授業終わり、傍にいたレイコがノートを取っているマユミに声をかけた。
『マユ君、具合悪い?』
そう聞かれてマユミは顔をあげると首を横に振った。
『いや、そんなことないけど・・・顔色最悪?』
『うん。ちょっとね・・・悩み事?仕事とか。』
『そうでもないんだけどね。』
笑って答えるもマユミは頬杖をついた。悩み事と言えば悩み事だ。
どうやら先日のカナエの卒業式の日に何かしたらしく、カナエから意味深なメ
ッセージが届いていた。
(二人だけの秘密にしとく。)
この言葉が持つ意味は・・・もしかしたらもしかするかも知れない。
あの日、目が覚めるとカナエはシャワーを浴びた後だった。マユミが起きたの
を見て、すぐにシャワー浴びておいでと言われて従ったが。カナエはいつの間
にか部屋を片付けてくれていて、マユミの着ていたシャツも脱がせてくれてい
た。体に異常はなかったし、カナエの体の見える部分にも何もなかった。
何もなかった・・・と思っているのはマユミだけだろうか?
『マユ君、聞いてる?』
顔を覗きこまれてマユミはレイコの目を見ると微笑む。
『ごめん、なに?』
『今夜さ、飲み会があるんだけど・・・マユ君来ない?女子たちに誘えって言わ
れてるんだよね、どうかな?』
ワンレングスの髪を耳にかけてレイコは眉をひそめた。毎回彼女はそういう損
な役割を担っている。
『あ~・・・ちょっと難しいかな。色々準備しなくちゃいけなくて・・・ごめん、レ
イコちゃん・・・謝っておいてくれる?』
『うん、いいのいいの。ごめんね?』
両手を合わせて片目をパチリと瞑るとレイコは片手を上げて行ってしまった。
忙しいというのは嘘ではないが真実でもない。でも、飲みに行くのは気が向か
ないし、カナエから新しくメッセージが届いていた。
(マユに会いたいな。)
会いたい・・・と言われて嫌な気持ちにはならない。カナエとはもっと話をした
いし、あの日の事をきちんと聞いておきたい。
もし傷つけるようなことをしてしまっていたら謝らなくてはいけないし。
でも傷つけられたのなら会いたいなんて言わないだろうから。
マユミは教材を片付けると、周りからの視線に軽く会釈をして席を立った。
キャアと女子の悲鳴を聞きつつ教室を出ると廊下を歩く。モデルになってから
はどこへ行っても人の目はつきものだ。マユミはどこにいても誰も不快にさせ
ないように穏やかにしているが、それも当たり前になりつつある。
始めはとても難しかった。コントロールできるようになってからは、他者の悪
意や善意が見えるようになって不思議な感じがしたが。
そういえばと携帯電話を取り出すと立ち止まった。カナエとは連絡先の交換を
したが、タカヤとはしていない。勿論、カナエを挟めばタカヤと連絡を取るこ
とは可能だが、それもあまりしたくはない。
カナエとは友達になれた気がしているし、大切にしたい気持ちが強い。それは
多分彼が持っている寂しそうな雰囲気のせいかも知れない。どこか抱きしめた
くなるような、優しくしたくなるような捨て猫の雰囲気。
自分がぎゅっと抱きしめてあげれば、それが和らぐのならば何度でもしてあげ
たいと思うのは嘘じゃない。
マユミは携帯電話を起動させるとメッセージアプリを開いた。