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第8話 逆恨み

 翌日、椎葉は山梨に向かう特急に揺られていた。ワーケーションとして近場の観光地に向かっているのだ。

 河月駅の改札を出て、タクシーに乗る椎葉。ユノディエールと指定した行き先は、人気のペンションの名だ。

 開業に尽力したフランス人の故郷のコミューン名を冠した2階建ての建物、最後に埋まった1室は完全に1人用だったが、寧ろそれが椎葉を落ち着かせる。

 部屋にはテーブルと椅子とベッド、電化製品は電気ケトルのみ。

 チェックインしてすぐ、ラップトップPCを開く椎葉。ケトルで淹れたインスタントコーヒーを啜りながら、キーボードを忙しなく叩く。昨日課題として残ったフィクスは3時間で片付いた。午前もオフィスで作業していたから、延べ6時間か。新宮が遺したシステムとの整合性も、問題無い。

 大きな溜め息をついて、背筋を伸ばす椎葉。同じ作業でも、環境が違えば進捗も変わる。

 窓の外は既に暗い。時計を見ると、そろそろディナータイムだ。椎葉はダイニングへと下りた。


 ディナーは、河月湖で養殖された淡水魚と周辺の野菜を使ったメニューだった。腹に入れられれば何でもいい、それほど普段は飲食に無頓着な椎葉も、珍しく堪能した。

 食後に選んだコーヒーを差し出すのは、シルバーヘアで中性的な顔立ちの少年。彼は軽く頭を下げると、共用リビングのテレビがニュースを報じた。トップニュースは、昨日澪が遭遇した通り魔事件の続報だった。流雫が

「アウロラさん……」

と呟く。悠陽の本名を知らないからだが、それが椎葉を突き動かす。

「アウロラ……?」

「え?」

と問い返した流雫に、椎葉は言う。

「今、君が言った……」

「あ……」

と流雫は声を上げる。

 アウロラこと悠陽は何故狙われたのか。そしてあの時、澪が何を思って戦い、自分に震える声をぶつけたのか。昨日の今日だが、未だに明らかにならない疑問に囚われていた。

 椎葉はデジタル名刺機能も持つIDカードを出し、名乗る。

「EXCのデベロッパー、エクシスの美浜だ」

「……中の人……?」

と流雫は言う。僅かに頷く椎葉は問う。

「スターク、その名前を聞いたことは?」

「何度か。一昨日、僕の目の前でアバターをキルされた……」

と答える流雫。

「その時、何か変な様子は……」

「居合わせた僕も狙われた……それぐらい……。僕がキルされ、次の日ゾンビになって……」

「ゾンビ?」

と椎葉は問う。

「かつてのユーザーの意思とは無関係に動き回るから、ゾンビ化したように見えて……」

「ゾンビとは面白い言い方だ。気に入った」

と椎葉は言い、流雫を部屋に誘った。ここから先は、PCが無ければ始まらない話だからだ。

 椎葉はドアを閉めるとベッドに座り、

「……IDは?」

と問う。椅子に流雫はスマートフォンを開いて見せ、椎葉が膝に乗せたPCに入力する。

 ……データベースから取り出した流雫のアカウント情報、そのプレイデータが画面に表示される。そのステータス枠は黄色を示し、中には赤色でA5と210の字が交代で表示されている。

「これは?」

と、流雫は向けられた画面を見ながら問う。椎葉は気になる枠に指を向ける。

 「本来は非公開だが……。黄色は、ユーザーのステータスがコーション……つまり要注意と云う意味だ。A5は、その原因としてプレイ中に問題を起こしたことを意味する。そして210は、アラートが掛かったユーザーとの接触だ。……実際、スタークはアラートが掛かっていた。奴と何を話した?」

