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第4話 口封じの刺客

 澪と詩応がゾンビアバターと戦って2日経ったが、UACもエクシスもゾンビについては口を閉ざしたままだ。

 悠陽はキーボードとマウスを忙しなく動かし、アバターを再作成していた。昨日失ったアウロラはエグゼコードの世界観を踏襲したものだったが、今度は名前こそ使い回すものの、外見はほぼゼロベースだ。

 太陽を表すオレンジをベースにしながらも、澪の碧きシスターを意識した。彼女は今の悠陽にとって、一種の希望だからだ。

 パラメータの割り振りも終わると、悠陽は早速ロビーサーバにアクセスした。


 流雫はカフェ以降、EXCはSNS機能しか使っていない。今はプレイする必要も無いが、とにかく漁ってみた投稿が引っ掛かる。

「オペレーターサイドへの批判が無い……。制限か?」

と呟く流雫。

 一般的なSNSでは、2社への批判が見られる。特にゾンビによる殺戮に対しては不可解な部分も多く、説明が無いことへの不満が高まっている。しかし、専用SNSにはそれが見られない。

 不満や批判はSNSのガイドラインに相応しくない、と投稿できないようになっている……そう見るのは当然のことだった。

 不意にスマートフォンが鳴る。澪からだ。

「悠陽さんも、ゾンビにキルされたらしいわ」

週明けの恋人との通話は、その一言から始まった。

 アルスが言ったように、AIが挙動全てを学習し、操っている。そうでないと説明がつかない。

 エクシスの強みは、AIによる業務支援も含むパッケージ。特にその性能でシェアと業績を伸ばしてきた。そのノウハウを活用し、MMO用のAIを使ったシステムパッケージを組んで運用しているのがEXCだ。

 無論、AIも人の手によるメンテナンスが必要になる。異常な出力を防ぎ、安心した稼働を続けるためだ。人間が生み出した人工知能は、フィクションで有りがちな完全自律には程遠く、今のところ人間の支援ツールでしかないのだ。

 当然、ゾンビを操るAIの挙動次第では、更に不可解な事態に陥る。AIの出力結果の予測は、人間の行動予測以上に困難だからだ。

 流雫はスタークが引っ掛かっていた。昨日対峙した一件が引き金ではない。キルされ、数時間後にアバターを殺戮に使われ、アウロラも蜂の巣にした。

 悠陽が言ったように、チート行為が原因だとすれば自業自得でしかない。だがそうでないとすれば、何が原因なのか。

 そもそも、EXCを始めなければ、こう云うことにはならなかった。池袋でデートしようと思わなければ、あの銃撃事件も完全に他人事でしかなかった。だが、今更嘆いたところで混乱が収束するワケでもない。

「……スタークがログインした。会ってくる」

と流雫は言う。SNSでのログステータスがグリーンを示したからだ。

 「あたしも行く!」

と澪が言った。何をしようとしているのか、恋人だから読める。


 ログインした流雫と澪。2体のアバターがロビーサーバで合流すると、ボイスチャットを始め、ゲームサーバにアクセスする。

「何か、違和感が有る……」

と言った流雫に、澪は

「でもこれで、EXCでも流雫といっしょだね」

と言葉を返す。

 フィールド上を移動する2人。スーパーヒーローっぽいルーンと碧きシスターのミスティ、その組み合わせは多少なり異様だが、ゲームの世界だから違和感はあまり無い。

 現実世界に例えれば1メートルほど離れた後ろから、アバターの背中を見ている感覚だ。歩くだけなら、流雫も画面の動きを正しく追える。

 やがて、2人の画面にスタークが映る。

「スタークだ……」

「トラチャするわよ」

と澪が言い、流雫はそれに従う。仕様上音声が切れるのは避けられないが、それと同時に動いたのは流雫だった。

 「スタークに話が有る……」

「誰だ?」

「昨日アウロラと一緒にいた……」

「EXCで決着をつける気か?」

と問うスタークに、2人は

「PvPしたいとは思わない」

「キルされたアバターの件よ」

と続く。

「アバターが何故か復活し、アウロラやフォロワーを次々と殺戮していった」

「俺のアバターだ!AIのバグで殺され、乗っ取られた!EXCの連中にな!」

とスタークは返す。

「……僕は知りたいだけだ、EXCで何が起きているのか」

「EXCは優れたゲームだ。今までやってきたどのMMOより面白い。だがゲームを統べるAIだけが問題だ」

とスタークは返す。

 ゲームオタクでファンタジーが好きなスタークは、今まで4本のMMOで遊んできた。それだけにEXCへの評価は忖度無しで高い。

 だが、運用をAIのみで賄っていることが唯一且つ最大の問題だと思っている。

 「だから俺のアバターも奪われた。バグと呼ぶには不自然過ぎるほどの強さでな」

「……チートに対する処刑じゃないなら一体……」

「チートなんかするか!!」

と、スタークは怒りに満ちた返事を打つ。

「ゲームで禁止されていないものには手を出す。それが俺の正義だ。だが、チートで強くなるのは言語道断!大体、AIの運用ならその挙動やログを見逃すハズが無い。だが俺はやってない!」

