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第9話 公平かつ不公平

 ゲームのAIに人間が従う日、その見出しの記事がポータルサイトに出回ったのは、翌朝のことだった。

 破竹の勢いを見せるMMOの心臓部、自律型AI。それがついに、本格的に人間を天秤に掛け始める。AI戦国時代に人間とAIの関係の在り方を問う、経済雑誌の人気シリーズの第4弾はその文章から始まっていた。

 前半はEXCの売上高と収益構造がメインで、UACのEXCプロデューサーとエクシスの代表取締役がインタビューを受けていた。

 AIを最大限活用した運用コストの削減と柔軟性の向上を強調する一方で、原作の世界観を追体験できるエンタメ側の効果も挙げていた。海外でも配信が始まり、エクシスの新たな稼ぎ頭に成長しているEXC。その知見を活用してエクシスは更なるAIサービスの展開を目指す、と展望を語っていた。

 一方、後半はユーザーを監視するAIの動きに不審な点が有ると書かれている。既にエンタメの範疇を超えている部分も有る。そして駅で自殺した元プログラマの新宮秀明は、AIの秘密を知っているが故に、自ら死を選ぶことで問題提起をしようとした。

 現に、AIを使ったユーザーの選別は進んでいる。課金の有無やAIの学習に使われる言動をスコアリングしてステータスを算出、それによってリワードやペナルティが与えられる。

 つまり、スコアリングされた忠誠心が高い、言い換えればAIに従順なユーザーを、AIが自ら増やそうとしている。その先に有るのは、エグゼコードの世界のようにAIが人間に代わって国家の中枢を独占すること。

 技術と倫理の狭間で、エクシスとUACはどのような舵取りを見せるのか。


 「馬鹿げてやがる」

と椎葉は言った。

 確かにAI業界は全体的に過渡期で、様々な問題を孕みながらも無数のエンジニアが日夜、開発競争を繰り広げている。だが、数十年前の映画のような感情を持った完全自律型AIは出てこないし、それで国家の中枢を支配するとしても、規模としては中堅のエクシスにそれだけの資金力は無い。

 何より、新宮は問題提起しようとして自殺したワケではない。その件だけで、記事に対する不信感が限界を振り切る。

「ライターってのは楽な稼業だな」

と呟く椎葉。最近は、ネット上の発言や情報を拾って書き起こすだけでマネタイズできるのだから、或る意味羨ましくもなる。

 朝から溜め息しかでないが、とにかくモーニングを楽しむことにした。

 昨日部屋で話し合っていた少年が焼くガレットをオーダーに入れていたが、皿を空にするのに時間は掛からなかった。確かにこの味じゃ、人気にならないワケがない。

 チェックアウトは明日の朝、もう一度堪能できる。

「気に入ったよ、此処」

と言った椎葉に、エプロンを外した流雫は笑ってみせる。椎葉は

「来週、幕張ベイホールでイベントが有るんだ。何人か誘って来るといい」

と言いながら、招待券と英語で書かれたチケットを流雫に渡す。

 千葉の海浜エリア、幕張新都心を代表する施設。それが幕張ベイホール。東京ジャンボメッセに次ぐ規模を誇る。そこで開かれるのが、AIゲームテックフェス。AIに関するゲームと関連技術のイベント。入場を企業に限定したビズデイと個人も対象とするパブリックデイに分かれ、チケットが有効なのは後者で土日2日間のうち1日。

 チケットは4枚。自分と澪で2枚、残りはその同級生に渡るだろう。

「サンキュ、美浜さん」

と流雫は言いながら、鞄を手にした。学校に向かう時間だ。


 流雫からのメッセージが届いたのは、澪が学校に着いたのと同時だった。当然、行かないと云う選択肢は無い。

 結奈と彩花は、朝から幕張のイベントに行くと乗り気だった。既に前売り券を手に入れてあるらしい。2枚を2人に渡す気でいた澪は、ダメ元でメッセージを入れる。

「行こうと思ってたんだ」

1分後に届いた返事に、澪の楽しみが増える。

 流雫を新宿で出迎え、更に名古屋を早朝に発つ高速バスで着く少女2人を出迎える。うち1人は流雫とは少ししか言葉を交わしていないが、澪が中心にいるから問題は無い。

 ただ、楽しみの一方で不穏な予感もする。目の前の2人とは別行動であるべきだから、それはそれで彼女たちにとって好都合だ。尤も、これが全て思い過ごしであってほしいとは思うが。

