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第3話 ストーカー

 EXCのダウンロード待ちの間に、ブロンドヘアの少年は公式サイトを開く。待望のフランス語版は、正しくはEU版がフランス語に対応していると云うものだ。

 ゲームが事件の引き金とは世も末、しかし日本は何が起きても不思議ではない。アルスはそう思っている。

 EXCはネットニュースでも話題だった。特に経済面で注目されているのは、AIだけで24時間体制の運用を実現させた世界初の事例だからだ。ゲーム運用に特化したAIによる、エネミー等のクリエイトやサポートにより運用コストを抑え、ゲームの競争力向上に寄与すると云うものだった。

 だが、AIの挙動は誰も予測できない。どんな出力結果をもたらすか、その瞬間まで読めないのだ。ディープラーニングが進んだ結果、何時かAIが自我を持つようなことは起き得ないだろうが、予測不能な出力で社会を混乱させる危険は十分有る。EXCと云う社会も、そうなるのか。

 そう思っているうちに、ダウンロードが終わった。

「AIが創世主か……」

とフランス語で呟くアルスに、赤毛の少女が

「EXCのこと?」

と言って近寄る。

 アリシア・ヴァンデミエール。アルスの幼馴染みで恋人。赤いロングヘアが目印。今日はアルスの家に泊まる。

「珍しくゲームに手を出すから何かと思えば」

「遊びたいワケじゃないからな」

と答えるアルス。

「気になることが有るだけだ」

 フランスを含むEUと日本、仕様の違いとしては言語だけらしい。運用も完全AIなら、日本で起きている問題はEUでも起き得る。そう思ったから、ダウンロードしてみようと思ったのだ。

「すぐ飽きると思うわ」

「俺も」

そう言ったアルスは、自分の登録名をキャタスと入れた。災厄を意味するカタストロフィーが由来だ。

 彼が信仰する宗教が、敵対する教団からは災厄をもたらすと言われている。ならば、寧ろ活用するだけ。それに合わせたアバターは、やや死神に寄せた。

「アンタらしいわ」

と言ったアリシアは、ベッドに座る。

 ……アルスが何を思っているか、彼女には判る。ルナがEXC絡みの何かで無関係ではいられなくなった、それがEXCに興味を示したきっかけだと。答え合わせでもするかのように

「俺はルナの味方だからな」

と言った少年は、アプリの起動は明日に回そうと思い、スマートフォンを机に置いた。

 ……アルスが属する教団が起こしたテロの脅威、それから避難するために流雫は両親と離れ日本に移った。言い換えれば、流雫を祖国から追い出した。

 だが流雫は、アルスが事件を引き起こしたワケじゃない、と言い続ける。だからアルスに憎しみを感じたことは微塵も無い。それどころか、その見た目と美桜の死で煙たがられてきた流雫にとって唯一の、同性のフレンドとして慕っている。それはアリシアから見てもよく判る。

 「創世主はシステムとベースモデルを開発した人間よ。ただその先をAIに委ねてるだけ」

とアリシアは言った。

「とは云え、AIがGMを担う以上、一種の神として扱われても不思議じゃないわね」

「神か……」

とアルスは呟く。

 ……人間は、神と悪魔を生み出した。神を拠り所とすべき存在とし、悪魔は神を引き立てるために汚れ役を担う。人々の行動を律する意味でも、神と悪魔の概念は絶大な影響を与えた。

 そして人間は、AIを生み出した。それは瞬く間に様々な形で社会に浸透し、人間の行動に変化をもたらしている。EXCのように大規模MMOを統べるGMとして君臨するのも、必然だった。

 GMはゲームを統括する意味で、神のような存在。だが、一部のゲーム依存症にとっては神そのもの。崇めると云っても、或る一線さえ越えなければいいのだが。


 昨日事件で打ち切られたEXCのイベントは、今日も開かれるらしい。悠陽と別れたカップルは、折角だし少しだけ寄ってみようと思った。本来なら、彼女と知り合うことは無かった一方で平和にイベントを覗けていたのだ。

 2人の視界に、少女2人が近寄ってくるのが見えた。

 ライトブラウンのショートヘアで詩応に似たボーイッシュと、2本の三つ編みが目印の黒いロングヘアに眼鏡を掛けた才女。正反対の見た目の2人の名は立山結奈、黒部彩花。澪の同級生で、流雫との面識も有る。

 同性の恋人同士だ。

「EXCのイベントだから来ちゃった。でも偶然だね」

と結奈は言い、彩花は

「流雫くんも変わり無さそうで」

と続く。流雫は軽く頷くだけだったが、この同級生2人に苦手意識を抱えている。尤もそれは、単に同世代の人と話す経験そのものが欠けているため、どう接していいのか迷っているだけの話だが。

