第三者side
「…………………………」
莉乃はその場に崩れ落ちた。
「莉乃……」
颯斗が心配そうな声を出すが今の莉乃は届かない。
「(ダークエイドヴァルキリーがお母さんだったなんて……)」
衝撃の事実を受け、莉乃は心身喪失状態直前まで追い込まれていた。
彼女を何よりも追い詰めているのは、ずっと戦っていた敵が母親だと見抜けなかったことだった。
「(私はわからなかった……ダークエイドヴァルキリーがお母さんだったなんて……尊厳を踏み躙られていたなんて……)」
莉乃はギュッと拳を握る。
「ああああああっ!!!!!」
彼女は雄叫びを上げ、地面を何度も何度も殴りつける。
「莉乃!!」
颯斗は莉乃の手を掴んで止める。
「君は悪くない!悪いのは君のお母さんを利用したゲイルだ!!」
「でも……っ!!それでもっ!!……自分が許せません………」
莉乃は大粒の涙を溢しながら訴える。
「血の繋がった肉親なのに……この世でたった1人のお母さんなのに!!私は…私は気づけませんでしたっ!!」
「………………………」
彼女のその訴えに颯斗は何の言葉も返すことが出来なかった。
─────────────────────────────────────
喫茶キトゥン。
「そっか……鈴ちゃんが……」
帰ってくるなり、莉乃は自室に籠ってしまったため、颯斗が事情を説明していた。
ダークエイドヴァルキリーの正体が莉乃の母親である七瀬 鈴であること。
ゲイルが死体を利用してダークエイドヴァルキリーとして動かしていたこと。
などなど全てを話した。
「…………………………」
「七瀬先生……?」
一言漏らした後、黙ってしまった春香を心配して瑞稀が声を掛ける。
「……ごめんね」
そういう春香は涙を溢した。
「───頭では分かってるつもりだった……」
「「「え?」」」
「莉乃ちゃんの辛さを分かってるつもりだった。……本当は何にも分からないくせに」
春香がギュッと拳を握る。
「私も鈴ちゃんを…義妹を亡くしてすごく悲しかった……でも、莉乃ちゃんは私以上の悲しみを背負ってる。この世にたった1人の血の繋がった母親を…父親を失って……その上、育ての親も…幼稚園の友達も……何もかも……」
「先生……」
「私は鈴ちゃんと何回かお出掛けしたり、一緒に話したりしたことあるから今でも思い出せる。でも、莉乃ちゃんは違う。両親の記憶はほとんどない……それがどれだけ寂しいことか分かってなかった」
颯斗は春香の肩に手を置いた。
「俺だってそうです……ずっとそばに居たのに莉乃の気持ちひとつ汲み取ることが出来ない」
「でも、莉乃ってそういう人だから」
「そうだよ。自分の本心は自分が気付けないくらい深い部分に隠す───そんな子だから」
先ほどまで誕生日会ムードだった店内は一気に暗い雰囲気に包まれていた。
─────────────────────────────────────
「……本当にいいんだな?」
ガイタはゲイルに問う。
「何の問題もない。コイツはただの道具だ。道具が意志を持つなど論外だ」
ゲイルは台の上で眠っているダークエイドヴァルキリーを見てそう吐き捨てる。
「なら、始めよう。最後の改造を」
ガイタはニヤリと笑ってそう言った。
─────────────────────────────────────
莉乃side
「………………………」
どうすればいい。
いや、どうすればいいかくらい分かっている。
ダークエイドヴァルキリーを───お母さんを倒す以外に選択肢がないことくらい。
お母さんは死んだ。
それは分かっていた。
だが、それを再びありありと突きつけられるのは心のくるものがある。
「私は……」
出来ることならお母さんを助けたい。
でも、お母さんは死んでいてそれは不可能だ。
1度失われた命はもう2度と戻ることはない。
お母さんも、お父さんも、おばさんも、みのりちゃんも……
「どうすればいいんでしょうか……」
私は机に伏しながら、飾ってある両親の写真を見ながらそう呟いた。
─────────────────────────────────────
第三者side
2日後。
「おはようございます」
