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第2話 碧と紅の修道騎士

 アウロラから一通り話を聞き出した流雫と澪は、彼女が高級そうな一眼レフカメラを持った集団に向けてポーズを決めている間、話を整理する。

 ……先刻の事件は、昨夜秋葉原で開かれたコミューンのオフ会が引き金だった。

 犯人は、ゲームを通じて被害者そのものに興味を持ったらしい。しかし、コミューンのマスターだった被害者にその気は無く、その執拗な態度に辟易した彼女は、オフ会の後犯人をコミューンから追放した。

 追放を知った犯人は逆上し、犯行を決意した。被害者がコスプレイヤーであること、今日の池袋のイベントに参戦することはSNSで把握していたから、池袋に足を運んだ。

 其処に、被害者の同行で居合わせたのがアウロラだった。

 全てはアウロラの一方的な話だけに、鵜呑みにすることはできない。しかし、フォロワーが撃たれていながら、彼女が出鱈目を言っているとは思えない。

「……銃社会の弊害ね……」

と澪は言った。

 護身のための道具が凶器になる。それは常に危惧されていた。だが、そのリスクテイクが優先されたのは、それだけトーキョーアタックが大きなインパクトを与えたからだ。

「……何時かはこうなる、とは思ってたけどね」

と流雫は言い、目を細める。

 ……テロから逃げ延びるために、何度も銃を手に戦ってきた。銃はエンタメの道具じゃないことを、流雫は誰より意識している。

 銃火器が武器である時点で、所詮ゲームだからと割り切れない。これはゲームだと認識すると同時に、拒絶反応を起こしている。それが画面酔い……に似た症状と云う形で現れるのだ。

 だが、澪は絶対に嘲笑わない。彼の隣に立ち、背中を預かって戦ってきたから、その苦しみは痛いほど判る。

 「……後で、渋谷に行きたい」

と流雫は言う。

「いいよ、あたしも美桜さんに会いたい」

と澪は答える。流雫が何を思っているか、澪には判る。


 アウロラと別れる直前、澪はアウロラとSNSのIDを教え合った。彼女が、イベントの後で会いたいらしく、澪に連絡すると言っていたのだ。流雫もIDこそ教えたが、別に活用することは無いだろうと思っている。

 池袋を後にした2人が降り立ったのは、渋谷。目的は、ハチ公広場の端に建つオブジェクト。そのレリーフには、トーキョーアタック慰霊碑と刻まれている。

「美桜……」

「美桜さん……」

2人の高校生は、とある少女の名を呼ぶ。

 欅平美桜。流雫のかつての恋人。トーキョーアタックで、まさにこの場で命を落とした。空港で遭遇した流雫は逃げ切って無事だったが、同級生からの一報に膝から崩れ泣き叫んだことを、今でも鮮明に覚えている。

 そして澪は、一度だけ夢で逢ったことが有る。流雫への想いに偽りは無い、しかし美桜の死の上に成り立つ愛を喜ぶべきなのか、そう迷っていた頃に。

「流雫のこと、頼むよ。澪」

そう言ってほしかったから、夢に出て来た。今はそう思っている。

 その約束を護り続ける。それが澪の、何が起きても犯人に屈しない原動力だった。

 美桜の死が、流雫と澪を引き寄せた。そして今は、彼女が2人を護っている……2人はそう思っている。だから今までも、テロで死ぬこと無く生き延びてきた。

 ……何も間違っていない。ゲームとリアルを区別できていないことすら。そう肯定されている気がして、流雫が

「サンキュ、美桜」

と呟くと、後ろから

「いた」

と声が聞こえた。声の主……キャリーバッグを転がす少女は、オレンジの服にブラウンのスカート。私服に戻ったアウロラだった。

「アウロラさん……?」

「本名、教えてなかったわね。悠陽よ」

と、先刻までコスプレイヤーだった少女は言った。

 アウロラ改め、天王洲悠陽。都内に住み、流雫や澪と同い年。

「街中でハンドルネームは流石にね」

と言った悠陽に連れられ、2人はドーナッツ屋に入る。

 「流石に楽しむ気にはならなかったから、帰ることにしたの」

そう話を切り出した悠陽は問う。

「EXC、やってる?」

2人は同時に首を振る。

「もし始めるなら、インビテ送るわよ?」

インビテ……インビテーション、即ち招待コード。これが無くても始めることはできるが、有れば最初からフォロワー同士でいられる。最近はフォロワー同士限定でコミューンを形成するケースが多く、ソロ……1人で始めるより難易度が低い。