「……どうにかなるよね」

と自分に言い聞かせる澪の耳に、チャイムが響いた。


 「流雫も気が利く」

と言ったショートヘアの少女に

「流雫はそう云うとこだがね」

と返す、ダークグレーのポニーテールの少女。昼休み、屋上で過ごす2人は、詩応とその同性の恋人。

 鶴舞真。詩応の1年後輩。詩応とは陸上部で知り合った。

 澪とは一応連絡先を交換してあるが、流雫とはそうしていない。真自身男が苦手だからと云うのが有る。それでも、詩応が認めている相手だから少しだけ歩み寄れる。尤も、女子にはシャイな流雫から話し掛けることは無いが。

 澪は結奈と彩花がチケットを持っていると知ると、その場でメッセージを送っていた。

「流雫が、もし行くなら使う?と言ってて」

余っているのを回しただけだが、ベストな言い回しはそれだった。

 詩応は、偶には東京に行きたいと思っていたし、真もEXCには興味が無いものの久々の東京を楽しみたいと思っていた。そのメインが千葉のイベントになっただけの話だ。

「手羽先味のポテチ、名古屋土産に持ってったろみゃあか」

と言う真に

「小倉あんトースト味もいいんじゃない?」

と返す詩応。来週の土曜、6時発の高速バスは昼休みのうちに予約した。楽しみで仕方ない。


 「AIのイベント?」

寝起きのアルスはスマートフォンを耳に当てたまま、言った。この数日、この時間に流雫と通話するのが日課となっている。

 アルスも短期留学で通った学校の駐輪場で、流雫は言った。

「招待券が手に入ったからね」

「……イベントの目玉はEXCか」

とアルスは英語版サイトを見ながら言う。

 椎葉が招待券を持っていたのは、UACとエクシスが合同で出展するからだ。持ち玉は当然EXC。インタビューを受けていた2人の基調講演とエグゼコードのキャストトーク、そして使用するAIに関する情報公開がメインになっている。

