『え?留学?』
カフェレストランの窓際の席にマユミとカナエは座っている。周りから視線が
飛んできても、マユミは特に気にすることはなさそうだが、カナエは人差し指
を唇にあてた。
『マユ、皆見てる。』
『あ、ごめん。でも・・・急な話だね。しかも良い話でしょ?』
そう言うとマユミは微笑んでコーヒーに口をつけた。その顔は自分事のように
嬉しそうだ。
『・・・ねえ、なんでそんなに喜んでくれるの?』
カナエはストローをいじりながらマユミの瞳を覗く。彼の瞳が柔らかく細まっ
た。
『友達だから。』
じんと暖かくなる胸と、その奥でちくんとする痛み。
それでもカナエは頷くとマユミと同じように微笑を浮かべた。
『・・・うん。』
マユミは頷くと窓の外を見る。その顔が綺麗でカナエはただ見惚れてしまう。
周りの女の子たちも同じだろう。カナエも彼女たちと同じだ。
この美しい、優しい人を独り占めしたいなんてなんて欲深い。けれど今は、こ
の瞬間は、カナエだけのものだ。
グラスを引き寄せてストローに指をかける。グラスの中の氷がカランと音を立
てて揺れると水滴が汗のように落ちた。
『あ・・・でも、ちゃんとした話なんだよね?』
『ん?』
マユミの目がこちらを向いてカナエの心臓がどきりとした。
『ほら、留学の話。学校から・・・なんだよね?』
『うん、そうだよ。結構打診があってね、すごくない?俺って優秀でしょ?』
『うん。優秀だ。』
嬉しそうに彼が笑ってカナエの心臓がドキドキと鼓動し始める。
なんて素敵に笑うんだろう。
『・・・でも・・・悩んでる。』
『うん?』
『マユとこうやって仲良くなれて・・・離れるのは怖い。』
口が滑るように言葉にしてしまった。本当はもっと伝えたい言葉があるけど、
それを言ってしまえば、今こうしていることすら壊れてしまう気がする。
なんで以前は簡単に、あんな風に言えたんだろう・・・。
好きだなんて・・・。
黙り込んで俯いたカナエを心配してマユミが手を伸ばした。頬に触れて瞳を覗
かれる。
『カナエ君?』
『・・・うん。』
指先が熱い、触れたところから燃えてしまいそうだ。
『大丈夫?』
『・・・うん。』
『僕は一緒にいるよ。』
優しい言葉に目を閉じる。マユ・・・優しいね。