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第16話 手紙

教育実習最終日。

最終日らしく生徒達は皆、タカヤを囲んで別れを告げていたが、マユミはどうしてもそれが出来ずに一人図書館にこもっている。

明日にはもうタカヤはいない。

なのに・・・と本を捲っては頬杖をついている。

今日は珍しく図書館司書がいるくらいで生徒はまばらだった。

そのせいかマユミは一番日当りの良い席に陣取って、うとうと船を漕ぎ始める。


暖かい陽射しが心地よく、マユミは夢に落ちていく。

それはとても幸せな夢。

いつもどおり教室に行くとタカヤが笑顔でそこにいる。

マユミは走り出すと彼に飛びついた。

まるでハリウッド映画で見るように彼はマユミをくるりと回す。

『どうしたの?マユミ君。』

『うん、先生に会いたかったんだ。』


ぎゅっと抱きしめられて、マユミは幸せな気持ちで彼を抱きしめる。

これは夢だ、そう気付いても、ずっとここにいたいと思った。

目覚めればタカヤはいなくなるのだから。

『もう遅いから起きなさい。』

頭を優しく叩かれてマユミは顔をあげた。

時刻は図書館へ来てから一時間ほど過ぎていた。

うんと両腕を伸ばして立ち上がると、本を棚に戻す。

司書に挨拶をして図書館を出ると、しんとした廊下を歩いた。


生徒たちの殆どは下校している。

窓の外を眺めながらゆっくりと教室へと向かった。

多分タカヤはいないだろう。

教室を出る時、タカヤを囲んでいた生徒達はどこかでお別れ会をしようなどと話していた。

だから彼はいない。


マユミが教室のドアを開くとがらんとしていた。

窓が少し開いていて風が吹き込んでいる。

『・・・いない、よね。』

そう呟いて自分の席につくと帰り支度をする。

リュックを開き、机に置いたノートを入れようとした時、ノートから何かはみ出していた。


『ん?』

プリントを挟む習慣はないからノートが折れているのだと、はみ出したページを開くとそこにメモ用紙が挟まっていた。

真っ白い紙は二つ折りにされて、その中央にマユミ君へと書いてある。

見覚えのない文字にそれを開く。

『先生?』

綺麗な文字が並んでいる。


マユミ君へ。


今日で先生として君と会うのは終わりです。

今これを家で書いているけど、学校ではきっと話せないかも知れないから、ここに書いておきます。


直接言えなかったのは俺が臆病だったからだ。

この実習が終わったら少しこの町を離れることになる。

どれくらい離れるのかはまだよくわかってないから、マユミ君に正しく伝えられない。

ごめんね。


ちゃんと思いが伝えられて本当に良かった。

それとキスも。

こんな状態で君に付き合って欲しいだとか、そんなことを言うのはフェアじゃないから。

言えなかった。

いや、俺も少し混乱しています。


俺は君が好きだよ。

間違いなく、好きだよ。

マユミ君はまだ子供で、俺は君の未来を奪ってしまうかも知れないから。

だからもし君が俺を思い続けてくれるなら、次に会う時まで待っていて欲しい。

待てるかよって思ったら、もう忘れていいよ。  タカヤ


マユミの手が震えている。

大粒の涙が頬を伝うとメモ用紙にポタリと落ちた。

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