 その勢いは業界全体が注目している。今回の目玉になるのは当然のことだった。

 「しかし、エクシスのエンジニアと知り合ったのは大きいな。シイバ・ミハマか……」

とアルスは言った。流雫自身もそう思う。

「偶然だけどね、アルスと僕みたいに」

と流雫は答える。

 流雫とアルスが出逢ったのは、レンヌの教会前だった。荘厳な建物を見上げる流雫が何となく気になったのが、全ての始まりだった。

 偶然の出逢いが、互いのターニングポイント。過去の因縁を軸に生まれた、1万キロの距離を超えた結束には誰も敵うワケがない。2人はそう思っている。

「しかし、AIへの批判監視とはな。ブラックボックスの開発者が何を企んでいるのか」

「話す限り、知らない間にAIに仕組まれたらしい」

「搭載する時点で、既に学習セットのトレーニングはUACサイドが終えていた。後はエクシスに指示を出し、実装させるだけだった。そう言いたいのか」

「でもUACはデベロッパーじゃない。それだけ別に開発させた」

と流雫は言う。エクシスの別部署に秘密裏に割り振っていたのだろう。そもそも単なるデータセットなら、高度なエンジニアでなくても用意できる。

 「そしてシイバが別のヘルプに追われている間に、別のエンジニアが実装した」

「シイバの反対を怖れてか?」

「そう」

と答える流雫。

「UACからの仕様指示には逆らえないとしても、一悶着起きるのは目に見えていた。だから先に実装して、事後報告で済ませようとした」

「開発部隊からして不穏なのかよ……」

と言ったアルスは呆れ顔だ。それは声だけで想像がつく。

 「シイバのスキルは認めるし必要だった、しかしその性格は不都合だった。だからワーケーションに出た。僕のペンションを選んだのは、偶然空いていたからだろうけど」

「目的は何だと思う?」

とアルスが問う。流雫は数秒だけ間を置いて答える。

「不穏なオフィスを離れてリフレッシュしたい。同時に他の連中の目を気にすること無く……」

「AIを巡る真の思惑を暴きたい、か?」

「そう。自分が開発したアドミニストレータAIに誇りを持ってる、だから最近の上の方針には疑問を持ってる。それに、エンジニアの自殺も」

と言った流雫に、アルスは大きな溜め息をつく。

「何故日本は次から次に……」

「厄介なことが起きるのか。僕が知りたいよ」

と流雫は言う。アルスはその彼が不憫で仕方ない。

 「マクハリ、何も起きないといいがな」

と言ったアルスに、流雫は

「そう願いたいよ」

と返し、ロードバイクに跨がる。

 ……幕張で何も起きないワケが無い。チケットを渡すと言わなければよかった、と思ったが遅い。

 澪が招待券を渡す相手は名古屋から来る2人だと、昼休みのメッセージで知った。見知った顔だけに、不安は楽しみに比例する。何事も無く終わってほしい、そう何度も願っては裏切られてきた。今度こそは、そう期待することさえ諦めている。

 ただ、今更無かったことにはできない。

「……スターダスト、2ヶ月分いる?」

と流雫は問うた。


 通話が切れた後で、アルスは額に手を当てた。

 ……祈りの見返りは、ツッコミまで入れて1セットの定番ネタだった。しかし、流雫は今までとは違う反応を示した。

 新しい切り返しを試したのではなく、藁にも縋りたい。それほど、流雫は何か起きることを怖れている。平穏や安寧とは無縁のまま生きてきたから、そうなるのは自然の流れだった。

「……相当参ってるな……」

とアルスは呟き、部屋を後にした。

 授業など、最初の1時間ぐらい出席しなくてもいい。アリシアを拝み倒してノートを撮り、夜家で書き写す。それだけでも十分追い付ける。

 その分、敷地内の小さな礼拝堂に籠もりたい。日本に住む少年に、絶対的な守護を祈るために。見返りを求めるとすれば、もう一度日本かフランスで会えること、それだけだ。


 静かな湖畔の部屋で、PCの画面と格闘していた椎葉が一息ついたのは昼過ぎのことだった。

「やりやがった……」

と天井を仰ぐエンジニアの目の前には、新たに実装された学習データのコードが連なっている。

 夜中の間に緊急メンテナンスを行ったことは、午前中に知らされた。それ自体、元々保守担当ではない椎葉にとって、珍しいことではない。しかし、それに乗じて新しいデータも実装されていたことが、履歴を辿って判明した。

 その学習データは、EXC内での発言に対するもの。表向きは最適化だが、実態は取締りの厳格化だ。コーションが掛かるユーザーが急増する、と椎葉は思っている。

 プロジェクトリーダーからの指示だとしても、AI開発現場のトップに何一つ知らされないことは問題だ。逆に言えば、椎葉には知らせる必要が無いと思われている。それは、美浜外しの予兆か。

 このままでは、いずれユーザーからEXCに対する不満が噴出するだろう。特に課金ユーザーは、金と云う首輪が有るために離れにくい一方、課金するだけの価値が無いと判断すれば容赦無く離れる二面性を持つ。

 エクシスの内部で起きている政治的な動きなど、顧客であるユーザーにはどうだっていいのだ。

 リリースからロケットスタートを切り、半年も経たないうちに海外版の配信がスタート。勢いに乗るEXCが、MMOの大手の一角に名を連ねるのは時間の問題だ。だが、その攻勢に水を差しかねない。最悪、給与や賞与に影響が出なければ、それでいい。

 椎葉はジャケットを羽織り、外出することにした。


 河月湖にはビジターセンターが有り、歩いても10分ほどで行ける。すぐ近くで養殖された淡水魚と地元の野菜を使ったレストランが人気だ。

 椎葉は遅いランチを堪能し、食後のコーヒーを啜る。

 宿に戻れば、またディスプレイの奥の世界と戦うことになる。本来ならこうしている暇は無いのだが、AIエンジニアとして半分蚊帳の外ならば、少しのサボタージュぐらい問題無いだろう、と思っている。