「不可解なアバターのキル、そして復活のこと。……知りたいことが有って、その時初めてプレイした。スタークは怒り心頭だった」

と、流雫は答える。椎葉の頭で、彼のアバターが狙われた理由は瞬時に判った。

 「……つまり、君がスタークと接触し、会話したからAIがコーションだと判定した。挙動から発言まで、全てAIの判断材料になる」

「アラートのユーザーの言動には、全て否定的で敵対的な対応をしなければ、そう判定される。ましてや、初プレイでの接触はグルになるためのアカウントと捉えられかねない」

と椎葉は続け、コーション履歴を開く。

「初回数分のプレイだけでコーションが掛かるのは、余程だな。AIがスタークを敵視していたのがよく判る」

 初プレイでコーションのステータスを受けた、だから処刑され、自分のかつてのアバターと云うゾンビに襲われた。憶測でしかなかったことが、このエンジニアによって確証を得た瞬間だった。椎葉は思わず、溜め息をつく。

 A5はよく有るコーションのステータスだが、その200番台はモラルハザードと云うカテゴリ。スタークのようなプレイする関係者が有利にならないよう、エンジニアによる修正が不可能な領域だ。

 目を付けられないよう大人しいプレイを続け、何時か訪れるだろうコーション解除を待つしか無いのだ。それも全て非公開だが。

「アウロラさんは、スタークにストーキングされてると言った。そしてスタークが死んだ昨日、AIを崇める不審者に駅で襲われた。……僕の恋人が、彼女を助けて犯人を追った。EXCの内外で何が起きているのか……気になるんだ……」

そう言った流雫のオッドアイに、興味本位は見えない。

 「名前は?」

と問われ、

「流雫……」

と答える少年。ルナ、だからプレイヤーネームはルーンなのか。そう思った椎葉は次の問いをぶつける。

「何が起きているのか、追って何をしたい?」

「……平和に過ごしたい」

と流雫は答える。

 「オフ会が発端の殺人未遂、スタークの殺人、昨日の……」

「スタークの殺人……?」

椎葉は言葉を遮る。流雫の言葉が引っ掛かった。

「スタークは自殺じゃなくて殺された……そう思う」

「何故?」

 「昨日の駅の事件も、犯人はAIを崇拝するような口振り、そう聞いてる。アウロラさんは確かにAIに疑問を持っていたし、スタークもAIには批判的だった。だから飛び込み自殺に見せ掛けて粛清された……」

「AIを崇拝する?馬鹿馬鹿しい」

と椎葉は一蹴する。だが、それは彼の願望でもあった。


 時代は、謂わばAI戦国時代。猫も杓子もAIに飛び付いている。エクシスの直近の勢いもAIの恩恵によるもので、その意味ではAIを崇拝せざるを得ない。ただ、その程度であってほしかった。

 EXCのアドミニストレータAI、その生みの親として政治的、宗教的な思念が微塵でも絡むことを望まない。

「……だが、現にそう云う奴がいると云うのも事実か」

と続ける椎葉に、流雫は言った。

「だから、EXCで起きる一連の真相を暴くことで、リアルで平和に過ごせるなら……」

 ……この少年はバカだ。椎葉は眼鏡越しに映る流雫に、そう思った。捜査ツールとして見ている時点で、どうかしている。

 1人だろうとパーティだろうと、誰もが楽しめるのが本来のゲームのハズだ。戦う以上は誰もが勝ちたいと思うが、バトルの結果は一区切りを付けるためのものに過ぎない。EXC担当になった椎葉は、それまで全くの無縁だったゲームの存在意義をそう見出していた。

 遊ぶためではなく、事件を追うためだけにログインしていると云うのは、その意味では不可解でしかない。

 だがゲームが、EXCが殺人事件の引き金になっているのも事実。スターク……新宮は殺された、その見方では流雫と椎葉は合致する。自分が携わるコンテンツへのアプローチ動機は邪道でバカだと思うが、だからと蔑むことはできない。

 「……アバターのロストでステータスが変わることは……」

と流雫は問う。しかし、椎葉は明確に否定する。

「本来は変わる。だがこのカテゴリだけは変わらない」

 「ロストすると、再生成時に新たな武器や所持金が得られる。その多寡は統計によって増減するが、モラルハザード扱いのユーザーには常に不利になるよう、プログラミングされている」

「そもそも、エグゼキュータ……処刑のためのエネミーを投入された時点で、ロックオンされたアカウントが勝つ術は無い。オペレータAIやゲームサーバは、そうプログラミングされているんだ」