 「僕は要らない」

と拒否した流雫とは対照的に、澪はSNSのメッセージ機能で受け取ることにした。元々同級生から誘われていたが、無課金でも遊べるなら時々ログインする程度で十分だ。

 悠陽は流雫を残念だと思う一方で、澪とは一緒に楽しめるだろうと期待していた。


 東京でデートの時は、大体澪の家に泊まる。それは流雫よりも澪が望んでいる。ただ同じ部屋にいるだけで落ち着く、そう云う感覚だ。

 流雫は床に、澪はベッドに座り、スマートフォンを握り、それぞれの相手と話している。

「今度はイベントで銃撃かよ」

とフランス語で言った少年は、溜め息をつく。

 アルス・プリュヴィオーズ。フランス西部の都市レンヌで生まれ育った。流雫とは同い年。

 流雫と知り合ったのは、以前彼がレンヌに帰郷した時だ。流雫の過去を大きく変えることになったパリでの大規模テロ、或る意味ではその当事者だったアルスは、その贖いとして流雫に力を貸すことに決めた。

 それが今では、流雫にとって澪の次に仲がよい存在だ。日本への短期留学で流雫と同じ部屋で過ごした経験も有る。

「ただ、判りやすい動機だし、これが別の何かの伏線とは有り得ないだろ」

「とは云え、日本は何時も厄介なことばかり起きる。今度こそ、何も無いといいがな」

「そう願いたいよ」

と流雫は言った。

 その後ろにいながら、2人が何を話しているのか全く判らない澪に、彼女の相手は

 「暇つぶし程度なら悪くないかもね」

と言い、澪は言葉を返す。

「詩応さんとなら、面白いかも」

 伏見詩応。名古屋に住む女子高生で2人と同い年。ボーイッシュな外見と男勝りな性格で。元陸上部。

 姉の死がきっかけで、流雫や澪と出逢った。何より澪を慕っている。流雫にとってのアルスのようなものだ。

「どうせだし、一緒に始める?」

と誘った詩応に、澪は

「じゃあ、ダウンロードしますね」

と言った。アプリ容量は4GBと大きいが、Wi-Fiを使えば問題無い。

 悠陽から受け取ったインビテは、一応使うことにした。単にフォロワーと云うだけでSNSの延長、その認識だった。

 通話しながら登録する澪を見る流雫は、アルスと話しながらSNSでEXCを検索する。

 プロモーションやプレイに関する投稿が溢れる中で、気になるものを見つけた。3日前のものだ。

「昔の俺に殺された……?」

「何だ、それ」

「そう投稿されてる」

と流雫は言う。ただ、同様の投稿は他に見当たらない。

「同じ名前と同じ外見のアバターがいても不思議じゃない。成り済ましも有り得るが」

とアルスは答えるが、引っ掛かる。

 流雫が気になると言ったものは、どれも思い過ごしでは終わらないからだ。今までもそうだった。

「思い過ごしならいいけど」

と流雫は言う。アルスは

「そうだな」

と答えるしかなかった。先刻と同じ事を言っているが、それに越したことは無いと言い聞かせるためにも。


 澪が始めたアカウント登録は終わり、アバター作成に移っていた。同時に1体までしか持てないが、ゲーム内でキャラクターをロストした場合は、再度こうして作成する。再作成が面倒な人向けに、アバターをプリセットで保存し、呼び出す機能も有る。

 顔写真や似顔絵を元に、画像生成AIが裸体のアバターを生成する。後は微調整し、衣装をパズル形式で組んでいく。

 澪と詩応は揃ってシスター風にした。澪は碧で名はミスティ、詩応は紅で名はフレア。それぞれ大腿を露出させてケープを羽織っている。仮に、悠陽のようにコスプレしようものなら、恐らく露出の高さからカメラを持った連中に群がられて厄介なことになるだろう。

 アバター作成が終わると、最後にパラメータを割り振る。後はゲームを始めるだけだ。この時点からメッセンジャーアプリの通話機能は使えなくなり、ゲーム内のボイスチャット機能を使うことになる。

 フランス人との通話を終えた流雫と目が合った澪は、自分の隣に誘う。綺麗なグラフィックが6インチの画面に映し出される。チュートリアルで操作方法を知ることになるが、GUIは視点の微調整と移動、複数のアクションボタンがフローティング表示されたオーソドックスなもの。初心者でも動かしやすいのが特徴だが、澪にとっては視点を動かさず全てのボタンの位置が判るのが好都合だ。

