桜が舞い散る中、雑誌の撮影なのかスタッフは忙しなく動き、少し季節とずれた服を着た青年はポーズをとる。
『マユ君、いいよ。』
カメラマンの合図で撮影は終了するとマユミはにこりと笑った。
『お疲れ様でした。』
『お疲れ様ー。』
挨拶を交わしてバスに戻るとマユミは服を脱ぐ。
それを手渡されたスタッフの女性コジマは笑う。
『マユ君、本当に背が伸びたよね、今180だっけ?』
『はい、成長期らしいです。』
『本当に大きくなった。二年前は私とそんなに変わらなかったのに。』
コジマはメイク落としをコットンに含ませると、マユミの顔に押し当てる。
『コジマさんよりは大きかったですよ。けど、母曰く父に似てるって言ってました。』
『へえ、マユ君は美男美女から生まれたのね~。遺伝子強いわ。』
テキパキと顔を拭かれてマユミは私服に着替えると、スケジュールの確認をする。
全て終了するとスタッフたちに挨拶をしてから帰路に着く。
マユミは現在大学生でモデルをしている。
二年前歩いているのをスカウトされて、気分転換にしてみようと思ったからだ。
高校生の時よりもぐんと背が伸びて180センチある。
モデルをするのだからと体を鍛えたり、お洒落に気を使ってみたりと楽しい日々を送っている。
ただ胸にぽっかり穴が開いているのは、あの日消えてしまったあの人のせいだ。
あれからマユミは普通に女の子とお付き合いをした。
最近別れてしまったけど、マユミにとっては素敵な恋だったと思う。
でもあの日みたいにドキドキするような感じではなかった。
バス停の前を通り過ぎた時、女子校生達の視線が絡み付いてマユミは鞄から眼鏡を取り出す。
前髪をくしゃくしゃと乱すと彼女たちに小さく会釈した。
『やっぱりマユだよね。かっこいい。』
読者モデルのマユは女子中高生に人気らしく、こうして声をかけられたりすることも多い。
この町は実家から少し離れていて都心になる。
学校に近いという理由でここに住んでいるが、ちょうどモデルをやるのにも適している。
一石二鳥というやつらしい。
バスを乗り継いで穏やかな住宅街に着くと、そこから一軒家が並ぶ道のりを行く。
殆どが立て替えられて綺麗な家がずらずら並んでいるが、その少し向こうに古いアパートが建っている。
そこが現在のマユミの家だ。
アパートは木造で七十の老婆が管理している。
今日も外を念入りに掃除していた。
『あら、おかえりなさい。マユミさん。』
『ただいま帰りました。スミさん。』
老婆スミはシワだらけの顔をにっこり微笑ませてから、マユミの手を握る。
『マユミさん、ご飯食べた?ちょっとおかず沢山作ったから持っていって。』
いつものスミの言葉にマユミは頷くと微笑んだ。
『ありがとうございます。いただきます。』
『じゃあいらしてね。』
スミは箒をもってゆっくりとアパートへ入っていく。
マユミもその後に続いた。