「確かに軽微なコーションならば、ロストを繰り返すことで救済される。ただ、モラルハザードは最初からアバターをキルされることが決定している。その予定調和に対しての救済は禁止、それがEXCの仕様指示に上がっている」

と続けた椎葉は、コーヒーを啜る。流雫がサイフォンで淹れたものは、少し苦味が強いが好きな味の系統だ。


 ……どうやってもコーション解除は有り得ない。ならば、アルスからも釘を刺されたがロストを繰り返せば……、と思ったが、それは叶わないことを流雫は思い知らされる。

 もし叶ったとしても、澪が認めない。犯罪行為に手を染めない限り、澪は何が有っても流雫の味方。EXCでも、それは変わらない。だから一昨日のようなロストを認められない。

 だが、自分といれば澪までコーションが掛かるハズだ。詩応やアウロラまで伝染していく可能性すら有る。

 アカウント上の安全か、EXCでの旅を楽しむためか。澪のためを軸とした最適解が流雫には見えない。EXCがゲームの世界だからこそ、陥っている。

 「そっか……」

とだけ言った流雫に、椎葉は釘を刺す。

「アバターの使い捨ては感心しないな」

「判ってはいるけど……」

と流雫は言う。そもそも、エグゼキュータに勝てないことが決まっている時点で、事実上の使い捨てだが。


 アバターは使い捨て、そのプレイスタイルは邪道としか言いようが無い。だが置かれている立場からすれば、流石に同情を禁じ得ない。

 それに、新宮がアウロラに目を付けていたことは、ストーキングと云う言葉で少なからず知っている。その点は有利に働くだろう。

 椎葉は数十秒置いて、思ったことを口にした。

「……君のアカウントをチートにすることはできないが、力を貸すことはできる」

「力を貸す?」

と訝る流雫。突然そう言われるとは予想外だったからだ。どんな裏が有るのか。

 少し警戒するような目付きになるオッドアイを見つめ、頷く椎葉。そして言った。

「アウロラと名乗るユーザーは俺も知っている。スタークが目を付けていたのもな。ただあいつは、寧ろアウロラを助けようと思っていた」

 スタークがストーカーのようにアウロラに近寄った理由は、助けようとしたから?あの場を見る限り、そう思える部分は無い。疑問だけが流雫の脳を支配する。

「でも池袋で見たのは……」

「確かに強引だったとは、死ぬ前の日に言っていたよ。ただ、ああするしか無かったのも事実だ」

と椎葉は言う。

 アウロラのステータスもコーションだった。カテゴリはA6の105、それはAIへの疑念だった。この不可解なカテゴリの実装は、初期の仕様指示から変わらない。

「……今からの話はオフレコだ」

と椎葉は釘を刺す。或る意味ではユーザー……つまりエクシスにとっての顧客の情報を洩らすことになるからだ。一瞬躊躇いもしたが、新宮の誤解を解くためにも必要だと判断した。

「元々、スタークは自分がアラートユーザーだと知っていた。皮肉にもそれが、システムが正常であることを示していた。不正検知システムの開発者として、大仕事を正しく成し遂げた証拠だ」

 大学時代からスタークの名前でゲームを楽しんでいた新宮は、大胆なプレイが持ち味だった。それが過激になったのは、EXCのリリース直後だった。

 ゲームプレイに直接関与しない部分とは云え、自分が携わったMMOで遊ぶことは一際面白い。だが同時に、AIが全てに対して公平であることを望んでいた。だから、自ら自分が開発したシステムに挑んでいた。

「あいつはアドミニストレータAIを批判していた。尤もな話だ。初期の学習データに、AIへの批判をコーション対象とするセットが組まれていたんだからな」

と言い、椎葉はスタークと働いていた頃を思い出す。数ヶ月前の話なのに懐かしく感じるのは、彼が既にいないからか。

 UACが、AIが社会の中枢に鎮座する原作アニメの世界観に寄らせるため、エクシスのエグゼコード開発部隊に追加の学習データセットの作成を指示した。それがEXC開発部隊に渡され、椎葉とは別のエンジニアが実装に携わった。