「莉乃、ちゃん……」
莉乃は朝食を食卓に並べていた。
「どうかしましたか?」
固まっている春香を見て莉乃は不思議そうに聞く。
「大丈夫、なの……?」
「はい。もう大丈夫です」
莉乃はそう言って春香に背中を向け、味噌汁を入れる。
「莉乃ちゃん……」
春香は少し不安そうに呟いた。
「春香さん」
「な、なに?」
振り返って名前を呼ばれ、春香は緊張感を持ちながら返事する。
「これ、母の日のプレゼントです」
そう言って莉乃は綺麗に梱包された箱を渡す。
「母の日……」
「はい。春香さんは私にとってお母さん代わりなので」
「莉乃ちゃん……」
春香は莉乃をギュッと抱きしめる。
「どうしたんですか?」
「ごめんね……ごめんね……」
春香は涙を溢しながら呟く。
「何がですか?大丈夫ですか?」
「……大丈夫。莉乃ちゃんも無理してない?」
春香は涙を拭いながら聞く。
「大丈夫です」
莉乃はひと呼吸置いて。
「お母さんを倒す覚悟は決めましたから」
真剣な目でそう告げた。
「莉乃ちゃん……」
「失った命はもう戻らない。なら、私はダークエイドヴァルキリーを倒すという形でお母さんの魂を救ってあげたいんです」
「……強いね。莉乃ちゃんは」
「そんなことはありません。この結論に至るまで時間が掛かってしまいました」
「いいの…どれだけ時間を掛けてもいいの……莉乃ちゃんが正しいと思う道を進んで?」
「はい……」
2人は改めて抱き合った。
─────────────────────────────────────
それから時は経ち、放課後。
「見つけたぞ。エイドヴァルキリー」
「……ダークエイドヴァルキリー。いや、お母さん……っ!」
帰宅途中の河原を歩いていたら莉乃達の前に赤黒く光る目の女性───七瀬 鈴が現れた。
「決着を着けてやる!!」
「一昨日とは違うみたいだぞ」
「分かっています」
「やはり、違いは分かるか」
そう言って現れたのはガイタだった。
「あなたは誰!」
美香が声を上げる。
「私はガイタ。簡単に言えば、七瀬 透馬の置き土産だ」
「お父さんの……?」
「ヤツは私を仕留めきれなかった。その結果がこれだ」
「なら、莉乃っちのお母さんを改造したのは……っ!!」
「そう!何を隠そうこの私だ。素晴らしいだろう?死体を再利用したんだ。まぁ、改造にも限界が来ているみたいでね?今のコイツを倒せば、灰も残らない」
「お前……っ!!」
普段温厚な公人も拳を握り、怒りでプルプルと震える。
「そんなに怒ることはない。焼かれて灰になるだけのゴミクズをリサイクルしただけだぞ?」
「リサイクル、だと……っ!?」
我慢の限界を迎えた颯斗は変身しようとするが、莉乃が無言のままそれを手で制す。
「莉乃……?」
困惑する颯斗を置き去りにして莉乃は1歩踏み出す。
「お母さん。これ以上、苦しい思いはさせません。私がここで絶対に止めます」
「親子対決か?実に面白い見せ物だな」
2人はチェンジャーにカードをスキャンする。
『リアクター!』
『ナイト!』
『ダークリアクター!』
『ダークナイト!』
「「(ダーク)オムニバスチェンジ」」
『灼熱の騎士!リアクターナイト!』
『灼熱の暗黒騎士!ダークリアクターナイト!』
2人は変身し、右手には剣が握られている。
『オムニバスブレード!』
『ダークオムニバスブレード!』
「「はああああっ!!」」
互いに走って距離を詰め、刀身をぶつけ合った。
「私の覚悟、見せてあげますっ!!」
莉乃は剣を上に上げ、一瞬に隙を作る。
「はああっ!!」
そして、回し蹴りを腹部に放つ。
「くっ……!」
ダークエイドヴァルキリーは大きく後退する。
「なら……」
『ダーククレイドール!』
『ダークケルベロス!』
「ダークオムニバスチェンジ」
『3つ首の暗黒土人形!ダーククレイベロス!』
「私も!」
『クレイドール!』
『ケルベロス!』
「オムニバスチェンジ!」
『3つ首の土人形!クレイベロス!』
互いにフォームチェンジし、殴りかかる。
「ふっ!はあっ!」
「ふん!たあっ!」
激しい肉弾戦を繰り広げる。
「「うああっ!」」
パンチを受け、互いに吹き飛ぶ。
『『(ダーク)クレイベロス!フィニッシュ!』』
