洗面所の鏡の前、カナエは髪を整えている。あれからまた少しだけ色を抜いて
少し切ってもらったせいでさっぱりとしている。
母親譲りの瞳の色のせいか髪とバランスが取れている、そこだけは彼女に感謝
しているが、それ以上は特にない。
水道で手を洗い、顔をあげると鏡越しにタカヤが見えた。
『出掛けるのか?』
『そうだよ。気になる?』
少し意地悪な質問だったかと振り返ると、タカヤは腕組をして目を逸らす。
『先生・・・。』
タカヤの前に立ち彼の顔を見上げる。タカヤは眉根を寄せると頷いた。
『送ってやる・・・。』
これから誰と会うかなんて聞きもせずに、送ってやるなんて・・・どういう風の
吹き回しだろう。もしかして、怒ってる?
カナエは腕組したタカヤに手をかけると小さくキスをする。触れるだけのキス
は一瞬で彼の何かを変えることには成功したようだった。
車に乗り込んで行き先を告げて、助手席に静かに座った。先ほどメッセージを
送ったから、到着に問題なければ大丈夫だろう。
駅近くの交差点にて信号が変わり、カナエはシートベルトを外した。
『ありがとう、ここでいい。すぐだから。』
『ああ・・・気をつけて。』
運転席のタカヤは頷くと軽く手を上げた。
『カナエ。』
『ん?』
閉めかけたドアを開いて中を覗きこむ。タカヤは何か言いかけて首を横に振っ
た。
『いや、いい。』
その顔が何を言いたいのか分かって、カナエは笑った。
『夜には帰る。じゃあね。』
ドアを閉めて走り出す。
なんだかタカヤを翻弄できている自分が嬉しくてたまらない。あれって嫉妬だ
よね?前も嫉妬はしてたけど、あんな風じゃなかった。
・・・こういうのを愛されてるって言うのかな?思われてるって言うのかな?
カナエの胸の中で花が咲いたみたいに幸せが溢れて微笑みが零れた。
横断歩道を渡って、ビルのほうへ視線を向ける。道行く人たちが振り返るその
先にマユが立っている。
ラフな格好なのに立っているだけで視線を奪う、道行く人だけでなく、カナエ
の視線も。
小走りにマユの前に行き、小さな声で名前を呼んだ。
『こんにちは。』
マユはそう言うとサングラスを外して優しく笑う。
ギュッと胸が痛んでカナエは胸を抑えた。
『ん?どうしたの?』
『・・・ううん、なんでもない。』
心配そうにするマユを見ながら思う。
・・・ああ、俺はマユが好きだ。マユが好きなんだ・・・。
『本当に平気?ほら、つかまって。』
差し伸べられた手に指先が震えた。