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第28話 誰が為


――――――



 遠山さんと牧さんが私を捜しに来たと思ったら、月影の館では亜紀ちゃんが喰魔になって……? 私は訳もわからず半ばパニック状態だった。

 おまけに英江ちゃんには亜紀ちゃんの説得を頼まれるし。私に何を言えって言うの?! 

 でも、このままだと亜紀ちゃんが……。


 その時、英江ちゃんが一層大きな声で叫んだ。


「お願い! 亜紀は、自分の努力を認められることに囚われてる。でも、私の言葉は聞いてくれない。さっき、自分が書いた小説を認めて欲しいって言ってたよね? 亜紀の気持ち、わかるんじゃない?! この説得は灯子にしかできないの!」


 いきなり、核心をつかれて、息を呑む。


 そうだ。私も亜紀ちゃんと同じ、認められたかった。自分の描いたあの世界を、面白いと思って欲しい。だから私は小説を書くんだ。




 …………本当にそうだっけ?




 ふと、心の中に、ある疑問が浮かんだ。

 私は本当に、に小説を書いていたの?


 その時、無意識に握りしめていた右手に、何かの感触を感じた。右手を開くと、そこには一本の万年筆。


 次の瞬間、私は白い光に飲み込まれた。


 脳裏に閃くのは、遠い昔の記憶。


 頭に浮かんだアイデアを、夢中になってノートに書き出していたあの頃。


 ただただ、物語を書きたくて、自分の世界が欲しくて、小説を書いていたあの頃。


 ――ああ、そっか。私は……。


 光が消えると、牧さんが私に尋ねてきた。


「その万年筆……。何か思い出したの?」


 私は頷く。



「思い出しました。ぜんぶ……。」



――――――



 灯子に説得を頼んだものの、あれから反応がない。耳を塞ぎ、背を低くし、喰魔の爆音攻撃から身を守っていたが、それももう限界だ。

 ――意識が朦朧としてきた。

 その時だった。

 バタン、と音がして、隣でしゃがみ込んでいた梶原くんが倒れたのだ。


「梶原くん?! 梶原くん!!」


 ゆすってみたが返事はない。その間にも喰魔の猛攻は続いている。

 ……どうしよう!

 梶原くんを背に庇いながら、自分の限界を悟る。


――もう……。




「そうじゃないでしょ、亜紀ちゃん!!」


 喰魔の攻撃を破るような、強く、はっきりした声が聞こえた。 ――灯子だ!

 喰魔は自分の声が遮られたことに驚いたのか、動揺したようにあたりを見回している。


「私、思い出したよ。中学で亜紀ちゃんと出会う前、私たち、もう会ってたんだね。まだ小さい頃、『どってて』の、あの公園で」


 「どってて」……?

 それじゃあ、館で見たあの記憶は、亜紀のものだったの?! 操作の効かないあの身体の主は、幼い亜紀だった……。

 私はようやく納得した。


「あの時、亜紀ちゃん言ってたよ。『私、もっと可愛くなりたい。もっと歌やダンスが上手くなりたい』って。私、どうしてそこまで頑張れるのってきいたの」


 それまで灯子の話を聞いていた喰魔が、突然震え始めた。


「いヤ。やメて……。キきたくナい」


「……そしたら、亜紀ちゃんは答えてくれたよ」



『可愛い自分が、歌とダンスを頑張る自分が、1番好きなの!』



「私、すごく共感した。……だって私、本当は、誰かに認めて欲しかったわけでも、たくさんの人に読んで欲しかったわけでもないから」


 灯子は息を大きく吸って、言葉の先を紡いだ。


「私は、小説を書いてるんだもの!!」




 イヤァァァァァァ!!!!



 突然、それまで苦しみ悶えていた喰魔が、一矢報いようと、こちらへ向かってくる!


 やられる! ――そう思った瞬間、目の前で声が聞こえた。


「亜紀ちゃんは、自分の『好き』を誰かに認めて欲しかったわけじゃない」


「『好き』を追い求めている自分が好きだからこそ、続けてきたんだよ」


 ――そこには、ここにいなかったはずの灯子が毅然きぜんとした姿で立っていた。


「灯子っ、前!」


 しかし、迫って来ていた喰魔は、灯子の言葉にその本質を見抜かれ、勢いを失って、徐々に崩れ始めた。


「そうだよね、亜紀ちゃん」


 喰魔の中から解放された亜紀を抱きしめて、灯子は静かにそう言った。


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