 それ故か、流雫は澪以外の女子には必ず名字に敬称を付けて呼ぶ。澪に対してでさえ、二人称で呼んだことは一度も無い。

 「EXC、あたしもやってみることにしたんだ」

と澪が言い、そこからはゲームの話題になる。

 2人揃ってオタクだが、特に結奈はゲーム開発に興味が有り、EXCは或る意味新機軸のコンテンツだけに最も注目している。

 2人だけのコミューンを形成しているが、澪はそこに誘われた。しかし断り、昨日起きたことを語った。

「……澪らしい」

と結奈は言った。ゲームでのこととは云え、自分たちへの影響を心配している。それが澪の優しさでもあり、弱さでもある。

 その遣り取りを見つめる流雫。この何気ない日常を過ごしていられることを感じていられるからだ。

 結奈や彩花と会った流れで、4人でイベントを見ることになった。エグゼコードの主演声優によるトークショーとデモンストレーションが盛り上がっていた。

 ただ、プレイに関しては澪の方が上……流雫はそう思っていた。澪の意識が宿ったかのようなミスティの挙動は、今のプレイよりもっと繊細だった。

 昨日も、銃撃事件さえ起きなければこうして平和に過ごせたハズだ。悠陽と知り合うことは無かった、それはまた別の話で。


 イベントは何事も無く終わった。それがごく普通の光景なのだが、流雫が吐いた安堵の溜め息は条件反射だ。

 流雫がゾンビと言ったアバターの謎には、当然ながら触れられていない。

 悠陽が思うように中の人が勝手に動かしているのか、流雫のそれのようにAIが動かしているのか。後者の場合、中の人はそのことを知っているのか否か。

 そのうち色々判るだろうが、何だかんだでこれ以上は無関係であってほしい。流雫はそう思っている。だが、遠目に見えた光景は、その期待を一瞬で破壊した。


 複数のカメラを向けられ、構える少女。天王洲悠陽ではなくアウロラとしての今が、充たされる。こうして自分を囲む連中と、恋に落ちることは有り得ないが。

 撮影が一区切りついた。カメラを持った連中の背中を見ながら、悠陽は流雫と澪がいないことに一抹の寂しさを覚える。

 ……何がきっかけかは覚えていないが、周囲から疎外感を感じる日々。時々配信するゲーム実況とコスプレは、そのつまらない日常からの脱却を夢見させた。

 確かに、フォロワーは増えた。しかし、フレンドと呼べる存在は誰一人増えなかった。EXCにも少しは期待した、しかしゲーム内でストーキングされただけだ。

 経緯が経緯とは云え、コスプレ以外で初めて知り合ったのが流雫と澪。今のところ楽しい話はできていないが、仲よくできると期待したい。

 「やっと見つけた……アウロラ」

突然聞こえた声に、悠陽は身体を震わせた。

 聞いたことが無い声色だが、思い当たる節が有る。

「まさか……!」

「どうして避けるんだ?」

と男は声を被せる。厚手のダウンジャケットを着て、顔は普通。

「そろそろ認めろよ、俺のオンナだとさ」

「誰が……!」

「お前がだよ、アウロラ」

男は悠陽の言葉など全く聞いていない。

 EXCでストーキングされ、ブロックと通報をした。だが、SNSではカップル成立と勝手に投稿され、そのフォロワーもそう思い込んでいる。

 ドイツ語で強いを意味するハンドルネーム、スタークに相応しく、痛烈に爽快に敵を薙ぎ倒す銃の使い手。そのためかフォロワーも多いが、コミューンには属さない孤高の戦士。

 イキったその態度も、強さが伴うだけに魅力とされている。ただ、悠陽は何の魅力も感じなかったが。

「男らしさは強さだ。お前は俺の強さに、守られていればいいんだよ」

と悠陽の肩を掴み、不敵な笑みを浮かべる男の声に

「……男らしさ、ね……」

と少年の声が被さる。男がその主に目を向けると、2人の男女がいた。

「強さの本質を履き違えて語っても……」

「邪魔するな!これはカップルの痴話喧嘩だ!」

と怒鳴った男は怒り心頭だ。しかし

「どう見てもカップルらしくないけど?」

と、今度は少女の方が言葉を被せる。

「アウロラのフレンドとして、見過ごすワケにはいかないわ!」

その言葉に、悠陽の鼓動は一際大きくなった。

 フレンドと明確に言った。その言葉が偽りでないことを願いたい。

「フレンドだと?ならば判るだろ、こいつは俺に相応しいと」

「面識は無かったのに、急に近付いてきて勝手に……」

その悠陽の声に、流雫は

「とにかく離れろ」

と続く。予想外の邪魔者に苛立つ男は、

