家から電車と徒歩で40分。遠すぎず、近すぎず。風晴高校は男女共学の高校で、頭もかなり良い。
私の隣には東雲くんが制服姿で座っている。施設の制服じゃないから違和感がすごいけど…。
私は才能が無さすぎるために高校へ入学させられた。本来であれば行かなくていいのに。そして東雲くんはそれに合わせている。本来なら、その制服も必要なかった。
本当なら…
「…おい」
「あ、はい!」
「大丈夫か?」
「うん!お腹も空いてない!」
そう言って通学路を踏み締めながら敬礼のポーズをすると、東雲くんは視線を逸らしてしまった。
「…あっそ。で、俺は高校でどう振る舞えばいい?」
「え?」
そうか。東雲くんは外界へ一歩でも出ると仕事のスイッチが入ってしまうんだ。けど今は別に仕事じゃないし、自由でいいと思う。その旨を伝えると、よく分からない返事が向かってきた。
「ちなみにそっちは?クラスではどんな感じなの」
「え、えーと私は…」
一応仕事があって友達はできず、と言っても自分から祓い屋以外の人に話しかける勇気はない。そのまま数ヶ月経ってしまった。
「…ぼっち」
「ぼっちじゃないし…。そういう東雲くんこそ施設ではどうだったの?」
「まあ、それなりに」
「なにそれ〜」
そんなくだらない話をしていたらいつのまにか学校へ辿り着いてしまい、一応私たちは初対面として接することにした。
1年3組の扉を開ければ、すでに人が揃っており、楽しそうな雰囲気が広がっていた。朝早く来た人か、担任かが冷房をつけてくれたようで、教室内はキンキンに冷やされている。少し涼しすぎるくらいだ。
そしてやはり、この話題。
「ねえ待って!席がひとつ増えてる!」
「男子かな、女子かな」
「あ、お前の後ろじゃん」
やっぱりと思ってたけど、東雲くん、同じクラスだよね…!嬉しいような嫌なような気持ちを隠してカバンを机の横にかける。
その時、朝倉さんが私の元へ大きな笑顔をたたえながらやってきた。
「黒瀬ちゃん、はい、オーストラリアのお土産!」
「あ、ごめん、お返し持ってなくて…」
「そんなのいいよ!あげる!」
そう言って机の上に1枚のクッキーが残された。大人しく受け取っておくが、なんだか申し訳ない気持ちに襲われてしまう。何か持ってくるべきだったかな。
きっと東雲くんは今、担任の松崎先生と職員室にいるはず。早く来てくれないかな。
『2学期始業式を始めます。着席して話を聞く準備をしてください』
なかなか音質が良いとは言えない声が教室に響く。これが大変なんだよなぁ。
やはり長い校長先生の話がもはや拷問に思えてくる。さらにそれが終わったと思えば教頭先生の長話。さらにそのあとひどく真面目な生徒会長の話が通ったのちに部活の多数表彰。バスケや吹奏楽はまだ団体だから良い。けど陸上や空手などの個人競技が長いのだ。
『これで始業式を終わります』
クラスに安堵の空気が流れ、いよいよ松崎先生が教室に入ってきた。
松崎先生は体育教師であり、すこぶる元気で明るい先生である。松崎先生は夏休みに海に行ってサーフィンしたらしい。けれど私たちは早く転入生の話をしてほしくて仕方なかった。
「で、そこの席だが…ちょっと、置いてみたくなっちゃったんだなよな〜」
クラスが途端にブーイングの嵐に。単なる冗談だと分かっていても、やっぱりうちはノリがいいと思う。
まあまあと言いながら頭を掻く先生を見て、夏休みが終わったことをひしひしと感じた。
「じゃあ、夏休みの宿題はタブレットとその時の授業で提出しろよー。それじゃあ…お待ちかねの!転入生だー!」
「先生先生!男子?女子?」
「いやぁ、見てからのお楽しみだろーそれじゃあ、来てもらおう」
一旦廊下に出ると、10秒ほど経った後に転入生がこの空間に踏み込んだ。
「東雲ハルカです。運動することが好きで、この辺りのことはなにも知らないので教えてくれると嬉しいです。よろしくお願いします」
…誰?
いや、なんか雰囲気違くない?そんな爽やかな感じだった?
笑いを堪えながら東雲くんを見ると、なぜかこちらをジッと見つめられた。
「ねえねえ、めっちゃかっこよくない?」
「それな。マジでイケメンじゃん…!」
確かによくよく見れば、ちょっとかっこいいかも…?いや、気にしたことなかったな…。
東雲くんの席は私と少し離れている。隣の席は通路を挟んで女の子だ。その子も心底嬉しそうな顔をしている。
その後松崎先生の事務連絡が終わると、夏休みテストに。古典、数学を各40分ずつ解いたのち、昼食へ。この後は英語だけやって帰れるから、早くこの時間が過ぎ去ってほしいとさえ思ってしまう。
お弁当、購買、コンビニが集まり、グループに分かれて食べ始める、はずだった。
「学級委員をやってるんだ、よろしく」
「よろしくー」
「なあ、運動好きならこのあと一緒にバスケやろうぜ」
「もちろん。昼飯食ったらな」
「これさ、オーストリアのお土産!朝倉ユイっていうの、よろしくね!」
「よろしく。マジで?もらっていいの?」
「うん!」
「ありがとう」
東雲くんは一瞬でクラスに馴染んでしまった。きっと施設でもこうだったのだろう。悪いことを考えてしまう自分に嫌悪して、家から持ってきたお弁当を取り出した。英単語でも確認しながら食べようかな。
私は基本的に家で作るようにしている。と言っても冷凍食品だったり昨日の残り物だったりが多いけど。
「こんにちは」
ふと誰かから声をかけられて、顔を上げるとそこには立川くんが。立川くんといえば『かっこいい』。東雲くんとも張り合えるレベル。しかも頭がいい。とても。
「こんにちは…?」
「なんか黒瀬さん、雰囲気変わった?」
「え?」
「なんだろう…なにか夏休みであったのかな」
「特には…」
「ねえ、黒瀬さんのこと『ヒカル』って呼んでもいい?」
「え!?あ、はい…」
名前、覚えてたんだ。と真っ先に考えてしまう。だって多分、朝倉さんは覚えてない。
すると立川くんは私の前の席に座ったかと思えばナチュラルにお弁当を取り出した。え、食べるの、と思いつつ、私もお弁当の蓋を開ける。
同じテーブルに、お弁当がふたつ。あまりない光景だ。けどなんだか女子の視線を感じる。それだけが不安だ。
するとそんな私たちに誰かが近づく。ふと顔を上げると、それは東雲くんだった。
「はじめまして」
「えっと…東雲、だっけ。俺は立川ミナトで、こっちは黒瀬ヒカルさん」
「よろしくお願いします…」
「よろしく」
なんでそんな笑顔が怖いの!?という感情を抑えたのも束の間、東雲くんの手中にはお弁当が。ポンと机の上に置かれたかと思えば、私の隣から椅子が運ばれた。
同じテーブルに、お弁当が3つ。もはや今日、雪でも降るのでは。
そして2人とも、ビジュアルが強すぎる…!タイプの違うイケメンって、こういうことなんだと思う。
女子の視線の量が2倍になる。本当に今日、なにかしてしまったのだろうか。