両手にタッパーを抱えてマユミは自室の鍵を開ける。
部屋は玄関を抜けると一間あり、その向こうに一間ある。
どちらも畳だがマユミの趣味で木製のインテリアが並んでいた。
奥の窓際にはベットが置かれている。
冷蔵庫にタッパーを入れると、キッチンで水をコップに入れて飲み干した。
鞄を降ろしてベットの前に座ると息を吐く。
『あ、そうだ。』
鞄から携帯電話を取り出して毎日の日課になっているメッセージアプリを起動させた。
友人からも幾つか来ているが真っ先に母からのメッセージを確認する。
(お母さんです。マユミ君、いつ帰ってくるの?お母さん、寂しいです。)
毎度のことながら母は笑わせたいのか、困らせたいのかわからないとマユミは思う。
返答を打つとすぐに返答が帰ってきた。
(冗談じゃないですよ。でも次に帰ってくるときはご馳走作って待ってます。あ、そうそう。マユミ君の載った雑誌見ました。カッコヨカッター。)
マユミははにかむと携帯電話を置く。
大学へ行くことを反対もせずに背中を押してくれたのは母だ。
モデルの仕事も相談するとやってみたら?と言ってくれた。
いつも前向きで我が母ながら素晴らしい人だと思う。
ふと視線の先に壁に立てかけたコルクボードが目に入った。
そこには友人との写真が幾つかピン止めされているが、その写真達に差し込むように白い紙が刺さっている。
マユミは指で抜き取るとそれを開いた。
三年前、マユミの好きだった人、タカヤからの最後の手紙だ。
これを受け取った後彼とは会うことがなく、本当に彼がこの手紙に書いたようにマユミは待ちぼうけを食らっている。
実際には待っているかどうかすら定かではない。
マユミはもう実家のあるあの街にはいないから、タカヤがあの後戻っていたとしてもマユミと会うことはない。
そして今のマユミに会ったとしても彼は気がつかないだろう。
背も伸びて体格も良くなっている。
あの頃の少年のままの姿を彼は覚えているだろうから、今会ったとしても、もう・・・。
指先でそっとふやけて歪んだ部分に触れた。
あの日マユミは散々泣いた。
会えないことよりも、何も言ってくれなかったことが悲しくて泣いた。
だからふっきるために、その頃マユミを好きだと言ってくれた女の子と付き合った。
でもキスは出来ても、その先まで踏み込めなかった。
二人目も三人目も同じで、どうしてかその気になれない。モデルになってから付き合った女の子とはやっとのことで結ばれることは出来たけど、どこか満たされることはなかった。
彼のせいで歪んでしまったのか、それとも始めから歪んでいたのか考えたけどマユミには検討もつかず、もういいやと投げ出してからは恋人とは普通に出来るようになった。
セックスはどこか簡単だと割り切っている自分が見えて、女の子が自分に近づくたびにぎこちなさを感じて、出来るだけ恋人を大事にしていた。
最後に別れた恋人は繋がることなく、マユミにとっては映画で見るような素敵な恋のように感じられた。
彼女もまた同じように感じていたのか円満に別れた。
『まだ・・・僕は忘れられてないのかな・・・。』
マユミはその場にごろんと寝転がると手紙を眺める。
もう忘れていいよ、の文字に唇を噛むと目を閉じた。
忘れられないよ・・・先生。