 流雫は、スタークのキルはチートが原因だと思っていない。だが、相手はチートと云うワードに過剰反応した。

「あのAIは自分に批判的なユーザーに目を付け……」

 ……今は話題を変えなければ、何も進まない。そう思った澪は問う。

「……何故アウロラにストーキングしたの?」

「ストーキング?俺はアウロラに相応しい男だ。アバターはロストされたが、今までの履歴から強さは証明されてる」

とスタークは答える。恐らく、土曜日の銃撃事件も元を辿れば似たような理由だろう。

 しかしスタークは、アウロラ……悠陽が高校生とは知らないらしい。だが、ここでそう言って、彼女のプライバシーに立ち入るのもよくない。だから澪は隠すことにした。

 「強さはMMOではステータス。でもリアルでもそれが通じるワケじゃないわ!」

澪の声がチャットパレットに綴られる、と同時に2人の画面の端にロボットが見える。大きさは人間を三方それぞれ4倍したほど。

「……今度はアレか……!」

スタークの発言が流れる。ログをスクリーンショットで記録しながら、流雫は

「……狩る気か」

と呟く。

「多分ね」

と澪が返す。

 トラチャの間は澪と直接通話できないのが難点だが、互いにスマートフォン以外のゲーム環境を持たない以上仕方ない。ただ、常にテレパシーでリンクしているように、互いに何を思っているのかが読める。テロと戦う中で自然と培われてきたスキルだ。

 次第に近寄るロボットに、赤い光が吸い寄せられ、それが何本ものレーザーを放つ。全て命中したスタークの体力は瞬く間に2割まで削られる。

 ……再作成したのは恐らく昨日、つまり昔よりレベルとしては低い。とは云え誰から見ても桁違い。スタークの言葉通り、再度処刑する気だ。

 スタークは手持ちの武器で対抗しようとする。しかしマシンガンを乱射しても少し体力を削るだけだ。そして再度レーザーを浴び、スタークはその場に斃れる。

 スタークに声を聞かれる心配は無くなり、再度ボイチャを始める2人。流雫は無意識に

「何なんだ……」

と呟く。スタークにとっては2日連続のキルだが、昨日の今日だ。彼が何をしたのか。

 「EXCのAIを批判したから……?」

と澪は言ったが、流雫は

「有り得る」

とだけ返す。

 ……先刻の話は、スタークのEXCとAIの批判がメインだった。それが原因でキルされたとしても、何ら不思議ではない。その間に澪はエスケープを試みるが、突然現れた仮想バトルエリアから出られない。

「エスケープできない……!?」

と澪は言う。デスゲームの様相を呈し始めた。

「僕が誘き寄せる!」

と流雫が言ったと同時に、澪の耳にやや低めの声が聞こえる。

 「澪!流雫!」

「詩応さん!」

と、澪は声の主に反応する。流雫と詩応はフォロワー同士ではなく、詩応はチャット設定をクローズに設定してある。だから彼女と言葉を交わせるのは澪だけだ。

「澪の居場所がレーダー通知されてたから!」

と詩応は言う。フォロワー同士であれば、誰が何処にいるか判る機能だ。そして流雫がEXCを始めたことは、澪が教えていた。澪が一緒にいるのは2人だけ。自分でなければ、残るは1人。

「アレも土曜に戦った類いの……!」

と澪は言う。だからとバトルエリアに入った以上、逃げることはできない。ロストを避けるなら、勝つしか無い。

 スマートフォンの画面上で、指を小刻みに滑らせる3人。彼の移動がぎこちないのは、目の前のノートに一連の件を書きながらだからだ。

 新規登録で手にした武器を構えるルーン。小さなレーザーハンドガンは、威力は弱いがスピードに影響を与えない。流雫にとっては、ゲームは戦うことが目的ではないから、それで十分なのだ。