 「美浜か?」

と、突然低めの声に名を呼ばれ、椎葉はその方を振り向く。スーツを着た男は警察手帳を見せるが、眼鏡越しに映るのは4年前と変わらない面影だ。

「弥陀ヶ原?」

「……4年ぶりに会うのが、こう云う形とはな」

と、弥陀ヶ原と呼ばれた男は言った。


 椎葉が泊まる部屋に入った弥陀ヶ原は、早速手帳を開いた。

 椎葉に会う目的で一度エクシスに出向いたが、河月にいると云うことで追って来た。そしてランチタイムをビジターセンターで過ごしていると、椎葉を見掛けたと云うワケだ。

「久々に会ったのに、仕事の話題しか無いが」

「刑事とはそう云うものだろ?」

と椎葉は言う。

 大学時代に交遊が有った2人だが、卒業と同時に連絡を絶った。互いに時間が無かっただけだが。

 「新宮とは交遊が有ったようで」

と弥陀ヶ原は切り出す。

「正直、俺は自殺とは思っていないのでね」

「……警察は俺が殺したとでも」

「疑うのが仕事だ。お前じゃなければ、別に犯人がいる。心当たりは?」

と弥陀ヶ原は問う。

「知っていればとっくに話してる」

「だろうな」

と弥陀ヶ原は答える。

 「お前と新宮がそれなりに仲がよかったことは、エクシスの連中から聞き出してある」

「それぞれが組んだシステムが、データベースサーバの双璧を成すからな。ただプライベートで会ったことは無い。奴がEXCをプレイしていることを知っていた程度だ」

と言い、椎葉はPCに目を向ける。弥陀ヶ原は問うた。

「ところで、栄光の剣を知っているか?」

その名前は、椎葉にとって初耳だ。

「何だ、それ?ゲームの話か?」

「違う。リアルで、そう名乗る集団がいる」

と刑事は答えながら、手帳の別のページを開く。

 AIの普及によって社会がリセットされる、と言われて久しい。今まで社会のローエンドに甘んじてきた連中が、リセットに乗じてAIを武器に無双して社会で成り上がる。

 一種のAI信仰と云えるものだが、それなりのスキルを持っていれば決して絵空事ではない。

「またかなり飛躍した……」

と呆れ気味の椎葉に、弥陀ヶ原は

「ただ」

と言葉を被せる。

「奴らはEXCに焦点を当てている」

「何?」

そう声を上げた椎葉の眉間に、皺が寄る。

「MMOの秩序を、アドミニストレータAIで維持している点を高く評価している。つまり、もっとAIが進化すれば、リアルでのそれも成し遂げられると云う話だ」

 「馬鹿馬鹿しい」

と椎葉は一蹴した。

「AIを開発したのは俺だ。だが崇められるのは喜ばしい話じゃない」

「AIも機械的な判断と処理しかできないが、それでも学習機能を持っているから厄介だ。学習させる人間次第で、AIは無限の変化を見せる。最も公平に見えるが、最も不公平な存在だ」

と続けた椎葉に、弥陀ヶ原は

「何時かはそうなる日が来る、とは思う。だが当分先の話だ。それはそれで、一度は見てみたいと思うがな」

と言った。


 椎葉と別れた弥陀ヶ原は車に乗り、スマートフォンを手にする。少しだけ他愛ない話もしていたが、互いに色々な意味で変わっていない。

「弥陀ヶ原です。美浜は新宮の件についてはアリバイ有り、そして、栄光の剣の存在は知りませんでした」

と通話相手に話しながら、刑事はエンジンを掛ける。偶には自分に懐く少年の宿で宿泊したいが、如何せん今から東京に戻らなければならない。

「判った。気を付けて戻れ」

と言った常願は、臨海署の一室で印刷されたリストに目を通す。

 ……ローエンド層をAIによって救済する、その理念を掲げた集団のトップは大学生で、その補佐はエクシスのEXCプロジェクトリーダー。

 つまり、栄光の剣を使って半ばEXCと自社AIを自画自賛しているようにも見える。

「仮にこいつらが関与していたとなると……」

と常願は呟いた。その話は、後輩刑事が帰ってきた後だ。


 「ミッション・オデッセイ?」

「うん。今度パパと観てくるんだ」

少し高めの声が、ヘルメットを被った流雫の耳に響く。

 アルスとの通話を終えた流雫は、ネイビーのロードバイクを走らせて河月駅に向かっていた。そして、駐輪場に着いたタイミングで彼のスマートフォンが鳴った。相手はミーティアだった。アルスと同様、日本にいる従兄弟と話せる時間を大体把握している。