「……アウロラ。次は期待に応える返答、待ってるぞ」

と言って離れながら、流雫と澪を睨み付ける。

「このままで済むと思うな」

そう言い残して去る男の背中を見る流雫の隣で

「悠陽さん?」

と名を呼ぶ澪。悠陽は沈んだ表情で言う。

 「……EXCでストーキングされてて……まさかリアルで迫ってくるとは……」

アバターと、SNSでのコスプレが同じ。それで今日池袋にいると突き止めた。

「……澪、アバターの設定方法、教えて?」

と流雫は言う。それはつまり、専用SNS以外の目的でEXCに触れると云うこと。

 「……でも流雫は……」

「EXCに触れていれば、何か掴めそうな気がする」

と流雫は言った。ゲームは苦手だし、銃火器を扱うのは以ての外。プレイする気にはならない。ただ、澪まで絡まれるとなると話は別だ。

「そうまでして、プレイする必要は無い」

と悠陽は言った。

 ゲームの本質は楽しむもの。配信も楽しさを共有するためのもの。楽しむものではなく、捜査ツールと同列に見る流雫は、その使い方を間違っている。

「でも、それじゃアウロラさんが……」

と流雫は言う。

 先刻、澪がハンドルネームで呼んだ。相手が相手だけに、迂闊に本名を洩らすワケにはいかないと思ったからだ。

 一方で流雫は、恋人以外名字で呼ぶ癖が有る。詩応ですら伏見さんと呼ぶほど。呼び捨てにするなど以ての外だ。逆に言えば、名字が判らないからと、悠陽を下の名前で呼ぶ気にはならない。

 「これは私の問題だから」

と悠陽は言った。

 先刻は助かった、しかしこの2人に余計な心配をさせるワケにはいかない。特にこう云う最悪な理由で。

「……更衣室に戻るわ、じゃあね」

とだけ言って2人に背を向ける悠陽。しかし彼女は知らない。それが逆効果でしかなかったことを。


 カフェに入った2人は、カウンター席で隣同士になると、早速流雫のアバターを生成することにした。流雫の顔写真を画像生成AIで変換させ、それに衣装を組み合わせていく。

 サイバースタイルのスーツは、アメリカのダークヒーローにも見える。年に一度のフランスへの帰郷、その道中に機内で見るアクション映画に影響を受けた。

 そのベースカラーはネイビー。それは流雫のルーツがフランスだからだ。西欧最大の農業国を一色で表すと、トリコロールの左側を彩るネイビー寄りの青。

「流雫らしいわ」

と言いながら微笑む澪の隣で、流雫は

「どのプレイヤーもイコールコンディション……」

と呟く。

 リアルの身体能力の差は無い。流雫の特長もリセットされるが、欠点もそうだ。

 その代わりになるのがアバターの特性だけだが、流雫もスピード重視に振った。戦闘力は低いが、その分撹乱する能力が欲しかったからだ。後は指と、画面の動きへの追従能力だけが頼り。

 名付けた名前はルーン。祖国の言葉で月の意味。ルナがラテン語だから、ゲームではフランス語にした。

「……アウロラさんはよく思わないけどね」

と流雫は言い聞かせる。先刻の悠陽の言葉を思い返していた。だが、自分が彼女とEXCで交わらなければいいだけだ。

「それも流雫のプレイスタイルだし、流雫は何一つ間違ってないよ」

と澪は言う。

 全肯定ボット呼ばわりされても構わない、ただ彼の思いの本質を判っていると云う、揺るがない自負が有る。その上で否定すべき理由が無い、それだけの話だ。

「……サンキュ、澪」

と流雫は言った。

 その場でチュートリアルだけ終わらせる流雫。しかし、MMO特有の動かし方に苦戦し、基本的な戦闘の練習でキルされた。

 筋肉を隠した細い身体は動かないが、画面だけが目まぐるしく動く。その違和感に引き摺られ、全く追い付かない。

 チュートリアルでキルされても問題は無いが、次からはそう云うワケにはいかない。恐らくアバターはプレイ毎に使い捨てになるが、それはそれだ。そのためにアバターのデザインを保存してある。

 ……望むなら、このアバター自体使うこと無く全てが収束してほしい。


 散々な週末に憂鬱な悠陽は1人、更衣室を出て家に向かう。

 昨日撃たれたコスプレイヤーは、未だ重体のままらしい。

 彼女とはEXCで知り合い、フォロワー同士になった。1ヶ月前の話だ。ボイスチャットで遣り取りをする中で、彼女と一度イベントで会うことになった。だが、待ち合わせ場所に辿り着く直前、全てを台無しにする銃声が聞こえた。それがコスプレにも影響して、全く楽しめなかった。