 赤い光がロボットに集まり始める。流雫は1発ずつ撃ちながら右にずれていく。

「流雫が囮になると……」

「今のうちに浴びせるしかないか」

そう言葉を交わす2人は、それぞれの武器を手にロボットに立ち向かう。

 ルーンが引き付けているうちに、フレアは少し離れた位置から、ミスティは至近距離から集中砲火を浴びせる。少しずつ体力が削られていくロボットがレーザーを放つが、咄嗟に動いたルーンは命中を免れた。しかし、掠っただけで体力は4割削られた。ダメージが加速度的に増えていく仕様なら、掠っても後1回受ければキルされると思った方がいい。

 突如ロボットは腕を振り上げ、ルーンに振り下ろす。それも直撃は免れたが、体力は残り3割。あと1分程度の命か。

 澪は咄嗟に武器を変えた。レーザーを使うが、形はレイピアそのもの。そして詩応も追随し、レーザーを発生させる鎌を出す。だが、詩応の場合はマシンガンが弾切れだったから、そうするしかないだけだ。尤も、澪のレーザーガンも残り3割しか使えないのだが。

 シュートボタンを連打する澪。碧きシスターは命令のままに、ロボットの背中に碧いレーザーを突き刺していく。だが、その滅多刺しに理性は感じられない。

「流雫っ……!」

と澪が無意識に口にしたのを、詩応は逃さなかった。

 ……アバターを操っているのは流雫と澪。そして澪の性格からして、彼女の目に映るシスターは澪自身で、スーパーヒーロー然としたアバターは流雫そのもの。

 目の前で、命懸けで……否、キルされる前提でロボットを撹乱するのはルーンじゃない、流雫なのだ。

 ……流雫が殺される、澪の脳はそれに辿り着いた。リアルで何度も、銃を手に戦ってきた。その記憶が脳に焼き付き、今小さなフラッシュバックを引き起こす。

 ……何が何でも、ルーンを……否、流雫をキルされるワケにはいかない。

 流雫も、アバターは使い捨てだと言ったが、噛ませ犬のように易々とキルされる気は無い。囮ならその役目を果たしたい。

 レーザーガンはエネルギーを失った。他の武器を持たないルーンは、銃身を振り回すしかない。乱暴に銃身を振り回す男のアバターから照準を外さないロボットに、再度赤い光が集まる。直撃は免れない。

 レイピアからレーザーガンに再度持ち替えたミスティは、至近距離からロボットを撃つ。隣でフレアもレーザーの鎌を振り回す。

 赤い光の収束の後、レーザー放出まで2秒近いタイムラグが有る。その瞬間、流雫は右に避ける。しかし、動きがぎこちない。……スマートフォンの処理落ちだ。

 画面上のエフェクトや動きに端末内の処理が追い付いていない。しかし、まさかこのタイミングで……。

角張った動きと同時に、ルーンの体力ゲージが一瞬で空になる。ただ、数字上は1桁で残っている。

 急に動きが鈍ったルーンを掠るレーザー砲に、澪の脳を絶望が襲う。だが、辛うじて立っているアバターに安堵する。詩応が

「澪!」

と声を上げると同時に、澪はシュートボタンに触れる。碧い光が閃くと同時に、ロボットは集めようとした赤い光を飛散させてその場に倒れる。

 「はぁぁ……っ……」

と溜め息をつく澪。しかし流雫はイヤな予感を抱え、アクションボタンを押す。ルーンはロボットを跳び越え、ミスティを押し倒す。その瞬間、ロボットがオレンジ色の炎を噴き上げて爆発した。

 画面上ではその残骸が散っている。吹き飛ばされたフレアの体力は未だ半分以上残っている。ミスティは少しだけゲージを減らした。しかし、その碧きシスターの身体の上で、ネイビーのスーパーヒーローは事切れていた。

 ……後ろに下がっても、ルーンの残り体力では爆発には耐えられなかった。それなら、そのままでも耐えられたミスティの盾になる最期を選んだ。後で澪に何を言われるかは判っている、それでも。

