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第32話 キスの向こう

二階への階段には点々と服が落ちている。

廊下の先の部屋のドアは開きっぱなしで、もう長いこと小さな吐息とベットのきしむ音が響いている。

後ろから抱かれてカナエは枕に突っ伏すと短い息を吐く。大きな手が口をこじ開けて指先が舌に触れた。

『痛くない?』

優しい声に頷くも声が出せるだけで、言葉になるわけじゃない。

お前が悪い、と言いながら最後にはこうして固い畳の上じゃなく、ベットの上なのだからタカヤは優しい男なのだと思う。

無理矢理抱いたりはしない。

意地悪なことを言っても扱う手は優しい。


『カナエ・・・。』

耳元で吐息まじりに名前を呼ばれて胸が熱くなる。

・・・ああ、この人のこと好きだ。

なんでこんなに好きなんだろう。

タカヤと初めて会った頃のカナエは荒れていた。

愛されたくて愛したくて、誰でもいいから抱きしめて欲しくて、声をかけてきた金持ちのオヤジと寝た。

まだ子供で金もなくて丁度良かったと言えばそうかもしれない。


そのオヤジがパトロンになって、その紹介で次の奴がやってくる。

金にはなるけど、どこか心が磨り減ってた。

そんな時に孤児院の婆ちゃんが死んで、その孫とかいう男がやってきた。

教師だと言ったが、そんな雰囲気はなくて、格好良くて好きになりそうだったから遠ざけた。

散々意地悪を言って出掛けようとしたらタカヤに止められた。

むかついて『じゃあ愛してくれんの?』と喧嘩を売ったら彼は言った。

『抱かれたいなら抱いてやる。』って。


あの後のことは無茶苦茶だったと思う。

どうしてだか泣いてしまって、タカヤの胸にすがりついて。

金をくれるオヤジたちとは違う触り方で、セックスが痛いものじゃない、気持ち良いものだって教えてくれたのはこの人だ。

ごろんと仰向けにされてタカヤの顔が降ってくる。

優しいキスが触れるたびに胸の中が満たされていく。


『好きだよ、カナエ。』

多分、この言葉は真実。

でもこの人の好きなのはマユ。

自分のものにしたいけど、カナエもマユに会ってしまった。マユはカナエにとっても手に入れるべき存在だ。

あの人に愛されたい。

ようやく果てたタカヤの体がずっしりともたれかかると、カナエは彼の頭を撫でた。


『ごめん、大丈夫?』

長くなった時、いつもこうして体を労わる言葉をくれる。カナエは頷くと彼の耳たぶを噛む。

『あっ・・・カナエ。』

『本当にさ、先生優しすぎるよ。マユにもこんなことすんの?』

タカヤは体を起こすと隣に寝転んだ。

『・・・まさか・・・まだ出来ないよ。』

『へえ?オクテだったんだ。』

『そうじゃない・・・ただ、傷つけたくないだけだよ。マユミは俺とは違うから。』

『違うって?』

体を起こしてタカヤの胸に手を触れさせた。

まだ心臓がドキドキと鳴っている。

『嫉妬してる?』

優しい顔をしてタカヤはカナエの頬に触れる。

指先で唇に触れられてカナエはその指にキスを落とす。

『してないよ。だって俺、マユが好きだから。』

『宣戦布告だな。』


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