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第22話 おいで

バス停の前でマユミは本屋の紙袋を鞄につめる。

なんで?

言えなかったの?

先生、僕はマユミです。

そう言えばよかったのに。

唇を噛んで向こうから来たバスを確認すると一歩前に進んだ。


『マユミ君!』

ふと誰かに呼ばれた気がしてマユミは辺りを見渡した。

バス停はショッピングモールと道路を挟んだ場所にある。

少し右のほうに歩道橋があり、そこから誰かが叫んでいた。

『マユミ君!』

歩道橋に立ち止まっていたその人は、階段を降りてくると走ってマユミの前までやってきた。

と同時にバスのドアは閉まり行ってしまう。

肩を揺らして息を切らしてタカヤがそこにいた。

随分と走ったのか前かがみに膝に手をついている。


マユミはただタカヤの前で彼の様子を見ていた。

本当にマユミだとわかっている?

それだけが知りたくて息を整えるタカヤの姿を見つめている。

『・・・マ、・・・ハア、マユミ・・・君、でしょ?』

ゆっくりと顔をあげたタカヤは、昔と変わらない優しい目でマユミを見た。

『・・・なんで?』

黙っていようと思うのに唇が勝手に動いた。

マユミはぎゅっと斜めがけした鞄の肩かけを握り締める。


『なんでって・・・変わってない。』

なんとか息を整えたタカヤは大きく深呼吸すると、マユミに一歩近づいた。

『大きくなった、すごく素敵になった・・・けど、変わってない。』

『・・・変わったよ?』

声が震えている。

じゃあ、なんでマユの時には気付かなかったの?

なんで・・・。


マユミの心を読むようにタカヤは笑う。

『ごめん、この間・・・あの子がいたから、君のこと何も言えなかった。すぐにわかったのに・・・ううん、ずっと知ってた。君がモデルをしてることも。だってあの子に、カナエにマユを教えたのは俺だからね。』

『・・・せんせ・・・。』

『まだ、俺のこと先生って呼んでくれるの?』

あの日のことが蘇る。

海で出会ったこと、学校で初めて会った日、放課後の教室でキスをしたこと、タカヤがいなくなって泣いた日のこと。


マユミは震える指をぎゅっと握って唇を噛む。

『・・・お・・・おいて・・・。』

『うん?』

視界が歪んだ。

タカヤの顔が歪んで涙がボロボロと零れ落ちた。

『置いていったのは・・・先生でしょ?何も言わないで、何もわからないで・・・僕は・・・僕はずっと。』


待ってたんだ。

あなたをずっと待ってたんだ。

言葉にならずマユミは嗚咽おえつらす。

タカヤはそっとマユミの手を握ると、涙に濡れた頬にキスをした。

『おいで。』

あの日と変わらない暖かい手に引かれて、あの日と同じようにタカヤの背中を追っている。

歩道橋下の横断歩道を渡って駐車場に入ると車に乗り込んだ。

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