 チュートリアルは簡単な動きと戦闘の基本で終わった。後は何をしようが自由だ。

 流雫は他人のプレイを見るだけなら問題無い。自分がプレイしなければいいのだ。澪のアバターを見る少年は、しかし先刻の投稿が引っ掛かっていた。

 780万人のユーザがいるのだから、当事者間で問題を抱えているケースも少なくない。その恨みから成り済ましとアバター狩りに走っているのであれば、褒められることではないが未だ判る。厄介なのは、それ以外の理由だ。

 とは云え、澪や詩応が厄介な問題に絡まれないだけでいいのだ。

 その2人のアバターは、広いロビーエリアですぐ見つかった。そして出逢った瞬間、フォロワー同士になる。コミューンとフォロワーは無関係だし、リアルでの関係をそのままゲームでも活用したい。単に東京と名古屋で暮らす2人の共通の遊び場、簡単に言えばそう云う認識だ。

 ゲームフィールドへ移動すると、そこには近未来の街が拡がっている。とは云え、見た目は現実世界とほぼ変わらない。

「割とリアリスティックなのね」

と澪は呟く。すると、突然2体のアバターが走ってくる。その背後からグレーの戦闘服を纏ったアバターが追い、マシンガンを数十発放つ。

 一気に体力ゲージが空になった2体のアバターは倒れ、数秒後に消滅した。……最初に見た光景がキルされる様子だった。

「……PvP……あれ、いいのか……?」

と詩応が呟く。

 ユーザ同士のPvP自体、好ましくないが禁止されていない。しかし一部では、自分よりレベルが低い者を狩るためにPvPを繰り返すハンティングが起きている。

 そして、グレーのアバターにとって最高の獲物が目の前にいる。露出度高めのシスター2体。瞬殺決定だ。惜しむらくは、リアルやVRMMOならできそうなことができないことだ。

 どんなにゲームとは云え、易々と殺されるワケにはいかない。

 新規登録限定で、最初にランダムで武器が与えられる。澪はスナイパーライフルのようなレーザーガン、詩応はマシンガンだった。

「澪!」

「詩応さん!」

2人の声が続き、ミスティとフレアの最初の戦いが始まった。


 見るからに強力な重火器を装備する戦士は、顔もヘルメットで覆っている。防御力は高そうだ。それは逃げようとする2体を軽々と射殺し、マシンガンを手に2人のシスターの前に立ちはだかる。

 ……これはゲームだから、ロストしても死ぬことは無い。だから心置きなく立ち向かえる。そう思った2人に銃口が向く。

「……目的が殺戮だけなら……」

と呟いた流雫の隣で、澪が言う。

「詩応さん、あたしが囮に!」

詩応は

「ああ」

とだけ返した。

 流雫は詩応と比べて足が遅い。しかし、彼女は流雫を厄介に思っている。上下運動に長けているからだ。初級程度のパルクールでも、スピードが伴っていれば十分撹乱できる。そうやって敵の冷静さを奪い、勝ってきた。

 ゲームでは運動能力差は一切無いが、パラメータで調整している。詩応は戦闘力重視の一方、澪はややスピード重視。全ては2人でコンビを組む前提だ。

 碧きシスターがレーザーガンを構えながら動くと、敵の銃口も追従する。

「こっちよ……」

と画面上の動きを凝視する澪が呟いた瞬間、銃口が火を噴いた。

 乱れ飛ぶ弾丸がミスティに刺さる。

「澪!」

詩応は思わず声を上げる。澪は、自分のアバターに出てくる赤い数字を全て呟き、更に飛んでくる銃弾を避けていく。

 流雫は咄嗟に、その数字を小さなノートに書き始めた。

 ドローイングペンから吐き出される黒インクで並ぶ数列は、上下を繰り返しながらも次第に数値が増えていく。流雫は小さな数字を書き足し、

「加速度的に増えていくのか……」

と呟く。2つの数字を起点に、交互に数字が増えていく。体力が減れば減るほど、一発のダメージが重くなる仕様か……。

 澪は試していた。体力の減り方がどうなのか。特に乱射は同じ武器を使うだけに、一定の範囲内でのランダムだろうと思った。だが、違った。そして流雫はその法則に辿り着いた。

「あと2発……」

と言った流雫は、しかし碧きシスターが斃れるとは思っていなかった。


 グレーのアバターが紅きシスターに背を向けた瞬間、フレアはがら空きの背後に飛び込みながらマシンガンを撃つ。絶え間ない銃声と同時に、少しずつ相手の体力が削れていくのがゲージの動きで判る。

