場が少し違うだけで本当に一緒だなぁ。

 東雲くんの家はかなり簡素で、これから物が入るのだろうなぁと考えてしまった。

 冷たい緑茶を出され、さあ、いざ課題。まずは、あまりめんどくさくなさそうなものから片付けよう。


「東雲くんは何が出てるの?」

「この5教科分のワークを解く。あとは細々したもの。黒瀬は何やろうとしてんの」

「歴史のワークだよ〜。分からなくなったら、ヒカルちゃんに聞いていいからね!」

「はいはい」


 そして少しの間、静かな時間が流れる。ダイニングテーブルの向い側をチラリと覗くと、そこには長い英文が広がっている。その一語を確かめるように動く瞳を見て、思わず歴史へ戻った。


「よし、歴史ノート終わりー!」

「解くの速いな」

「もともと少しずつやってあったし、頭に入ってますから〜。今日の予定は、歴史ノート、音楽レポート、進路シートと古文単語を午前中にやって、ご飯食べたら英単語やって、あとは遊ぶ!東雲くんは?」

「じゃあ、進路終わらせて、ワークの半分まで終わらせる」


 そう言って、東雲くんが赤ペンを置いた。ちょうど英語が終わったようだ。

 次は進路関係の宿題を行うようなので、私も進路シートを開いてみる。

 内容は簡単。自分の気になっている大学をひとつ調べて、記入する。


「そういえば、なんで黒瀬は高校に通ってるんだ?」

「そりゃあ、将来のためでしょ。そのまま本部に残れたら1番いいんだけど、私の場合難しいから。せっかく高校にねじ込んでもらえたんだから、しっかり『高卒』をもらわないとね。いついなくなるか、分からないでしょ」


 …なんだか気まずい空気にしてしまった。なにか言ったほうがいいかな。なにか言ってほしいんだけど…!?

 それからしばらく、とても長くて静かな時間が流れた。なんとなく、東雲くんはなにを考えているか分からないところがある。私の気持ちとは裏腹に、素晴らしいスピードで終わっていく向かい側の宿題に少しイラついた。


「…実はさ、勉強、そんなに苦手じゃないんだよ」

「じゃあなんで苦手だなんて言ったの?」

「…別になんだっていいだろ」

「なんでよ〜」

「手を動かせ」

「理由教えてよ〜」

「…じゃあ、『なんとなく』で」

「なにそれ」

「なんとでも」


 それから数日間、私は東雲くんの家に通った。東雲くんの言った、『なんとなく』が理由で。

 そしてそこから少し経ち…


「…よし!」


 今日は9月1日、つまり新学期。東雲くんも今日から学校だって言ってたし、私も頑張らないとね。

 だが、そして元気よく踏み出した頃、思わず目を見開いた。

 黒灰色のズボンに白いシャツ。


「…なんでうちの夏服着てるの…?」

「おはよ、学校が同じなんだ。当たり前だろ」

「ええええ!?いや、でも確かによく考えれば普通か!すっかり忘れてた!」


 こうして東雲くんも、私の高校・風晴高校へ通うことが発覚したのだった。

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