「「はああああっ!!」」
ケルベロスのエネルギーの拳を放つ。
ぶつかり合い、周囲は煙に包まれる。
『『絢爛の(暗黒)狩人!(ダーク)ジュエルシャーク!』』
煙の中から出てきた2人は左手のハンマーをぶつけ合っていた。
「しつこい奴だな!!さっさとくたばれ!!」
「悪いですけどそれは出来ません!!お母さんの魂を救済するまでは!!」
莉乃は後ろに跳びながら、カードをスキャンする。
『ジェット!』
『スパイダー!』
「オムニバスチェンジ!」
『蒼空の糸使い!ジェットスパイダー!』
「はあっ!!」
莉乃は小型のジェット機を放つ。
「そっちがその気なら」
『蒼空の暗黒糸使い!ダークジェットスパイダー!』
ダークエイドヴァルキリーの方も同じものを発射する。
小型ジェット機はぶつかり合い、爆散する。
「「(ダーク)オムニバスチェンジ!!」」
2人は互いに走り出し、距離を詰めながらカードをスキャンして、チェンジャーを操作する。
『『(超)暗黒の不死鳥!(ダーク)ブラックフェニックス!』』
「「はああああっ!!」」
『『(ダーク)ブラックフェニックス!フィニッシュ!』』
互いに不死鳥のエネルギーを纏ったキックを放つ。
「「うあああああっ!!」」
力が拮抗し、2人吹き飛んで地面を転がる。
「莉乃!!」
「大丈夫、です…っ!!」
莉乃はすぐに立ち上がる。
それを見てダークエイドヴァルキリーも立ち上がる。
「やるな……」
そして、お互いにカードをスキャンする。
『ダークパペット!』
『ダークチーター!』
『フォートレス!』
『ユニコーン!』
「「(ダーク)オムニバスチェンジ」」
『爆速の暗黒人形!パペットチーター!』
『要塞の一角獣!フォートレスユニコーン!』
ダークエイドヴァルキリーはダークオムニバスブレードを、莉乃はオムニバスバスターのブレードモードを構えた。
─────────────────────────────────────
「「はああああっ!!」」
互いの武器がぶつかり合う。
だが、重量の関係上、一撃が重いのは莉乃の方だった。
「ぐっ……!!」
『リアクター!』
『バスターフィニッシュ!』
「はあああっ!!」
莉乃は炎の斬撃を放つ。
「そんなもの!!」
ダークエイドヴァルキリーは高速移動でそれを避け、背後に移動し、斬る。
「くっ……!」
『キャノン!』
莉乃は振り返りながら、バスターをキャノンモードにして砲撃する。
「ぐああっ!!」
互いに一歩も譲らない攻防が続く。
『ジェット!』
『フェニックス!』
『メガバスターフィニッシュ!』
ジェット機とフェニックスが融合したような見た目のエネルギー弾を放つ。
『ダークジュエル!』
『ダークジュエル!ブースター!』
「はああああっ!!」
ダークエイドヴァルキリーは宝石の障壁を作り、攻撃を防ぐ。
「はああっ!」
そして、それを砕き、細かくなった宝石を放つ。
「ぐあああっ!!」
莉乃は吹き飛ばされる。
「使え!莉乃!」
颯斗はカードを2枚投げる。
「ありがとうございます!」
『スパイダー!』
『ジュエル!』
『マグネット!』
『ロボット!』
「はあああっ!!」
「させるか!!」
『パペットチーター!フィニッシュ!』
『テラバスターフィニッシュ!』
莉乃の放った砲撃はダークエイドヴァルキリーに着弾し、ダークエイドヴァルキリーの放ったチーターのエネルギーも莉乃に命中し、互いにリアクターナイトフォームに戻る。
しかし、それと同時に莉乃の攻撃が当たっていたダークエイドヴァルキリーの足元は宝石化し、さらには糸とロボット、そして磁力で彼女の動きを完全に封じた。
「な、に……っ!?」
莉乃は立ち上がり、ダークエイドヴァルキリーにゆっくりと近づく。
「お母さん……」
莉乃はダークエイドヴァルキリーの前に立つ。
そして、ブレードにカードをスキャンし、柄頭を引く。
『ナイト!』
『ナイト!ブースター!』
さらに、チェンジャーも操作する。
「はああああああああっ!!」
莉乃はダークエイドヴァルキリーに斬りかかった次の瞬間、莉乃の意識はどこかに引き込まれた。
─────────────────────────────────────