 しかし弾数も瞬く間に減り、残り数発だけになる。加速度的に増すダメージの影響で敵の体力は残り僅かだが、肉弾戦では勝ち目が無い。

「伏見さん!突き飛ばして!」

流雫が口を挟む。

 隣に澪の恋人がいるのは判っていた詩応、その意志に従うアバターが銃身と足で敵を突き飛ばす。その瞬間、敵の標的が変わる。やや大きめのアバターがフレアに正対した瞬間、ミスティが動いた。

 碧きシスターのレーザーガンが閃光を放ち、同時にフレアが敵の弾丸を受け止めながら、残りの弾丸を集中させる。

 華麗な、しかしごく基本的な挟み撃ちの戦略に翻弄された敵の体力ゲージはゼロになり、その場に倒れる。

 ハンティングを食い止めたのが、最低レベルどころか始めてたった数分の2人。しかも、自らを盾にしながらの完璧なコンビネーションで。居合わせたユーザは驚くと云うより、唖然としていた。

「ふぅ……」

と画面から目を離し、安堵した澪。詩応は

「ゲームなのに汗かく……」

と続く。薄氷の勝利の余韻は、僅かに鼓動が早くなるほどの緊張感だった。所詮ゲームとは云え、アバターを初戦ロストしなくて済んだ。

 その隣で流雫は、表示される敵の名前とIDを白い紙面に綴ると、スマートフォンを出してEXCをダウンロードする。

「助かったよ、流雫」

「ゲームとは云え、殺されるのはね」

と流雫は答える。流雫らしい答えだと詩応は思った。

 そのうちにダウンロードが終わると、アカウント登録を一気に済ませる。しかし、アバター作成はせず、ID検索機能を開く。

 アカウントさえ持っていれば、専用のSNS機能が使える。その一環でIDを検索できるのだ。その機能を先刻サイトで知った、だからEXCに手を付けただけのこと。プレイしようとは思わない。

 流雫が先刻書いたIDを入力すると、今のIDでプレイヤーが出てきた。だが、その下に表示されているアバターの外見は、たった今澪と詩応が斃したものとは全く違う上に、最後にサーバにアクセスしていたのは30分前だと表示されている。つまり、ログアウトして30分が経っている。

 ……澪と詩応が戦って5分も経っていない。それに、アバターの外見上の変更はSNSにも即時反映されると記載されている。ログアウトしたままプレイすることは有り得ない。

「今斃したの……NPC……?」

と呟いた流雫は、ふと先刻目にした投稿を思い出した。

「まさか……」

流雫はアプリを切り替え、あの投稿を探し、アイコンをタップする。

 SNSのIDこそ違うが、アバターはミスティの眼前で息絶え、消滅したものと酷似している。それが別のアバターの死骸の前に立っていた。更に投稿を遡った後

で、流雫は

「……澪……今の敵……ロストされたアバターだ……」

と言った。

 「……ロストって……?」

「元の持ち主は一度ロストし、別の外見のアバターを作成した。でも、後にそいつに殺されてる。先刻のIDとSNSの投稿が一致してる」

と答えた流雫は、問題の投稿を何枚かスクリーンショットで記録した。何かの時の証拠になるからだ。

 「……じゃあ、アレは何なんだい……?」

と詩応の声がスピーカー越しに届く。……何なのか、僕が知りたい。そう思いながら

「ゴーストなのかな……」

とだけ言った流雫がEXCのアプリを切る、と同時にスマートフォンが鳴った。アルスとは別のフランス人からだ。

「ルナ!」

と名を呼ぶ声。男としては高めだ。

「ミーティア、どうしたの?」

とフランス語で問う流雫。

 ミーティア・クラージュ。流雫の母アスタナ・クラージュの実家は、フランス西部の都市ル・マンに建つ。そこに住む12歳の少年。流雫の従兄弟だ。1年に一度しか会えないからか、流雫によく懐く。

「ルナはEXC、知ってる?」

「名前だけはね。今日フランス語版リリースだっけ?」

「うん。僕、あと3年待たないとできないんだけど」

とミーティアは言う。人を撃つ描写とMMOの特性上、15歳以上と云う制限が有る。中には年齢を偽ってプレイする連中もいるが、律儀だ。

 流雫は、ミーティアとは他愛ない話をした。今から出掛けるらしく、数分だけだったが、可愛い従兄弟だと熟々思う。

 流雫にとっての母国語は、EXCからログアウトしたばかりの澪には全く判らない。だが、その口調からは年が離れた兄弟のように聞こえる。澪は思わず微笑む。

「時々プレイするぐらいが、ちょうどいいかな」

と詩応は言う。そもそも、ゲームにハマるだけの時間は無い。

「そう思います」

と澪は続いた。


 プレイに一区切りを付け、ゲーミングPCから目を離した悠陽は、スマートフォンからSNSに目を通す。

 ハンティングを2人のシスターが止めた。その片方が、昼間インビテを送った少女なのは、登録通知から見られるプロフィールとの照合で判った。

 悠陽も同じようにハンティングを返り討ちにしたことが有る。見ず知らずのアバターで、その時は薄氷の勝利だった。それと同じことが起きている……?

