バス停の前でマユミは本屋の紙袋を鞄につめる。
なんで?
言えなかったの?
先生、僕はマユミです。
そう言えばよかったのに。
唇を噛んで向こうから来たバスを確認すると一歩前に進んだ。
『マユミ君!』
ふと誰かに呼ばれた気がしてマユミは辺りを見渡した。
バス停はショッピングモールと道路を挟んだ場所にある。
少し右のほうに歩道橋があり、そこから誰かが叫んでいた。
『マユミ君!』
歩道橋に立ち止まっていたその人は、階段を降りてくると走ってマユミの前までやってきた。
と同時にバスのドアは閉まり行ってしまう。
肩を揺らして息を切らしてタカヤがそこにいた。
随分と走ったのか前かがみに膝に手をついている。
マユミはただタカヤの前で彼の様子を見ていた。
本当にマユミだとわかっている?
それだけが知りたくて息を整えるタカヤの姿を見つめている。
『・・・マ、・・・ハア、マユミ・・・君、でしょ?』
ゆっくりと顔をあげたタカヤは、昔と変わらない優しい目でマユミを見た。
『・・・なんで?』
黙っていようと思うのに唇が勝手に動いた。
マユミはぎゅっと斜めがけした鞄の肩かけを握り締める。
『なんでって・・・変わってない。』
なんとか息を整えたタカヤは大きく深呼吸すると、マユミに一歩近づいた。
『大きくなった、すごく素敵になった・・・けど、変わってない。』
『・・・変わったよ?』
声が震えている。
じゃあ、なんでマユの時には気付かなかったの?
なんで・・・。
マユミの心を読むようにタカヤは笑う。
『ごめん、この間・・・あの子がいたから、君のこと何も言えなかった。すぐにわかったのに・・・ううん、ずっと知ってた。君がモデルをしてることも。だってあの子に、カナエにマユを教えたのは俺だからね。』
『・・・せんせ・・・。』
『まだ、俺のこと先生って呼んでくれるの?』
あの日のことが蘇る。
海で出会ったこと、学校で初めて会った日、放課後の教室でキスをしたこと、タカヤがいなくなって泣いた日のこと。
マユミは震える指をぎゅっと握って唇を噛む。
『・・・お・・・おいて・・・。』
『うん?』
視界が歪んだ。
タカヤの顔が歪んで涙がボロボロと零れ落ちた。
『置いていったのは・・・先生でしょ?何も言わないで、何もわからないで・・・僕は・・・僕はずっと。』
待ってたんだ。
あなたをずっと待ってたんだ。
言葉にならずマユミは
タカヤはそっとマユミの手を握ると、涙に濡れた頬にキスをした。
『おいで。』
あの日と変わらない暖かい手に引かれて、あの日と同じようにタカヤの背中を追っている。
歩道橋下の横断歩道を渡って駐車場に入ると車に乗り込んだ。