「ああああああ!!見て見て!『グレー』だってー!」
「はいはい、よかったなー」
まさに快挙。月にでも到達してしまった気持ちだ。この輝かしいグレーを見て欲しい。これでまた一歩、手帳へ近づいた。
このあと、早速ユウさんに報告しに行き、たくさん褒めちぎられたのだった。
私は朝が苦手だ。まず早起きというものができない。頭を起こせないのだ。
そんな私が朝に起きる方法としては、目覚まし時計をかなり遠くに置くこと。絶対にベッドから出なければ音が鳴り続けるようにするのだ。
そして起きたら、ベッドに戻るより早くスマホを持つ。くだらないショート動画を数本見た後で朝ごはんだ。ほら、ブルーライトは寝つきが悪くなるって言うでしょ?
適当に朝ごはんを済ませて、身支度を整えて…今日は、やることがある。
「夏休みの宿題が…!」
これは一大事だ。非常事態。エマージェンシー。今日は24日。夏休み終了まで1週間しかない。
ということで今日は、図書館に行こうという算段だ。
適当な服に着替え、やる気を出すために髪を高く結ぶ。教材を詰め込んだリュックを持って…いざ!
「行ってきます!」
…誰もいないけどね。
私の家はマンションで、施設が用意してくれた部屋だ。意外と気に入っている。最初は気が乗らなかったけど、住めば都というわけだ。
そして隣を見れば、ちょうど今出てきたところの東雲くんがいた。
…ん?東雲くんがいた?
…いた
「えええええ!?なんで!?」
「おはよ」
「おはよう!なんでいるの!?」
「なんでって…家がここだから」
「施設は!?」
「ここに移されたんだよ。お前とすぐに連絡が取れるからだろ」
「へぇ…」
「で、何しに行くんだ?」
「ちょっと図書館に、夏休みの宿題を…」
「…うちでやってけば?俺も編入生課題あるし」
「え、でも、引っ越してきたばかりでしょ?」
「もともと施設が準備してるから、荷物は細々したものしかないんだ」
「……」
「まあ、本当はちょっと困ってるからなんだけど…」
なんだって?困っている?あの東雲くんが?
「…なんだよ」
「いやぁ〜?あの東雲くんも、苦手なものとかあったんだなぁ〜って。特別に、このヒカルちゃんが教えてあげてもいいですけど〜?」
「…やっぱやめようかな」
「え、待ってよ!」
「じゃあ早く入れ」
どうやら東雲くんはゴミ出しへ行くところだったようで、とりあえず適当なところに座れと言われて放り出されてしまった。
なんだろう、この私の家のような感じ。私たちって好みが似てるのかな。あ、家具が施設からの供給物だからか。置き場が少し違うだけで本当に一緒だなぁ。
東雲くんの家はかなり簡素で、これから物が入るのだろうなぁと考えてしまった。
冷たい緑茶を出され、さあ、いざ課題。まずは、あまりめんどくさくなさそうなものから片付けよう。
「東雲くんは何が出てるの?」
「この5教科分のワークを解く。あとは細々したもの。黒瀬は何やろうとしてんの」
「歴史のワークだよ〜。分からなくなったら、ヒカルちゃんに聞いていいからね!」
「はいはい」
そして少しの間、静かな時間が流れる。ダイニングテーブルの向い側をチラリと覗くと、そこには長い英文が広がっている。その一語を確かめるように動く瞳を見て、思わず歴史へ戻った。
「よし、歴史ノート終わりー!」
「解くの速いな」
「もともと少しずつやってあったし、頭に入ってますから〜。今日の予定は、歴史ノート、音楽レポート、進路シートと古文単語を午前中にやって、ご飯食べたら英単語やって、あとは遊ぶ!東雲くんは?」
「じゃあ、進路終わらせて、ワークの半分まで終わらせる」
そう言って、東雲くんが赤ペンを置いた。ちょうど英語が終わったようだ。
次は進路関係の宿題を行うようなので、私も進路シートを開いてみる。
内容は簡単。自分の気になっている大学をひとつ調べて、記入する。
「そういえば、なんで黒瀬は高校に通ってるんだ?」
「そりゃあ、将来のためでしょ。そのまま本部に残れたら1番いいんだけど、私の場合難しいから。せっかく高校にねじ込んでもらえたんだから、しっかり『高卒』をもらわないとね。いついなくなるか、分からないでしょ」
…なんだか気まずい空気にしてしまった。なにか言ったほうがいいかな。なにか言ってほしいんだけど…!?
それからしばらく、とても長くて静かな時間が流れた。なんとなく、東雲くんはなにを考えているか分からないところがある。私の気持ちとは裏腹に、素晴らしいスピードで終わっていく向かい側の宿題に少しイラついた。
「…実はさ、勉強、そんなに苦手じゃないんだよ」
「じゃあなんで苦手だなんて言ったの?」
「…別になんだっていいだろ」
「なんでよ〜」
「手を動かせ」
「理由教えてよ〜」
「…じゃあ、『なんとなく』で」
「なにそれ」
「なんとでも」
それから数日間、私は東雲くんの家に通った。東雲くんの言った、『なんとなく』が理由で。
そしてそこから少し経ち…
「…よし!」
今日は9月1日、つまり新学期。東雲くんも今日から学校だって言ってたし、私も頑張らないとね。
だが、そして元気よく踏み出した頃、思わず目を見開いた。
黒灰色のズボンに白いシャツ。
「…なんでうちの夏服着てるの…?」
「おはよ、学校が同じなんだ。当たり前だろ」
「ええええ!?いや、でも確かによく考えれば普通か!すっかり忘れてた!」
こうして東雲くんも、私の高校・風晴高校へ通うことが発覚したのだった。