しんと静まりかえった住宅地の一軒家の前、庭先に自転車を置くとマユミは玄関ドアを開ける。中は明るく、キッチンから母親が顔を出した。
『あら、マユミ君、おかえりなさい。』
『ただいま。着替えてくるね。』
『はーい。』母親の姿が消えるとマユミは階段を上がり、部屋に飛び込むとベットに倒れこんだ。ぎゅっと握った拳を開くと手の平に爪のあとが見えた。
ごろんと仰向けになり天上を見上げる。胸がざわざわして両手で顔を覆った。
手を繋ぐってあんなだっけ?初めはそんなことなかったのに、タカヤさんの指が僕の指の間に触った時・・・。
マユミは自分の顔が熱くなった気がした。
あんなドキドキするもの?だって・・・タカヤさんって男だよ?待って・・・僕、おかしい?
体を素早く起こすと自分の両手を重ねてみる。いわゆる恋人繋ぎ。マユミは真剣な顔でそれを見ると、ぷるぷると頭を振った。
『違うってば、おかしいから。タカヤさんは冗談でやってる。彼女がいた話もしてたじゃん。もう、失礼だよ、僕は。』
そう言い、はっと今日の出来事を振り返る。マユミはベットに両手をつくとうな垂れた。
『・・・あ、すっごい失礼なことしてた・・・。』
こうだよね?と、そうやってみせてくれた人に対して、お礼も何もせずに。失礼な態度をとって、しかも振り返りもせずに走り去ってしまっていた。
『最悪だ。僕・・・次、会えるかわかんないのに。』
ベットに顔をうずめるとマユミはうめき声をあげた。
翌日、マユミはいつものように学校へ向かう。生憎の雨模様で学校の湿度は嫌というほどに上がっている。窓は雨のせいで開けられず、廊下側だけが全開だ。
教室にはうちわで扇ぐクラスメイトたちがうな垂れている。
『おっす。』
『あっちーね。』
『あちーよ。マユミ、お前宿題やった?』
『やったけど・・・。』
マユミがチラっと顔をあげて教室の時計を見る。そろそろホームルームが始まる頃だ。『間に合わないって。』それだけ言うと席についた。
教室の教卓側入り口が開き、教師が入ってくる。その後ろをもう一人。マユミはリュックから教材を机に直し、耳だけを聞かせていた。教師はホームルームを始めて、色々と説明した後に教育実習生と誰かを紹介した。
マユミはその名前を聞いて顔をあげる。黒板にはタカヤの名前がある。教卓にはスーツを着た、眼鏡姿のタカヤの姿があった。
驚きのあまりにマユミが口を開けると、タカヤはそれに気付いて小さく噴出した。
・・・先生?じゃない、実習生とか・・・そんなこと一言も言ってなかったじゃない。
ていうか、昨日と雰囲気違うじゃん、つか・・・何?あれ・・・。ちがうちがう、そうじゃなくて・・・謝るチャンスできたじゃん。ちゃんと昨日のこと謝って・・・。
ゆっくりと顔をあげるとタカヤと視線が合う、彼は優しげに微笑むとすぐに目を逸らした。