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第45話 影

声にしようとしてるのに、喉がカラカラだ。


目の前のタカヤが、愛している、そう言って欲しいとねだっている。マユミの

胸にざわざわした不思議な気持ちと、タカヤの言葉が嬉しいが入り混じってい

る。


小さな咳払いをしてから声にしようとした時、タカヤの携帯電話が鳴った。

それにタカヤは溜息をつくと、マユミを乗せたまま、服の中から電話を取り出

した。


画面を操作すると、人差し指を口元に当てる。

『はい、タカヤ。』


学校にいた頃によく聞いた声だ。落ち着いていて大人の男だ。スピーカーには

なっていないから、かすかにマユミの耳に届くのは雑音に塗れた男の声だ。


マユミは体を起こすと、タカヤの体から降りて傍に座る。シャツを取るとそれ

を被った。脱ぎ捨ててあるジーンズを履いてキッチンへと向かう。

静かにグラスを二つ用意すると、そこへお茶を注ぎ込んだ。


『・・・はい、それでは。』

電話が終わったのか、携帯電話を操作している。


マユミは二つグラスを持ち、一つをテーブルに置いた。

『良かったら、どうぞ。』

『ありがとう。』


ちらりと見えたのはメッセージアプリだ。

『・・・何か、あったんですか?』


タカヤはグラスを一気に飲み干して、テーブルに置いた。

『・・・カナエのことで、学校から連絡があって。』

『学校?』


『そう、留学の手続きで色々と保護者の確認も取っているとかで。先日カナエ

からは聞いたんだ・・・マユミ君は知ってた?』

『はい。』


『そっか。あいつ俺には何でも隠すんだ。昔ほど酷くはないけど。留学も自分

で決めてしまって・・・一言も相談なしだ。』


タカヤはカナエの話をするとき、マユミの知らない顔をする。

『・・・なんかさっさと俺から離れたいみたいな感じで。』


乱れた服を調えてタカヤは立ち上がった。

『本当に・・・困ったやつだ。』


マユミは彼を見上げたまま、言葉を捜していた。頭にある言葉を出したくなく

て、タカヤがこっちを向いてくれる言葉を捜している。

けれど、タカヤはマユミの頭を撫でると微笑んだ。


『ごめん、マユミ君。今日はそろそろ行くよ。お茶ありがとう。』

タカヤの背中を追いかけるようにマユミも玄関へと歩き出す。

彼は靴を履くと、マユミの目を見て、頬に触れた。


『どうしたの?』

『え?』

『・・・泣き出しそうだ。』


マユミは両手で頬を包むと無理矢理笑ってみせる。

『だ、大丈夫。』


『そうか・・・また会えるよ、約束。』

『はい。また・・・。』


ドアの向こうにタカヤは消えていく。バタンと閉じたドアの前でマユミは座り

込んだ。

両手でクシャリと髪を潰すと息を吐く。


タカヤさん、カナエ君のこと、好きなんですね。飲み込んでおいた言葉が口か

ら溢れそうで、もう一度飲み込んだ。

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