 インビテを送ったのは、ただ一緒に遊べればよかったからだ。ただ、今は彼女に期待しようとしている。今の自分にとって唯一の居場所での救世主として。

「明日会える?」

と私信を打つ悠陽。肯定的な返事が届いたのは、1分後のことだった。


 「池袋に10時」

と手帳に書いた澪の隣で、流雫はEXCについて軽く調べていた。

 配信元はUAC。大手レコード会社傘下のコンテンツ配給を専門とし、エグゼコードの企画を立ち上げたことでも知られる。

 一方の開発元はエクシスJP。ゲーム開発はエグゼコードシリーズが初めてだが、元々クラウド系のグループウェアに強く、そのノウハウからEXCのオペレーションも任されている。

 その双方のEXC関連サイトやSNSを見てみたが、ハンティングについては言及されていない。問題無いと思っているのか、把握していないだけなのか。

 全ては無関係だと思っているが、そうではないと云う予感も脳を過る。だが、それは明日。今は恋人との穏やかな時間を過ごすだけだ。

 2人の恋愛を火に例えれば、静かに、しかし確かに燃え続けるキャンドル。一緒にいられなくても、互いの存在を感じていられるだけで、何にも屈しないだけの強さが宿る。

 少しだけ甘えて誘う澪の唇に、流雫の唇が触れた。


 翌朝10時。数分前に池袋駅に着いた2人を悠陽が出迎える。今日もコスプレするが、昼過ぎから。午前中は時間が有り、一先ずカフェに入る。

「……澪がハンティングを倒したことは知ってるわ」

と悠陽は切り出す。

「隣で流雫がアドバイスしたから、勝てたようなもので……」

と澪は言葉を返す。間違ってはいない。

 「ロストしたアバターが何故か生き返った。誰も触れないハズなのに」

「誰が操って……」

「システムのバグ……?」

と澪は言う。それしか思いつかない。

「ロストしてもデータは残されてる?」

「プレイ履歴や統計のためにデータを残すけど、アバターそのものまで残してる……?」

「だとすると、そのアバターが突然動き出した。まるでゾンビのように」

と流雫が言うと、澪は

「……悠陽さん。悠陽さんが倒したアバターのID、判ります?」

と続く。流雫は咄嗟にノートを開き、悠陽から見せられたIDを書き写すと、EXCを起動させた。

 SNS機能でIDを検索し、過去の投稿を遡り、気になる部分を書き出す。そして昨日のIDにもアクセスする。

 ……共通項は有った。強いことは強いのだが、以前からチート行為が多く、注意喚起が出回っていた。

「……だからロストしたアバターがゾンビ化する……」

と流雫は言う。

「ゾンビ化?」

と問う澪に、流雫は答えた。

「ゾンビの起源だよ」


 フォークロアの範疇だが、ゾンビを信仰上の道具とする宗教が海外に有る。死者の魂が冥府から呼び戻され、肉体が再び動き出すとされているのだ。

 呼び戻す儀式を執り行うのは僧侶で、ゾンビはその奴隷として強制労働させられる。それは同時に、生前の罪に対する罰や社会的制裁の意味合いも強い。

 アルスはフランス発の教団に属する信者で、それ故宗教や民間信仰に詳しい。その彼から学んだものの一つが、生きる死者だった。

 「チートに対する制裁として、ロストしたアバターを復活させる……但し元の持ち主の手が入らないNPCとして」

と言った流雫に、澪が続く。

「まさか」

 「PvPを使ったハンティング、アバター狩り。表示させたIDを危険なユーザと認識させ、孤立化を引き起こす。そのために復活させるとすれば……」

「……NPCじゃなく、中の人がそう装っているんじゃ……」

と悠陽は言う。

「ゲームマスターが完全AIだからって、そこまでできるかな?」

「AIならできそうな気がするけど……」

と流雫は言った。ただ、今この場で交わされるやり取りは全て妄想の範疇でしかない。

 スマートフォンの画面に映るバーチャルなMMOの世界で、何が起きているのか。ゲームをしないとは云え、最早無関係ではいられない。

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