 ……私にはEXCしか無い。EXCこそ、唯一楽しめる居場所。

 何時もと同じようにログインし、白とオレンジの戦士をPCのキーボードで操る悠陽。日替わりのデイリーミッションを先にクリアすると、後は自分好みのミッションを選ぶ。

 だが、突然PvPモードに突入する。悠陽はチャットをトラチャに切り替えた。元はスマートフォンでのテキスト入力支援用に実装されたもので、トランスクリプション・チャットの略。簡単に言えば文字起こし機能だ。

「お前がアウロラか。スタークの顔に泥を塗ったな」

と画面に流れる。

 ……リアルでの報復をEXCで、フォロワーを使って果たす気か。

「誰がスタークの恋人になるか!」

と返した悠陽は、画面上での男の動きに目を向ける。だが、その後ろにも数人いる。

 ……公開処刑。そう思った悠陽は、武器の大型レーザーガンをアウロラに構えさせる。もし1体キルしても、キルされるまでフォロワーが襲撃する仕組みか。

「……どうすれば……」

悠陽は呟く。所詮ゲーム、しかしキルのされ方に大きな問題が有る。嬲り殺されるのは最悪でしかない。

 連中の後ろからやってくる、将軍風のアバターの男が悠陽の画面に映る。

「スターク……!!」

その名を口にした少女の表情は、怒りに満ちている。だが、最後に現れたアバターのマシンガンが火を噴くと、斃れたのは最初に悠陽に近付いた男だった。

「どう云うこと……!?」

予想外の事態に頭が追い付かない悠陽も、周囲の他のアバターと同じように、スタークの機銃掃射を浴びる。少女の脳がオッドアイの少年の言葉を蘇らせたのは、為す術も無く直撃弾を受け続けるアバターの体力ゲージが、残り1割を切った頃だ。

「ゾンビ……!!」

それと同時に、白とオレンジの戦士は膝から崩れ落ち、オレンジ色のケープに肉体を覆われたまま二度と動かなくなった。

 ……言葉も出ない。3ヶ月間、EXCの世界で戦ってきたアバターを、こう云う形でロストするとは。そして、流雫の言葉が正しいとすれば。

「……何が起きてるの……」

とだけ呟くのが精一杯だった悠陽はログアウトのボタンを押した。


 週明けの放課後。セーラー服に身を包んだ少女3人が、他愛ない話で盛り上がる。

「EXC、流雫くんも始めたの?」

と結奈が問う。

「アバターを作成しただけ。ペンションで忙しいから、滅多にログインしないと思うけど」

そう答えた澪に、彩花が

「……アバター同士で結婚式しちゃう?今のうちに予行練習として」

と言った、その瞬間ボブカットの少女は

「けっ……」

とだけ声を裏返し、頬を紅くする。

 ……澪の欠点。それは第三者から、流雫との恋愛で揶揄われると即座に撃沈すること。今までにも何度も撃沈してきた。

「彩花……澪は弱いんだから」

と言った結奈も笑いを禁じ得ない。

「2人して……」

と言う澪の目は笑っている。

 こう云う話で盛り上がれる今が、とにかく楽しい。結奈と彩花だけが、今の学校での味方。そして3人で過ごせるこの日常こそ、平和の象徴。


 3人は学校の最寄り駅で別れた。改札を通ろうとした澪の目に、ブレザーの制服を着た少女が映る。

「悠陽さん……?」

澪は思わず名を呼んだ。沈んだ表情で俯く少女は顔を上げ

「……澪……」

とだけ声に出す。そして、次の言葉を彼女が口にするより早く

「私……殺された……」

と続けた。

 立ち話程度で終わる話ではない、と思った澪は悠陽をドーナッツ屋に誘った。端の小さなテーブル席に座る2人の女子高生。

 ……スタークのフォロワーに襲われそうになった、その後ろからスタークが現れ、フォロワーもアウロラも皆殺しにされた。そう言った悠陽の言葉を、小さな手帳に走り書きする澪は、スタークについてSNSで調べ始める。