「AIへの批判専用のモラルハザードの実装は、リリース後に知った。あくまでもUACの指示だから、今後も変えられないが」

「美浜さんには教えられていなかった……?」

「リリース直前、オペレータAIの大掛かりなバグフィクスのサポートに回ったことが有る。件のセットはその時に回ってきたようだ。俺の目に留まると面倒、そう思ったんだろうな」

と言った椎葉は、PCの画面に目を移して続ける。

「あいつがAIに挑戦するようになったのは、その時からだ」

 自分のプレイにコーションが掛かるのか、その境界線は何処なのか。新宮はその点を見極めようと、時々椎葉にステータスを見せるよう頼んでいた。

 「あいつはアウロラを気に懸けていた。AIによって削除されたが、アウロラはSNSでバッシングを受けていた。大手コミューンのアルバが壊滅したことは、アウロラが原因だと因縁を付けている連中がいる」

と言って、椎葉は溜め息をつく。これから先は、センシティブな話だからだ。

 「……アルバのメンバーの1人が、イベントでアウロラをナンパした。だが拒否された。その報復として、コミューン壊滅を機にアウロラが通報してこう云う事態になったと、フォロワーに吹聴したんだ」

「それ、単なる逆恨みじゃないか……!」

と流雫は怒り交じりの声を上げる。しかも、ナンパの拒否が理由とは。開いた口が塞がらない、とはこの時のために存在する言葉だと思った。

 「逆恨みでしかないが、それがカリスマの発言力だ。信者にとっては、真相など二の次だ。それで彼女はバッシングを受けていた。スタークはそのことを知ると、彼女を助けようと画策した」

「……アルバが壊滅した真相は……?」

「メンバーの全員が、チートコードを使っていたことが判明したからだ。プログラム上の不審な挙動が不正検知システムに引っ掛かり、チートが確定した段階でエグゼキュータが発動した。制裁は当然の報い、その一方で処刑までする必要が有ったのか、あいつは疑問に思っていたが」

「アルバにとっては自業自得。しかしスタークは、自分が開発したシステムで結果的にアウロラさんを苦しめたと……?」

と言った流雫に、椎葉は頷く。

「だからあいつはアウロラに近寄った。EXCのイベントにアルバの連中がいることは判っていたし、アウロラがイベントに行くのもSNSで知った、だから先回りした。自分が絡んでいれば、連中はアウロラには近寄れないと踏んだ」

「……あの日、アウロラさんとスタークを引き離したのは僕だ。でもあれじゃ端から見ても……」

と言った流雫は、あの咄嗟の判断が今となっては間違いだったと思った。そう云う経緯を知らないから、間違いも何も無いのだが。

「一連の経緯を話すワケにはいかない。センシティブな部分が絡む上、他のプレイヤーに関係者だとバレるのは御法度だ。アルバの連中が自分に意識を向けるための最善策が、君が見たと云うアレだった」

「リアルで起きた問題をゲームに、ゲームで起きた問題をリアルに持ち出すのは言語道断だ。今回の件、元凶はアルバの連中だ、君は何一つ悪くない」

そう言った椎葉は、コーヒーカップを空にする。

「……今話したことが、俺が語れる全てだ」

「サンキュ、美浜さん」

と流雫は言う。センシティブな話も有るが、一度は全て澪に話す必要が有る。オフレコだと釘を刺されたばかりだし、それに対する後ろめたさも有るが、事態が事態だ。


 「お前、アルバと云う集団は知ってるか?」

と、常願が愛娘に問うたのは、美雪が浴室に向かったのと同時だった。

「何それ?」

「EXCのコミューンの名だ。土曜日の池袋の事件、犯人も被害者もアルバの連中だ」

と、澪の問いに答える常願。思わず眉間に皺を寄せた澪は問う。

「内輪揉め……?」

「ああ。残念なことに、被害者は今日の夕方、死亡が確認された」

その言葉に、澪は言葉を失う。

「被害者はアルバの中心的人物。犯人はそのメンバーで、一方的な片想いだった。先週末のオフ会で酒の勢いも有ってトラブルになり、追放された恨みから犯行に及んだ」

悠陽の眼前で撃たれたコスプレイヤーがコミューンのマスターだったとは。それ以上に、犯行動機に唖然とする。

「あたしは恵まれてるわ……」

と澪は言った。

 流雫と知り合ったのはSNS。半年後の初めてのデートは澪から誘ったが、流石に直前まで不安だった。だが、健全な恋人同士として成立している。それは極めて恵まれていることだ、と澪は思う。

