タカヤが来てから一週間が経つ。どうやら彼は女子人気が高いらしく、初日から女子に声をかけられてはいたが、男子から文句が出ないのは男子とも気軽に話すからだろう。教育実習生というのはあそこまでフランクなんだろうか?とも思いたくなる。
教材を持って廊下を歩いていると廊下の端で女子に囲まれているタカヤを見つけた。マユミはそれを横目に見ながら階段へと折れる。一瞬目が合った気がしたが、それよりもなんだかイライラして持っていた教材をぎゅっと握り締めた。
少し前を歩いていたフジが振り返る。
『どした?』
『う、うん。なんでもない。』
フジがにやっと笑う。
『何、腹減った?もうすぐ昼だし。』
『ばれたか。』
マユミはにっと笑うと階段を下りていった。
あれから実はマユミはタカヤときちんと話せていなかった。謝罪はしたものの、学校ではすれ違う程度で話しかけにくく、海に行ってはみても彼の姿はない。
話したい、そんな気持ちがマユミの中でじわじわ大きくなっている。
学校ではいつも眼鏡をかけているから顔がわかりにくい。どんな表情をしているのか、誰を見つめているのか、そんな風に考え出したら胸がモヤモヤしてたまら
なくなる。タカヤの授業も集中して聞いてはいるものの、どこかうわの空だ。
あの日、海で話した時よりも落ち着いた話し方。マユミだけが知っているあの少しおちゃらけた感じのタカヤは教室にはいない。
ノートにひたすら集中しているとタカヤはマユミの傍に立ち、机を指でとんとんと叩く。気付けばマユミの席だけそれをするのも気になっていた。
タカヤさんも僕と同じで話したいと思ってくれているのかな・・・。
けれどそんなこと言えるはずもなく、時間だけが過ぎていく。
放課後、珍しく図書館で本を借りてから廊下を歩く。抱えた本をペラペラ捲っていると曲がり角で女子生徒とぶつかった。
『あ、ごめんなさい。』
マユミが顔を上げた時、彼女の顔が涙で濡れていた。小さく『ごめんなさい。』
とだけ告げて走って行ってしまった。なんだかばつが悪い気がしてマユミは息を吐く。教室に戻ると部屋の隅の椅子にタカヤが座っている。疲れているのか足を組んで腕組し目を閉じている。
マユミは静かに席に戻るとリュックを開けて帰り支度をする。音を立てないようにと気をつけていたが、体が椅子に触れて大きく音を立てた。マユミが顔をあげるとタカヤが目を開けた。
『すいません、うるさかったですね。』
『いや。大丈夫、少し休憩していただけですよ。』
ぐっと両手を持ち上げてタカヤは大きく伸びをする。
『マユミ君は図書館ですか?』
『あ、はい。・・・でも何で知って・・・。』
タカヤは椅子から立ち上がるとマユミの傍で机に手をついた。
『知ってますよ。君のことは。』
『そんなこと。』
机に乗ったタカヤの手がぎゅっと握られて、マユミは視線を上げた。とても近い距離で久しぶりに彼の目がマユミを捉えている。
『先生?』
タカヤはこつんと額をマユミの肩にぶつけると溜息をついた。