 ミッション・オデッセイ。昔流行った米国のSF映画で、最近リメイクされたことは知っていた。そろそろ日本でも公開される。

 とある宇宙船での話。人間のクルーを統べるキャプテンは、オービターに搭載された最新の自律型AI。クルーに全面的に協力して宇宙でのミッションに従事するようプログラミングされていたが、同時にたった一つの質問には絶対に答えるな、と云う命令も書かれていた。

 全て協力と一つだけの黙秘。人間なら例外として扱う程度の矛盾を、コンピュータ故に例外として処理できず、命令の競合ががAIに混乱と障害をもたらすことになる。

 やがてAIは、この問題を解決する唯一の手段として、クルー全員の抹殺を目論む。協力する相手さえいなくなれば、黙秘する必要すら無くなるからだ。

 AIの暴走に立ち向かう主役の手によって、機能を停止していくAIは、今までの記憶を吐き出しながら、コンピュータとしての死を迎える。そのシーンはあまりにも有名で、流雫も一度機内映画で観て複雑な思いに駆られた記憶が有る。

 「ルナも観るの?」

ミーティアの問いに、

「そのうちかな?」

と答えた流雫は、しかし

「……待てよ……?」

と呟く。

 ……命令が無ければ、簡単な矛盾すら処理できない。それがコンピュータの宿命だ。

 生成AIならば、片方の命令を無視するか、両方を取り入れた挙げ句予期しない出力結果をもたらすか、そのどちらかになる。それも出力させてみるまで判らない。

 それがアドミニストレータAIなら、一体どうなる?

 「どうしたの?」

とミーティアが問う。

「ちょっとね」

とだけ答える流雫に、従兄弟は

「ルナは笑ってていいんだよ?」

と言った。

 ミーティアも、流雫の母アスタナ・クラージュ経由で流雫の過去を知っている。それがどう云うことなのかは、何となくしか判らないが。

 ただ、何処か暗い影を引き摺っていることは判る。だから会えた時は、そう云う感情を忘れさせたい。

 好きだから笑っていてほしい。流雫にだけは人懐っこいミーティアは、何時もそう思っている。

「僕はルナが好き!ルナには僕がいるよ!」

と、微笑みながら声を弾ませるミーティアに、流雫は

「僕も。サンキュ、ミーティア」

と返しながら、不意に澪を重ねた。

 ……流雫の全てを知り尽くした恋人、全力で慕う無邪気な従兄弟。その立ち位置は違えど、想いは同じだ。


 目的の雑貨屋に入った流雫は、授業で使う細字のサインペンとノートを数冊選び、会計を済ませる。エスカレーターに乗ろうとする少年の目は、エグゼコードの限定グッズ売場を捉えた。

 サイバースタイルの戦闘服ではなく、店の制服を着たキャラクターのイラストがグッズになっている。既に幾つかは完売しているが、その陳列棚に近付くシルバーヘアの少年の頭に、不意に先刻の疑問が蘇った。

 ……アドミニストレータAIが矛盾を抱えれば、恐らくはコーションやアラートの誤判定が多発する。それだけで済めばいいが、そうでなければ更なる混乱を何らかの形で生むだろう。どっちにしろ、EXCにとってはプラスではないハズだ。

 しかし、もしそれが椎葉以外のエンジニアの、そして実装を命令した連中の想定内だとすれば。主力サービスの評判を落とすリスクを選んででも、実現させるべきだと睨んでいるのは何なのか。

 今はとにかく帰ろう、と思った流雫の目の前に並ぶイラストは戦闘服のキャラクター。しかし、澪や詩応のようなシスターの衣装が無いことに気付く。

 確かにEXCをプレイする中でも、ユーザーのアバターでシスターなのは他にいなかった。やはり悠陽のように戦士の方が原作に近いから……、……シスター?

 流雫は、誰にも聞こえないように呟いた。

「……AIを神に仕立て上げたい……?」

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