「流雫だけじゃない。結奈も彩花も詩応さんも、あたしの味方。あたしはこの世界で、誰より恵まれてると思うわ」

と言った後で、澪は呟いた。その名前に護られている、それだけは確かなことだと思っていたい。

「美桜さんも」


 椎葉と他愛ない話を交わした後で、流雫は自分の部屋に戻る。早速スマートフォンを耳に当てながら、今し方聞いた話を全てノートに走り書きしていく。バレにくいように、全て祖国の言語だ。

「どう信じろと云うの?」

最愛の少女が放った感想は、仕方ないものだった。当然、信じるしかないことは流雫にも判っている。だからこそ、一度はそう口にしなければ気が済まない。

 流雫と澪、双方の話で判るのは2つ。悠陽はアルバのメンバーに目を付けられ、スタークが護ろうとしたこと。そしてかつての強力なコミューンが、オフ会を引き金に崩壊していったこと。

 だが、スタークの死と悠陽の襲撃は、流石に別物だと思っている。特に後者は、澪が聞いた罵声とSNSでのバッシングが結び付かないのだ。

 それと同時に、この短時間でふと思い付いたことが有る。言えば止められることは判っている、しかし言わなければ後で怒る。流雫は言った。

「……僕、澪と伏見さんのフォロー、切る」

「え?」

突然の言葉に、澪の頭に疑問符が付く。

 「僕のステータス、アラート寸前らしいんだ。スタークに接触したから。アラートになるとエグゼキュータにキルされ、昨日の僕のようなゾンビが復活する」

「誰がアラートか判らない、でもアラートのユーザーには全否定でないとダメらしい。だから澪は僕とは……」

と続けた流雫の言葉に、澪は

「それ、あたしだって同じじゃない」

と言葉を被せる。

 時々出る流雫の弱気は、安全策が複数有る時特有のものだ。他に打つ手が無く、生き死にに直結する時に見せる強さは目を見張るものが有るが、それは単に開き直っているからに過ぎない。ただその全ては、澪が無事であることに帰結する。

「AIが公平なら、流雫と一緒だったあたしのステータスもコーションのハズよ。同じステータスなら、何も怖れなくていいじゃない」

と澪は言い、一度目を閉じる。そして余計な感情を溜め息に乗せて捨てると、言った。

「EXCの世界だろうと、流雫にはあたしがついてる」


 何度そう言っただろうか。ただ、何度でも言いたい。リアルでもゲームでも、あたしは絶対的な味方だと。流雫はその言葉だけで、何度でも立ち上がれることを、澪が誰より知っている。

 澪から見て、流雫は弱くない。今までも、何度もテロと戦ってきて、決して屈しなかった。諦めなかった。絶望の深淵に沈んでも、微かな希望に手を伸ばし、浮かび上がってきた。

 ただ、流雫は本来、自分で強いとは言わない。そうやって生き延びること、そして澪を護ることは当然のことで、特別強いワケじゃない……そう思っている。

 強いと自慢しなくていい。ただ、それが当然ではなく、特別なことだとは思ってほしい。彼自身そう言われることを望まないが、流雫はテロと戦う立派なヒーローなのだから。そしてあたしを護る騎士なのだから。

「……アラートになった時は、エグゼキュータを返り討ちにする?」

「あたしたちなら、できるんじゃない?」

と言って澪は笑う。絶対に勝てないようにプログラミングされていても、2人一緒ならそれすら覆せる、そう思える。

「サンキュ、澪」

と言った流雫は目を閉じる。……ここまで知った以上、最早一連の事件からは逃げられない。だから戦うしかない。ゲームの問題をリアルに持ち出される以上、リアルで死なないために。

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