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第52話 さようなら

少し離れた場所でタカヤが電話をしている。

マユミは目の前にいるカナエを見ると頷いた。

『あっという間だったね。』

『うん、あっという間。』

別れるまでの期間を二人で少しずつ埋めていたけど、簡単に今日を迎えてしまった。

カナエがマユミの袖を掴む。

『ねえ・・・マユ。』

『うん?』

『実はさ・・・すっごい緊張してるんだ、俺。』

そう言ったカナエの指先は確かに震えていた。

マユミはカナエの指を包んで微笑む。

『うん、大丈夫だよ。カナエ君なら。』

『だったら・・・いいんだけどね。』

『何か、心配ごと?』


カナエはチラッと空港のガラス窓のほうへ視線を向けた。

滑走路には飛行機が止まっている。

『・・・あれ、乗るの怖いんだよね。』

ああ、と笑ってマユミは指先を下へゆっくりと動かした。

『・・・みたいな?』

『・・・うん、分かってはいるんだけど。』

マユミは笑うと大きく頷いた。

『大丈夫だよ、・・・うん。』

そっと視線を降ろして自分のめていた指輪を抜くと、カナエの薬指にするりと嵌めた。

『お守り。無事に到着できるように。』

カナエは驚いた顔をして指先を見つめている。


『・・・ぶかぶかだ。』

指輪はカナエの指でくるくる回っていた。

『本当だ。ごめん。』

『・・・ううん、嬉しい、ありがとう。』

ふと館内アナウンスが聞こえて、カナエが顔を上げた。

『そろそろ行く。』

『そっか・・・タカヤさんはいいの?』

『うん、昨日お別れしたからね。』

『そっか。あのね・・・マユ。』

そっと近づいてカナエはマユミに耳打ちする。

その言葉にマユミは小さく声を漏らす、するとカナエはとびっきりの微笑を浮かべると大きな声で言った。

『行ってきます。』

『いってらっしゃい、カナエ君。』

手を振って歩いていく。その背中にマユミは手を振っていた。



『行ってしまいました。』

マユミは隣で飛行機を見つめているタカヤを見る。彼はくわえ煙草で目をうるませていた。

『うん・・・行ってしまった。』

空港はまた次の別れと出会いの場となり、騒々しい。

『・・・帰ろうか。』

タカヤの言葉にマユミは頷いた。


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