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第11話 ランチに行こう

朝早くから雨が続いていたが、昼から雲が晴れてからりとした暑さが戻ってくる。

教室の窓は全開で、三限の体育はプールだったせいもあって皆、稲穂が垂れるように机に向かっている。


少し塩素の匂いがする教室では、教師もどこかだれている。

念仏のような授業を聞きながら、頬杖をついてマユミはノートを取っている。

ふと廊下に人影をみてちらりとそっちを見た。

教室の中は風が吹き込んでいるせいか、皆うとうとしている。


その先にある後ろの開いた出口にタカヤがいた。

彼は授業を見学しているらしく真面目に手元でメモを取っていたが、マユミの視線に気付いてにこっと笑った。

マユミは小さく会釈して前を向く。

やっぱりタカヤを見ると少しドキッとするのだとマユミは思う。

学校では彼は素敵な先生で、少しだけ遠い。


チャイムと同時に皆が動き出すと授業は終了した。

今日は四限で終わりのため、バタバタ帰り支度が始まる。

まばらな教室でマユミはリュックの中にノートをつめると、手に財布がぶつかった。

今朝ランチ代と貰ったが、このままだと一人でランチに突入しそうだ。


友達を誘うのも考えたけど、帰り道が反対だったりと相手に悪いので諦めて玄関へ向かう。

階段を下りるとその先でタカヤを見つけた。

『あ、先生。さようなら。』

『さようなら。気をつけてね。』

いつもの挨拶がなんだかそっけなく感じて足を止める。

振り返るとタカヤも足を止めていた。


『・・・マユミ君、どうかした?』

『先生こそ・・・。』

丁度階段に人気がなくなったのを見て、タカヤがマユミに近づいた。

『マユミ君、ランチ行きませんか?』

凄く小さな声でそう言って笑った。

笑顔が優しくてマユミは小さく頷いた。

『じゃあ校門で。』

約束を交わしてタカヤが駆けてゆく。


マユミはぎゅっとリュックの肩掛けを握ると歩き出す。

どうしよう・・・本当に・・・好き、じゃない?これって。

どうしよう・・・。

階段を降りて踊り場の鏡で顔を確認する。

髪を手で直して両手で顔をパチンと叩く。

ランチに行くだけだよ。

先生はランチに行こうって言っただけ。

なんでか高揚こうようする気持ちを抑えて階段を下りた。


自転車を止めて校門の少し先で待つ。

生徒達がパラパラ出てゆく中にタカヤの姿を探すも見つからず、ぼんやりとそこに立っている。


五分、十分、十五分・・・生徒の下校が数人になった頃、タカヤが走ってやってきた。

『マユミ君、ごめん。ちょっと他の先生に捕まってしまって。申し訳ない。』

『いえ・・・別に大丈夫です。僕もさっき来たところだし。』

『そっか・・・。』

タカヤはポケットからハンカチを取り出すと、マユミの額を拭いた。


『暑いしね・・・行こうか。美味しい所につれていってあげます。』

『美味しいところですか?』

『そう、良い子にはご褒美ほうびを。』

自転車のスタンドを蹴ってマユミは眉をひそめる。

『良い子って・・・、僕は良い子じゃないですよ。』

『まさか。』

ぽんと背中を叩かれて、二人は歩き出した。

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