『あーお疲れ様。ありがとうね。』
年老いた教師の手伝いを終えて、マユミは頭を下げると準備室を出た。
腕時計を見るともう随分と時間が遅い。
いつもならもう教室にいてタカヤと話しているか、引き上げる時間だ。
もういないかも知れない、そう思いつつ誰もいない廊下を急ぐ。
そしていつものように教室のドアを開けた。
窓辺には読書をしているタカヤがいる。
ドアが開くのに気付いた彼はマユミを見ると微笑んだ。
『先生、いた。』
マユミはホッとしてタカヤの傍に近寄ると謝罪する。
『そんな気にしなくても・・・大丈夫。何か用事をしていたんでしょ?ほら座って。』
『でも・・・。』
座るように
『いい。マユミ君が来てくれただけで。』
タカヤの言葉にマユミは一瞬唇を噛む。
どうしてだか泣き出しそうになって俯いた。
『どうした?』
『いいえ・・・すいません。なんでかな・・・、ごめんなさい。』
マユミは顔を背けると両手で顔を覆う。
タカヤの優しい声が耳に響くたびに目頭が熱くなった。
なんだろう・・・これ。
『マユミ君?』
タカヤはマユミの目の前に来ると、
『・・・先生・・・。』
マユミの胸の中でザワザワした思いがこみ上げてくる。
さっきまで年老いた教師の手伝いのために荷物を運んでいた時、教師のペースに合わせて運んでいたからずっと気になっていた。
タカヤが教室にいなかったらどうしよう、もし待ちくたびれて帰ってしまっていたら、もし怒ってしまっていたら。
そんな思いがずっと頭をめぐっていた。
何よりも・・・嫌われたらどうしよう・・・そればかりが胸にこみ上げて仕方なかった。
『マユミ君、大丈夫?俺は気にしてないから・・・大丈夫だよ。』
『はい。』
ぐちゃぐちゃの顔を両手で拭いて何度か頷いた。
『すいません・・・ごめんなさい。』
マユミがやっと笑うと、タカヤはホッとしたように肩を降ろす。
『そっか・・・よかった。でもどうしてそんな?』
『・・・それは。』
『それは?』
タカヤはマユミの顔を見上げたまま微笑む。
窓から光が差し込んで彼の顔を照らしている。
マユミはそっと両手でタカヤの顔を包んだ。
『ん?マユミ君?どうし・・・。』
頬に触れた手を滑らせてタカヤを抱きしめる。
心臓が破裂しそうなほどに鳴っていた。
『・・・先生、僕は先生が好きです。』
口から出た告白にマユミは驚いた。
けれどその瞬間タカヤの顔がマユミに降ってきた。
唇が重なる。
息が出来ないほどのキスにマユミはただ目を閉じた。