 初戦でキルされた流雫は、プレイ統計画面からログアウトする。アバターの再作成は澪が求めるだろうが、それは明日でもいい……。


 覆い被さったルーンがピクセル化して飛散し、消滅しても、ミスティは立ち上がらない。

「る……な……」

と呟く澪。幾つかの雫が、滲む画面に落ちる。

 あのままでも耐えられた、しかし流雫は澪のアバターを護ろうとした。その結果、最愛の少年はアバターをロストした。

 流雫は画面酔いを落ち着かせている頃だろう。そして、ミスティを護れたことに安堵しているハズだ。

 だが、澪はルーンの死に流雫の死を想像させた。

 所詮はMMOでしかないが、東京と山梨の物理的な距離を克服する遊び場を、EXCに求めていた。だから理由がどうあれ、流雫がEXCを始めると言ったのが嬉しかった。

 だが、流雫のアバターと並ぶと、使い捨てで終わらせるワケにはいかない……と思うようになった。だから澪は、体力を奪われるルーンを目の当たりにし、焦燥感に襲われた。助かってほしかった。

 しかし、最後の爆発でルーンは斃れた。それもミスティを護ろうとして。これはゲームだと判っている、しかし。

「……澪……」

と詩応は名を呼ぶ。ロボットの残骸も消滅したフィールドには、紅と碧のシスターが残されているだけだ。

 詩応はフレアをミスティの隣に動かし、座らせる。リアルなら隣で抱き締めている。

「……詩応さん……」

とだけしか言わない澪が、泣いていることが、声色だけで判る。

 澪は悪くない。流雫はアバターを使い捨てにする気でいたから、その意味では悪い。しかし何より悪いのは、あのロボットのエネミーだ。

 しかし、その謎に触れるのは今じゃない。今はただ、アタシが澪を慰める……詩応はそう思っていた。

「ありがと……詩応さん……」

と澪は言い、続けた。

「ゲームなのが……救い……」

もしこれがリアルなら、澪は間違いなく再起不能なまでに壊れていた。

 「……ログアウトしよう」

と言った詩応に

「はい……」

とだけ答える澪は、ログアウトボタンを押してアプリを切る。詩応からの着信が鳴ったのは、その直後だった。

「……流雫はあたしを護ろうとした……」

と言った澪に、詩応は安堵する。流雫の名を口にする時、最も彼女らしい一面が見える。

 ログアウトしたと同時に、ゲームでの感情もリセットされた。ゲームはゲーム、リアルはリアル……この切り替えの早さも、澪の特長だった。

「……あのアバターは……見境無くキルしようとしたワケじゃない……。最初から、流雫やあたしを狙っていた……」

と澪は言う。

「狙っていた?」

 「スタークと接触したから、システムに排除すべきと存在だと判断された……。それが最も自然な気がして」

恋人を殺される幻覚と戦った少女は、淡々と答えていく。

「詩応さんは、あたしに近寄ったから同類、敵と認定された……」

「それだけで……?」

「そう思います。だとすると、無差別的な虐殺も、特定のプレイヤーの周囲に居合わせたから狙われた。そして恐らく、先刻のアバターを使って、スタークのゾンビが無作為に暴れ回る……」

と言った澪に、詩応は

「最悪なシステムだ……」

と呟く。

 だが、折角通話を始めたのだから、この話題に全てを割かれるのも癪に障る。2人は他愛ない話題に変えた。 


 流雫は数分だけのプレイで軽く酔った。やはりMMOは向いていないが、スタークから情報を聞き出せたから目的はクリアしたと思っている。

 EXCを切った流雫は、小さなノートにロボットの件も含めて文字を連ねる。

 ……スタークを狙ったロボットが流雫や澪も襲ったのは、同じ場所に居合わせただけのとばっちりに過ぎない。では、スタークはこの24時間で何をしたのか?

 既に画面酔いが収まった流雫は、一つの可能性に辿り着く。そして呟いた。

「……EXCとAIへの批判……」

 確かに、スタークは2人にAIへの批判をぶつけていた。もしそれが2度目の処刑の引き金になったとすれば、挙動どころか発言も全てデータベースサーバに残されていることになる。そして、精査の結果AIに目を付けられた。

