『マーユ君?』
鏡越しに名前を呼ばれてマユミは顔をあげる。
メイクのサカザキがにっこりと笑うと、アレンジしていた髪を解いている。
『悩み事?この間もえらく目を腫らしてたって聞いたけど。』
『あ・・・すいません。なんか色々考えちゃうクセがあって。』
『そっか。大学生だもんねえ・・・色々あるわよねえ。』
先日、ショッピングモールでタカヤに会った。
あの後からずっと引き
あの日一緒にいたカナエの存在も気になるが、それよりもタカヤが自分に気付かないほどに自身が変わったことを少し後悔していた。
あの日のままだったら、タカヤはマユミを見つけた時、すぐに気付いてマユミがしたかったようにしてくれただろうか?
メイクルームの大きな鏡の前には、昔とは違うモデル・マユの姿がある。
マユミが必死で理想の自分になるために作り上げたものだ。
外から手を加えたわけじゃない、ただ単純に必死でやってきた。
『マユ君、どうしたの?そんな鏡じっと見て。』
『え?ああ・・・僕は自分でも変わったなって・・・思うんです。頑張ったって。』
サカザキは嬉しそうに頷く。
『そうよ、マユ君は始めた頃よりもすごく格好良くなってる。評判いいわよ。体だって引き締まってるし、もう外出してるとマユだって分かっちゃうでしょ?』
『・・・はい。眼鏡したり色々してますけど・・・。』
苦笑するマユミに鏡に映ったサカザキは噴出した。
『無理よ、無理。素敵なものは隠しようがないもの。あ、そうだ・・・ウィッグとかもあるわよ?男の子には不向きかもだけど。わかんないほうがいい時もあるでしょ?』
確かにとマユミは思う。
タカヤに会えたことばかりが大きくなっていたが、カナエのような
学校ではある程度節度をもって対応してくれているし、友人達も守ってくれているが外ではそうはいかない。
『サカザキさん、僕の長さでもウィッグって大丈夫なんですか?』
『ああ、いけるいける。』
サカザキはそう言うと、彼のメイク道具の入った鞄をあさりだした。
休日の昼。
マユミは鏡の前で薄い色のウィッグを被った。
サカザキに勧められたように服装も少し髪に合わせると、いつもとは違うマユミが出来上がる。
『雰囲気変わるなあ・・・。』
けれどこれならモデルのマユだと言う人はいないだろう。
でも用心してマユミは眼鏡をかけると外に飛び出した。
バスを乗り継いで人の多い場所へと乗り込む。
少し緊張したけど、自分がただ自意識過剰なんじゃないかと言う気がしてマユミは苦笑した。
カフェで座っても誰も視線を飛ばしてはこない。
それはそれで何か物足りない気もするけど、穏やかな一日はあったほうがいい。
マユミは帰る前にショッピングモールの本屋に入ると気になっていた本棚の前に立つ。
中をペラペラ捲って確認してからキャッシャーへと歩き出すと、目の前にいた誰かにぶつかった。
『あ、すいません。』
本が潰れないように抱えて顔をあげる。
そこにはタカヤがいた。
今日は先日とは違いシャツにジーンズとラフだ。
マユミは少しだけ目を泳がせると軽く会釈をして、その場を去ろうとした。
『あれ?・・・マユミ・・・君?』
『え?』
今なんて?
マユミが振り返ると、タカヤは驚いた顔でマユミを見つめている。
そして眉根を寄せると苦笑した。
『・・・あ、人違いだったかな・・・ごめんなさい。知り合いに似てたから。』
人違いじゃない。
僕だよ、マユミ。
そう言いたくなって、それでもマユミは口を閉ざす。
苦笑してキャッシャーへ向かった。