「その場にいたアバターは、全てキルされたわ……」

と言った悠陽の向かい側で、気になる投稿を見つけた澪は言った。

「……スタークも、キルされてます……」

その瞬間、悠陽は眉間に皺を寄せた。

 悠陽がアバターをロストする3時間前、スタークがキルされた。彼とミッションに同行し、同時にアバターをロストしたユーザがそう投稿している。

「やられた。全く歯が立たない。あんな敵ダメだろ。AIバグだ」

澪はその投稿をスクリーンショットに保存すると一言、

「ゾンビ……」

と言った。


 澪は、昨夜PvPやハンティングについて調べていた。

 PvPは、相手の決闘要求を承認して初めて成立する。一方的に始めることはできない。そしてハンティングは、短時間で連続してPvPを仕掛けることで条件が成立する。

 ……エネミーにキルされたアバターがユーザの手から離れ、それが何者かによって蘇り、ゾンビとして殺戮を始めた。

「悠陽さん、スタークの評判は……?」

「豪快と大胆が持ち味で人気だけど、一方でハンティングやコミューン破壊を繰り返してるわ」

と悠陽は答えた。

 コミューンを統べるマスターを失ったコミューンは、新たなマスターを決めるか解散するかの二択を余儀なくされる。コミューン同士のバトル機能も有るが、破壊するにはPvPを使ってマスターをキルするだけだ。そしてスタークはその常習犯だった。

「でももっと有力な可能性はチート。この前の2体と同じように。あくまで可能性でしかないけど、最も重い罪はチートだから」

と悠陽は続ける。

 ゲームの世界でも、人間の意志が集まれば行き着く先は必ず、弱肉強食の競争社会。ただリアルでの生き死にには無関係と云うだけだ。

 チートだろうと手を染めたい、そう云う連中もいる。全ては、EXCと云う世界で同じアバターで生き続けると云う欲望のために。

 その言葉に、澪の脳で線が結ばれる。そう、流雫が簡単に説明したゾンビのレシピだ。それがこのケースにも当て嵌まる。

「チートだとしても、強さこそ正義。それが度を過ぎて、スタークはエネミーに処刑された。そしてゾンビとして復活し、殺戮に走った。スタークのアカウントへの制裁と、ユーザへの見せしめとして」

「あまりにも出来過ぎじゃ……」

「あたしもそう思います。でも、死に神としての刺客がユーザのレベルとは桁違いなのは、AIのバグではなく処刑のためだとするなら……。謂わばEXCの浄化作用」

と、澪は悠陽に答えていく。

「EXCの浄化を狙った措置、としては遣り過ぎじゃ」

「浄化装置の裏に何か有る……?」

「……ラノベのネタにはなりそうね」

と悠陽は言い、澪は軽く笑う。原因はどうであれ、快適にゲームを楽しませるための浄化装置でしかない。そうであってほしい、と願いながら。


 放課後、流雫は学校の駐輪場でスマートフォンを耳に当てていた。美桜の死をきっかけに学校で孤立を選んだ流雫には、誰も近寄らない。尤も、近寄ったところで何語を話しているかすら判らないのだが。

 「一般論では、アバターに関する権利はユーザのものだ。だが、EXCはロストした時点でその権利を破棄する規約が明文化されてある。つまり、ロストとはアバターに関する権利を手放すことでもある」

と端末越しに聞こえるフランス語の主はアルス。フランスは朝だが、彼は昨夜遅くまで色々と調べていた。元々知的好奇心が旺盛な性格で、それが博識の源だ。

「権利面では、宙に浮いたアバターをオペレーターサイドで再使用しているだけか……」

「そうだ」

とアルスは返す。

「ゲームサーバのAIが処刑してロストさせたアバターを、ユーザとのリンクを解除した上でゾンビにカテゴライズする。そして、AIの操作によって他のユーザを襲うようになる」

 「何故AIだと?」

「人間には、それぞれ固有の癖が有る。どんなに成り済ましたところで、癖までは真似できない。俺とお前の間でさえもな。だが、AIなら癖を学習して、かつての持ち主を演じられる」

と答えるアルスに、流雫が更に問う。

「……だとすると、挙動がデータベースに蓄積されてる?」

「可能性は高い。何故そこまでする必要が有るのか、までは判らないが」

「他のNPCの挙動に反映させる程度か、それ以外の理由が有るのか……」

と言った流雫にアルスは溜め息をつく。

 「仕方ない、スターダストコーヒーのチケット5枚で、我が女神に守護の祈りを捧げてやろうか」

「で、アリシアには?」

「当然、俺からの奢りだと言うさ」

「絶対言うと思った」

と言い合って笑う2人。流雫が澪の前以外で笑っている時は決まって、アルスと話している時だ。同級生が決して見ない

「今から帰るんだろ?俺は今から学校だ。気を付けろよ」

「アルスもね」

と8時間の時差を越えた通話を切った流雫は、ネイビーのロードバイクに跨がった。

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