 その線を前提に、流雫はスタークの過去の発言をSNSで漁った。

 ……過去にもEXCへの不満を投稿していた。それも、流雫や澪にぶつけたこととほぼ同じ内容で。

「だから消された……?」

と流雫は呟き、スクリーンショットを遡り、気になる発言を書き出していく。

「……AIによる言論統制……何故そうする必要が有る……?」

そう呟き、スマートフォンを耳に当てる流雫の耳に、

「どうした?」

とフランス語が聞こえた。こう云う時の強力な専門家だ。

 「EXCでキルされた。気になる情報と引き換えにね」

と流雫は答え、起きたことを語っていく。

「……妄想の範疇だと思いたいだろうが、残念ながらそれは難しいな」

とアルスは答える。

「一般的なSNSも、投稿の取締はAIだ。個々の感情に左右されない一方、学習結果次第では誤判断も多発する。ただの風景写真がポルノ認定された騒動も、その一例だ」

「ただ、EXCの場合はゲーム内での戦闘と云う形で処刑している。……僕の読みが正しければ」

「当たってるだろうな。批判に対する粛清としては、連中もよく思い付いた」

そう言ったアルスは、少し間を置いて続ける。

 「……MMOで神として崇められるのは、大体はディレクターやプロデューサーだ。だがEXCは、GMが神として崇められている。即ちオペレータAIだ」

「AIへの信仰……?」

「EXCが大好きなオタクにとってはな。元々エグゼコード自体AIがテーマらしいから、その延長と捉えている連中が多いんだろ?そして後々こう言う。世界がエグゼコードに追い付いた、と」

と言いながら、アルスはEXCの特集サイトに目を通す。

 ……日本人プロデューサー曰く、EXCが担う役目は2つ。既存のエグゼコードのファンに対する、新サービスとして。そして、MMOが好きなオタクに対する、エグゼコードへのランディングコンテンツとして。海外ユーザーには後者のアプローチを主体とする。

「EXCは2つの層を結び付けるコンテンツだ。それだけに、特に運用に対する批判は潰したいんだろう」

フランス人はそう言って、溜め息をつく。

「……だとすると、狂ってやがる」

 AIで肯定的な意見だけを集め、EXCブームを拡大させたい連中がいる。一方で、AIに新たな時代の神としての価値を見出そうとしている連中もいる。

 謂わば、EXCと云う舞台で繰り広げられるAI狂騒曲。AIの出力結果が予測不能なように、その行く末も予測できない。そしてアルスは、それがEXCの枠を飛び出すことを怖れていた。

 0と1の集合体は自我を持たない。それは完全自律AIの暴走と云う事態が有り得ないことを意味する。だが同時に、扱う人の意思の善悪を自分で判断できないことでもある。

 悪意を持った何者かがAIを操れば、AIに盲目的な信者を通じて社会を操作できる。そのブレイクスルーは、たった1人インフルエンサーがいるだけで引き起こせる。社会に影響を及ぼすことは、想像以上に簡単だろう。

 「お前とミオは、スタークの話を聞いたから狙われた。スタークの発言と同時に、AIが刺客を生成して投入したんだ」

「口封じのため?でもアバターがキルされてるだけだから、リアルで生きてるなら……」

「キルしたところで意味は無い。その通りだ。連中もそれぐらい、判ってはいるだろうがな。だがこれで、お前はAIに目を付けられた可能性が有る」

とアルスは言う。それは流雫も覚悟している。

「リアルで死ななければ……」

と言った日本人は、最愛の少女も同じ目に遭っていると思った。

 澪……ミスティだけは止めればよかったのか。しかし、澪は流雫の孤独を望まないことを知っている。それがMMOの世界でも、同じことだ。どうやっても止められないなら、護るだけのこと。

「まあ、連中は黙って遊んでるだけの賢いユーザーが欲しいんだろう。現実はそうじゃない奴もいるが」

と言ったアルスに、流雫は続く。

「僕みたいに?」

「俺もだ」

とアルスは笑った。

 自分を愚かだと言う2人は、だからこそ真相に辿り着けると思っている。


 EXCからログアウトした悠陽は、澪とは会えなかった。一方、スタークが2日連続でキルされたことは、噂で聞いた。

 憶測が飛び交うゲームフィールドで新しいアバターを操りながら、悠陽は流雫を一蹴したことを自分もしていることに一種の皮肉と屈辱を感じていた。自分のアバターを不可解にキルされたのだから、疑問に思うことは当然と云えば当然なのだが。

 ……気になることが有る。明日、澪にメッセージを送ろう。そう決めた悠陽はPCの電源を落とす前に、SNSに目を向ける。

 勝手に恋人認定して接近してきただけに、擁護する気は微塵も無い。しかし、2日連続、それもチート級のエネミーでキルされたことは、流石に同情を禁じ得ない。

 夕方、澪の前ではチートの可能性を指摘したが、それは他に理由が思い浮かばなかったからだ。スタークはあの性格だが、チートを噂されるユーザーと協力することは無く、寧ろ敵対していた。

 ゼロから謎に立ち向かう中で、鍵を握るのは澪。そして未知数ながらその恋人、流雫。彼と会うことはほぼ無いだろうが、澪を通じた関係は持っているべき……。

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