「莉乃……」
優しく呼ぶ声に振り返れば、そこには在りし日の鈴が立っていた。
「お母、さん……」
「莉乃…大きくなったね?」
「お母さん!!!」
莉乃はすぐさま鈴の元に駆けていき、抱きつく。
「ごめんね……莉乃に辛い思いをさせて」
「いいよ…そんなことはいいよ……」
「私、もっともっと莉乃とたくさんの思い出を作りたかったよ……莉乃の小学生の姿とか見たかったし、中学生で思春期も体験してみたかったな〜……娘に嫌がられるのはちょっと怖いけど」
鈴は笑いながら言う。
「お母さん……」
「私はもう死んじゃった。でも、莉乃ならきっと大丈夫。たくさんのお友達に囲まれて…元気に育ってくれてる。私はそれが分かっただけで幸せだよ」
その言葉に莉乃は涙が溢れる。
鈴はそんな莉乃を突き飛ばす。
「えっ?」
「お別れだよ。莉乃」
「嫌だ!!せっかくお母さんに会えたんだもん!!もっと一緒に居たいよっ!!」
莉乃は手を伸ばすがその手は届かない。
「莉乃、私の魂を救済してくれるんでしょう?」
「でも…でもっ!!!」
「お願いね。エイドバスターさん」
「お母さん!!!」
「それから───」
─────────────────────────────────────
莉乃の意識は現実に戻ってくる。
「うおおおおおっ!!」
彼女は涙を流しながら、ブレードを振り下ろす。
『リアクターナイト!フィニッシュ!』
「ぐああああああっ!!」
ダークエイドヴァルキリーが声を上げると同時に拘束が砕け散る。
そして、彼女は膝をつく。
「莉、乃……ありがとう……」
そう言って鈴は笑いながら倒れ、灰となって消滅した。
カチャと音を立ててダークオムニバスチェンジャーが落ちた。
「案外あっけない最期だったな」
ガイタは微動だにしない莉乃にそう言いながら、ダークオムニバスチェンジャーを拾い上げる。
「実験は終了だ」
そう言ってガイタは姿を消した。
莉乃はゆっくりと立ち上がり、変身を解除する。
そして、沈んでいく夕日に目を向ける。
そんな彼女の頬には一筋の涙が光っていた。
「莉乃……」
「……帰りましょう。颯斗君、皆さん」
「あ、ああ……」
「うん……」
「そうね……」
「時間も時間だしね……」
そうしてそれぞれは帰宅した。
─────────────────────────────────────
莉乃side
「ただいま帰りました」
玄関のドアを開けてそう言うが、誰の返事も返ってこない。
春香さんはまだ仕事だ。
「………………………」
私は自室に向かい、ベッドに倒れ込む。
「お母さん……」
机の上にある窓から差し込む月光に照らされた写真を見ながら呟く。
私はお母さんの魂を救済出来たんでしょうか……
だが、消滅する直前、お母さんは私にありがとうと言った。
お母さんはこれで満足だったのだろう。
「やっぱり…寂しいよぉ……」
再び涙が溢れてくる。
泣き疲れたのか、段々とまどろんでいき、私は眠ってしまった。
─────────────────────────────────────
第三者side
「ただいま〜」
春香はそう言って玄関を開けるが何の返事も返ってこない。
「莉乃ちゃ〜ん?いないの〜?」
言いながら部屋のドアをそっと開ける。
「莉乃ちゃん……」
ベッドには安らかな寝息を立てている莉乃がいた。
部屋に入り、春香はそんな彼女の頭を優しく撫でる。
「おやすみ」
そう言って莉乃に布団を掛けて部屋を出ていった。
─────────────────────────────────────
翌朝。
「ふわぁ〜!」
「おはようございます」
「おはよ〜…って莉乃ちゃん!?」
莉乃は普段通り、朝食を作っていた。
「はい。何故そんなに驚かれるんです?」
「いや、昨日の今日だし……」
「もしかして誰かから聞きましたか?」
「……うん」
春香はバツが悪そうに視線を逸らす。
「私は大丈夫です」
「本当に?」
「はい。最期にちゃんと話せましたから」
莉乃は柔らかく微笑んだ。
『それから、今までもこれからもずっとずっとず〜っと!!!愛してるよ』
「(見守っててね。お母さん)」
To be continue……