――――――
遠山さんと牧さんが私を捜しに来たと思ったら、月影の館では亜紀ちゃんが喰魔になって……? 私は訳もわからず半ばパニック状態だった。
おまけに英江ちゃんには亜紀ちゃんの説得を頼まれるし。私に何を言えって言うの?!
でも、このままだと亜紀ちゃんが……。
その時、英江ちゃんが一層大きな声で叫んだ。
「お願い! 亜紀は、自分の努力を認められることに囚われてる。でも、私の言葉は聞いてくれない。さっき、自分が書いた小説を認めて欲しいって言ってたよね? 亜紀の気持ち、わかるんじゃない?! この説得は灯子にしかできないの!」
いきなり、核心をつかれて、息を呑む。
そうだ。私も亜紀ちゃんと同じ、認められたかった。自分の描いたあの世界を、面白いと思って欲しい。だから私は小説を書くんだ。
…………本当にそうだっけ?
ふと、心の中に、ある疑問が浮かんだ。
私は本当に、
その時、無意識に握りしめていた右手に、何かの感触を感じた。右手を開くと、そこには一本の万年筆。
次の瞬間、私は白い光に飲み込まれた。
脳裏に閃くのは、遠い昔の記憶。
頭に浮かんだアイデアを、夢中になってノートに書き出していたあの頃。
ただただ、物語を書きたくて、自分の世界が欲しくて、小説を書いていたあの頃。
――ああ、そっか。私は……。
光が消えると、牧さんが私に尋ねてきた。
「その万年筆……。何か思い出したの?」
私は頷く。
「思い出しました。ぜんぶ……。」
――――――
灯子に説得を頼んだものの、あれから反応がない。耳を塞ぎ、背を低くし、喰魔の爆音攻撃から身を守っていたが、それももう限界だ。
――意識が朦朧としてきた。
その時だった。
バタン、と音がして、隣でしゃがみ込んでいた梶原くんが倒れたのだ。
「梶原くん?! 梶原くん!!」
ゆすってみたが返事はない。その間にも喰魔の猛攻は続いている。
……どうしよう!
梶原くんを背に庇いながら、自分の限界を悟る。
――もう……。
「そうじゃないでしょ、亜紀ちゃん!!」
喰魔の攻撃を破るような、強く、はっきりした声が聞こえた。 ――灯子だ!
喰魔は自分の声が遮られたことに驚いたのか、動揺したようにあたりを見回している。
「私、思い出したよ。中学で亜紀ちゃんと出会う前、私たち、もう会ってたんだね。まだ小さい頃、『どってて』の、あの公園で」
「どってて」……?
それじゃあ、館で見たあの記憶は、亜紀のものだったの?! 操作の効かないあの身体の主は、幼い亜紀だった……。
私はようやく納得した。
「あの時、亜紀ちゃん言ってたよ。『私、もっと可愛くなりたい。もっと歌やダンスが上手くなりたい』って。私、どうしてそこまで頑張れるのってきいたの」
それまで灯子の話を聞いていた喰魔が、突然震え始めた。
「いヤ。やメて……。キきたくナい」
「……そしたら、亜紀ちゃんは答えてくれたよ」
『可愛い自分が、歌とダンスを頑張る自分が、1番好きなの!』
「私、すごく共感した。……だって私、本当は、誰かに認めて欲しかったわけでも、たくさんの人に読んで欲しかったわけでもないから」
灯子は息を大きく吸って、言葉の先を紡いだ。
「私は、
イヤァァァァァァ!!!!
突然、それまで苦しみ悶えていた喰魔が、一矢報いようと、こちらへ向かってくる!
やられる! ――そう思った瞬間、目の前で声が聞こえた。
「亜紀ちゃんは、自分の『好き』を誰かに認めて欲しかったわけじゃない」
「『好き』を追い求めている自分が好きだからこそ、続けてきたんだよ」
――そこには、ここにいなかったはずの灯子が
「灯子っ、前!」
しかし、迫って来ていた喰魔は、灯子の言葉にその本質を見抜かれ、勢いを失って、徐々に崩れ始めた。
「そうだよね、亜紀ちゃん」
喰魔の中から解放された亜紀を抱きしめて、灯子は静かにそう言った。